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Ep.2 『はじまりの小説(後編)』


◆2031/2/25 18:16



 放課後、いつも行くゲームセンターからの帰り道。

 明人は友人二人が後ろでいちゃついてる様子に辟易しながら歩いていた。

 この時期の夜は特に冷える。かじかむ指を震わせながら、明人は例の小説を開いていた。


「あれ、明人、読む気になったの?」

「いや、ちょっと開いてみただけだよ」


 後ろから覗き込んでいた悠生から隠すように、スマホをポケットにしまう。

 信号を渡って、街灯の少ない住宅街を歩く。

 すぐ近くの公園では子供たちが陽も落ちたというのに元気にサッカーに興じていた。


「小学生ってホントに元気ね。もうおばあちゃんだからこの寒さはきついわ」

「京香おばあちゃん、腰はだいじょぶそ?」

「は? まだぴちぴちの女子高生ですけど。怒るわよ?」

「でも最近腰がぴきってなったーって言ってたよね。もう動けなーいって」

「は? 私の彼氏様?」

「いだ、いだだだだあぁ、耳引っ張らないで! ごめん、京香はナンバーワンでオンリーワンでぷりちーな彼女ですからぁ」

「ふへ」

「目の前で痴話げんかして目の前で抱き合うなよ。気まず……」


 腰がぴきってなって動けなくなる――どうしてそんな状況になったのかは死んでも突っ込まないようにしようと明人が決意を新たにしていると、スマートフォンが震えた気がしてポケットから取り出した。そしてその画面ロックを解くと、相変わらず小説『WORLD BEYOND』が映し出されていた。


「うーん」

「そんなに気になるならここで読んじゃえば?」


 画面後ろから覗き込んだ京香がそんなことを言ってくる。

 明人はむっとしてスマホを裏返した。


「スマホを覗くなんて犯罪的ですよ!」

「さっき悠生には怒らなかったのに……」


 少しだけしょんぼりする京香を悠生が慰めながら、明人の方を向いた。


「でも、実際気になってるってことは何かあるんだよね? 上手く説明できそう?」

「……なんか忘れてる気がするんだよな。思い出せそうで思い出せなくて」


 忘れるくらいの出来事だけど、おそらく今の状況に関連すること。

 なんだったのかと気になってしまい、なんども例の小説を開いてみたが一向に思い出すことができない。


「それってどのタイミングのことかもわからないの? 例えば弟君の事件とか」

「それは――」


 立ち止まった明人はふと後ろを振り返った。

 後ろから強い光が差し込んできた。

 同時に少し大きめな駆動音も聞こえてくる。

 かなりの速度を出しながら車が後ろから迫ってきていた。住宅街なのにこの速度、しかもライトが片方しかついておらず、相当危ない走り方だ。


「避けよう」

「京香、こっち」


 悠生が京香を道路端に庇い、明人も出来る限り道の脇に、集合住宅の敷地へと避ける。そのまま車は、明人達の前を何事もなく通り過ぎていき。



「――これ、は」



 スマホの画面に、一瞬だけノイズが奔った。

 瞬間、明人は記憶に殴られるような感覚を覚える。

 それを見て思い出したのだ。

 一日前――明人の主観では一年前の事。弟の事件を聞かされる、その直前に明人は偶然『WORLD BEYOND』を開いていた。

 その時も一瞬だけ小説の画面にノイズが奔っていたのだ。本当に、本当に一瞬だけだったから気のせいかと思っていたし、今まで思い出してもいなかったが――




 ――今にして思えば、ノイズが奔ったのは弟が事件に巻き込まれる寸前




「これ、二人とも……!」




 明人が何かを言おうとした瞬間に、子供達の声が聞こえてそちらを振り返った。

 同時に明人はサッカーボールが道に飛び出したのを見た。その後ろを子供が走っている。



 狭い道をライトが片方欠けた状態で爆走する車。

 そして飛び出したサッカーボールを追いかける子供。



 それがもたらす結果がどうなるのかなど、火を見るより明らかだ。

 明人や、友人たちが声をあげる暇も時間もなく。




 鈍い音だけが、あたりに響いた。





**



 子供達は声も出せないのか、或いはショックで立ち上がれないのか。

 泣いている女の子もいる。

 京香が110番通報をしてひき逃げした車の様子などを伝え、明人自身は119番通報でぶつかった子供の様子を伝えている。子供の顔の方は酷くケガをしているわけではないが――後頭部の様子が、あまりにも悪い。

 子供達をなだめるため、或いはこれを見せないために悠生を向かわせたが、明人自身も目を向けてはいたくないような傷だ。


『では救急車が向かいますので、五分ほどつないだまま待っていてくださいね。大丈夫です、ちゃんと大人が対応しますから』

「はい」


 明人は一通り話し終えて、通話をつなげたまま耳からスマホを離した。

 かじかむ手を震わせながら、明人は強く目を瞑った。そして額に親指を当てて深く悩んだ後に――目を開く。

 スマホを操作し、画面に映ったのは只のweb小説。




 ――WORLD BEYOND




 明人が指を震わせながら固まっていると、警察との電話を終えた京香と子供達をなだめ終えた悠生(ゆうき)が明人の方へと走ってきた。

 長い付き合いである二人だからこそ、明人が何をしようとしているのか察したのだ。



 ──即ち、一年のやり直し(タイムリープ)



「明人、それは、そこまでする気?」

「早まらないで。これは本来どうしようもないただの事故よ。私たちがどうにかできる話じゃないし、干渉するような話でもない」

「――そう、だよな」

「明人がタイムリープの話をしてくれた時に決めたこと、忘れたとは言わせないわ。それを使うのは、家族か友達に不幸があった時に限定する。そうじゃないと、繰り返したあなたの心が持たないって」

「……忘れちゃいないよ」


 明人は、『WORLD BEYOND』の第二章の第一話を開く。

 そのまま一番下にスクロールをして、手を止める。


「分かる、分かってはいるけど」


 明人は目を強く閉じた。

 そうして脳裏をよぎるのは思い出したくもない、この『一年間』の記憶だ。

 ただ繰り返される日常、同じことしか起きない苦痛。



 その辛さは、たぶんこの世の誰にも理解できない。



 既視感のある風景に、聞いたことのある言葉が繰り返される瞬間。

 頭がおかしくなりそうだった。

 悠生や京香にタイムリープを信じてもらうところから相当苦労した。人間関係の再構築から、代り映えしないニュース、同じフレーズしかでない授業や繰り返した食事やなにからなにまで全てをやり直した。

 こんなことをなんども繰り返したら誰だって頭がおかしくなる。

 タイムリープなんて、いいことは何一つない。


「明人……!」

「それでも」


 明人は、目を開いた。

 そして隣で横たわる少年の額に手を当てる。

 大きくため息を吐きながら。さながら諦めたように、明人は微笑んだ。


「俺の一年と、目の前で死んだ子供――そんなの、比べるまでもないよな」

「明人、あんたまさか」

「ごめん、やっぱり無視はできない」


 明人は小説の最下部、表示された『戻る』ボタンに手をかける。

 それこそが――タイムリープ起動の鍵だ。


「ちょっと一年やり直してくる(行ってくるわ)

「――!」


 二人が何かを言おうと、或いは止めようと手を伸ばしたのと同時に。

 ぐるりと視界がゆがむような感覚と共に。

 明人はタイムリープを実行した。




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