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Ep.10 『彼女を救う試行』(後編)



 木幡陽波とその彼氏が車に乗り込んで少しした後、明人はすぐに警察への通報を行った。クラスメイトが無理やり車に押し込まれた、という旨での通報だ。

 あとは木幡陽波の監禁されていた場所についても京香から通報を入れている。そして京香達は子供を事故から回避させた後すぐにタクシーを使ってその現場に向かう手筈だ。

 犯行に使う車と、犯行現場。さらにはその現在地まで。

 この三つを既に抑えている状況。

 一見すればもはや犯行グループの詰みとしか言えない状況。

 であるのに明人は嫌な予感が、胸騒ぎが収まらない。

 そして、その予感は――明人のスマホの画面に鮮明に映されていた。



 『WORLD BEYOND』に奔る、数少なくともはっきりとしたノイズという形で。




***



 明人は車の位置情報が不可思議なところ止まっていることが気になり、そこへ急いでロードバイクを走らせた。 

 到着したのはただのコンビニ。その駐車場にはパトカー二台に囲まれた車、黒いワンボックスカーがあった。通報をして駆け付けた警察が車を止めさせたのだろう。明人の想像していたはずの状況と同じなのに、強烈な違和感を覚える。

 その違和感と、少女が救出されたかを確認するためにコンビニへと近寄っていく。

 コンビニの駐車場にいたのは刺青がいたるところに入ったスキンヘッドの男――前回のループで主転使に殺された男だ。

 男は、ニヤついた笑みで警官たちと話していた。




**




 ――あー、マジだるぃわ


 木幡陽波誘拐の主犯格である男は上の空でぼやいた。


「お兄さんダメじゃないっすか、交通ルールは守ってもらわないと。まあ誘拐みたいな事件じゃなくてよかったけどさぁ」


 "いつものよう"に警官に絡まれ、適度にあしらいつつ男はちらちらと周りを見ていた。警官に絡まれたのは速度超過を指摘されたからであり、それをわざと誘導するような速度で走っていた。


「さーせんね、おまわりさんもお勤めご苦労様っすわ」

「いや、なら速度超過しないでよ、ホントさ」


 警官は辟易したような声で男の免許証を確認している。

 自分の勘が間違っていたのかと、男は内心で少し考えこんでいた。

 発信機を着けるようなら、何かしら自分たちの事を嗅ぎつけて監視でもしているのではないかと。警察に絡まれてるような状況なら、確認の為に自分たちの前に出てくるのではないかと。

 だが、一向にそれらしい人影は見当たらない。

 珍しく勘が外れたか、と思ったその時だった。

 スマホをちらちらと見ながら近づいてくる少年が一人。

 明らかに普通の通行人とは違う動き。


 ――こいつだな。


 男は――自分の勘が間違っていないと確信して、少年を指さして、大きな声を上げた。


「あいつだ! あのガキが俺によく嫌がらせしてくんだよッ!」



**



「は?」


 その瞬間、周りの視線が一気に明人を向く。

 硬直していた明人に、警官たちが小走りに寄っていく。


「ちょっと、君が『誘拐があった』なんて通報した子かい? 悪戯は困るなぁ」

「――え?」

「君、高校はどこ? いや、その制服はどこの高校のだったっけか――」

「ま、待って! 女の子が乗ってるはずじゃ! それと、大学生くらいの男は……?」

「そんなのいないよ。それより、キミほら学生証だして」


 明人を逃がさないとする警官たちに、明人の思考は停止と加速を繰り返す。



 ――何が起きた?

 木幡たちはどこに?

 なんで今はあの男しかいないんだ?



 意味が分からないという思考の空白と、何が起きたのかという状況判断のための思考。それが点滅していく、どんどん加速していく。



 ――木幡はどこに行った?

 この場にはいない。

 なぜあの男は余裕そうなんだ?

 答えがわからない。

 どうして俺が警察に捕まるんだ?

 あいつになぜか指さされたから。

 なぜ……


 警官たちの声も遠くに聞こえるような思考の海の中で、その視界の端で一瞬だけ見えた男の口元。

 ひどく歪んだ、その口元をみた瞬間に回答にたどり着いた。


 ――逆に、ハメられた!?


「ほら、早く学生証を出しなさい」

「あー 俺はもういいか? 忙しいんだが?」


 本当に疲れたように、忙しそうに男は言うが警官がそれを止める。


「君も速度超過が30kmだったんだ。すぐには逃げれるとは思わないほうがいい」

「はぁ…… 天下の警察様もご苦労なことでねぇ」

「君、早く学生証を。親御さんにもちゃんと連絡取らなくちゃ」


 明人は学生証をバックから取り出す――ふりをした。

 そしてそれをみた警察官が学生証を受け取ろうとして、地面に倒れこんだ。


「~~~ッ!」

「おいおい、おいおいおいおい、まじか。やりやがったよ」


 あきれた声をだす男、倒れこむ警察官二人。

 明人が取り出したのは、簡易な催涙スプレーだった。京香からもらった護身用だが、今の状況を切り抜けるにはこれしかなかったのだ。

 そして、一瞬の隙に明人はロードバイクで来た道を引き返した。





 パトカーのサイレンを背に、必死にロードバイクを走らせながら通話アプリで京香を呼び出す。何度もコールをしたのち、ようやく繋がる。

 冷たい風にかじかむ手で、なんとか明人はスマホを耳にあてた。


「京香! そっちに木幡は行ってないか!」

『私達も今着いたばかりよ、だけど車はないわ』

「ックソ、よく考えればそうだよな」


 明人は例の車がいるはずがないことに気が付く。そもそも黒いワンボックスはダミーにされた。誘拐犯たちは既に別の車に乗り換えているのだ。


『明人、後ろのサイレンの音はパトカーよね。そっちはどうしたの、説明して』

「嵌められたんだ! あいつら俺たちの追跡にどこかで気づいたっぽい! 車を乗り換えてる! 俺もあのスキンヘッドのせいで警察に追われてるんだよ!」

『バレ、た? どう、やって? いや、今はそこじゃないわ、であれば』

「――もしかすると」


 明人と京香は同時に一つの可能性に思い至る。

 誘拐犯たちは既に明人達が追跡していることに気が付いた。その上、車まで別のものに替える用心ぶり。であれば。



 ――犯行現場も、当初とは別の所へ



「ッ、焦るな、考えろ」



 明人は路地の影で止まり、頬を叩いた。

 そして息を荒げながら深く考え込む。



 ──マズい。不味過ぎるほどにマズい。

 いや、焦ってはダメだ、パニックになっても駄目だ。

 理詰めだ。未来を見た、行った、過去も、多くの情報がここにある。


「そう、この辺りは住宅街も多い、そこで犯行に及ぶのはリスク高すぎる。ここまで準備したやつらのすることじゃない」

『だからこその廃倉庫。それに類似した場所が候補ね』

「あのスキンヘッドが陽動だととしたら、走ってきた方向と逆側が有力か?」

『そこで裏の裏を取られてたらどうしようもないわね』

「いったんその可能性はおいとく、もうそうなったらタイムリープしかない」


 こちらと逆方向の、廃倉庫街と類似した場所。

 住宅街から遠く辺りに人がいないことが条件になる。

 それを満たす港沿いの場所は──


「ある! 近くだと、今送った埠頭のあたりだ」

『ッ、ちょっと遠いわね』

「だからこその第二候補、っていうのは可能性として高いか……!」


 明人はロードバイクに跨る。

 そして走り出す。

 同時に思考で打ち消していた感情が明人の背中に重くのしかかってくる。

 失敗の、大きな失敗を犯した瞬間の恐怖と焦り。特有の心拍が更に急き立てる。ドク、ドクと早鐘を打つ心音が明人の思考能力を奪う。

 ふらつく視界と、痺れる思考。


 ――ヤバい。ここでのミスは大きすぎる。

 ――間に合わなくなる。


 明人はなんとか身体を動かす。

 途切れかけた思考と身体を、繋げる。唯ひたすらに奔る。

 そこから先、記憶はなく。

 明人は無我夢中で走り続けた。息切れなど、疲れなど、痛みなどは遥か彼方に追いやって。

 ひたすらに自転車を漕ぎ続け。

 気がつけば、目的地へと着いていた。


「──ッ」


 ここから先の場所はわからない。

 多くの倉庫が立ち並び、時間をかけてすべて探し尽くすというのも不可能だ。

 だが、ここまで来たからなのか。

 明人のスマホに映る『WORLD BEYOND』が、そこに奔るノイズが道を指し示していた。

 不幸の前兆が、道を指し示している。


「こっち、なのか」


 明人が向かった先。

 そこは古びた、廃業したらしいホテルだった。

 そしてその視線の先には地下駐車場があり、一台だけ車が停車している。


「「明人!」」


 悠生と京香が遅れて駆けつけた。

 そして明人の視線の先をみて息を呑む。

 明人は借りたロードバイクは捨て去るように降りて、ホテルの入口へと走っていく。自動ドアは開けっぱなしになっており、中はボロボロだった。”Close”と書かれた看板を避けて中に入る、エレベーターだけは何故か稼働しており、それは五階を点滅させていた。


「行くぞ」

「明人、待って」


 階段を昇ろうとしていた明人の手を悠生は掴む。


「タイムリープできるなら、今するべきかもしれない」

「まだ可能性は残ってる。それに、準備だけは出来てる」


 明人はスマホの画面、小説『WORLD BEYOND』の映された画面を悠生と京香に見せた。そしてそれの最下部の鍵──時間遡行を今すぐに行えると。

 同時に、悠生の持っていた荷物――最悪を想定して持ってきたモノたちを受け取った。


「時間がない、行くぞ」

「そう、ね」


 明人達は焦りながら、奥の埃だらけになった階段へと急ぐ。

 到着の時間差はどれ程だろうか。

 十分差か、二十分差か。あるいはもっとか。行き先の読み間違いがもたらしたタイムロスはどれほどの影響を与えるか。あるいは数秒が、彼女のその先の命運を分けるのだ。

 純潔の意味はきっと、その重みは替えがたいものであり。

 明人は階段を一つ飛ばしで駆け上がり、四階からは音を殺して昇っていく。


『イヤ……』


 そんなくぐもった叫び声が聞こえてきて、明人の焦りは増大していく。焦りが掻き立てられる。失敗の焦りが肥大化していく。

 急げ急げ急げと心が、状況が追い立てる。

 五階へ、そしてそのフロアを見て回る。よくよく見れば、埃だらけの廊下のその奥から、光が漏れていた。明人達はゆっくりと部屋の方へと忍び寄り、中を覗き込む。



 中の様子をみた明人は、後ろにいた二人も思わず体に力を入れた。



 中には、裸に剥かれた女子がベッドに一人、涙を流しながら横たわる。四人の男がニヤニヤしながらそれを見守り、残りの一人、木内の彼氏らしき男が彼女の顔を掴んでいる、そんな場面だった。



「……」



 明人は奥歯を強く噛み締める。噛み締めすぎて、口の中で血の味がした。だが、それでも、焦って飛び出すような真似はだけは堪えた。

 まずはマスクをつける。悠生と京香にもそれを渡す。

 そして催涙スプレーを両手に持って、小さく息を吐く。相手は多人数、犯罪慣れしていれば制圧は容易ではない。だから、息を合わせて、注意を別のものに引く。



 ――カコン



 明人の投げたバッグが大きな音を立てて廊下へと落ちる。暗い中でぴかと点滅し、目立つのは悠生のスマホだ。


「誰だッ!」


 中にいた五人の男の内、四人が部屋の外へと出てきた。


「高坂さんじゃねぇの?」

「いや、いまさっき連絡があった。捕まっててしばらくはうごけねぇって」

「てことは、発信機仕込んだガキじゃ!」

「バカが。あの高坂さんが選んだ場所だぜ? さすがにここまでは追ってこれねぇし、そんな簡単には見つけられねぇだろ? どーせなんか壊れただけだって」

「でも、あっちに光ってるものが……」


 彼らは薄暗闇の中で目立つ悠生のスマホを見つけ、そこへ行こうとした次の瞬間に、明人達が三方向から催涙スプレーを吹きかける。 


「なん、涙がッ……」

「このにお、ゲホッ」

「いったい……!」


 四人が地面にうずくまったタイミングで明人と悠生が部屋へと飛び込んだ。一番屈強そうな男が懐から何かを取り出そうとして、二人が催涙スプレーを吹きかけた。


「ッ、ガキ共が……! 涙とまらッ、ゲホッ」


 男は耐えきれずに、床へ倒れこむ。


「は……?」


 状況についていけない木幡の彼氏、その顔面を殴り飛ばしてベッドの下へと蹴り落として横たわる少女の顔を見る。


「動け……ないかッ!」


 虚ろな目をした彼女は、動く気配がない。

 明人が彼女を抱き上げると、三人はエレベーターへ駆け込んだ。同時に発砲音が遠くで聞こえた。


「銃までもってたのか、危ねぇッ」

「心臓が止まるかと思ったわ」


 彼らが銃を所持していた事に肝を冷やしつつ、なんとかエレベーターへ逃げれたことに安堵する。

 そして、そこで、気づいた。

 彼女の足の付け根、微かに血が流れていることに。

 それが、意味するところは――


「間に、合わなかったッ」


 目を強く閉じて、唇を噛み締める。

 だが、自分を叱咤する時間ではないと目を開く。甘かった、遅かった、そう言って後悔する時間でもない。失敗を振り返る時間でもない。

 それが分かっていても、失敗の重みが精神をすりつぶそうとしてくる。

 そんなものは木幡の受けた傷と比べれば些細にすぎるものだとわかっているのに。


「いまは、それじゃない」


 明人はエレベーターの中で、木幡陽波に強く呼びかけた。


「起きて、起きろ!」


 頬をぶったたいて、彼女を正気に引き戻さんとする。

 虚ろだった彼女の瞳は、少しずづ生気を取り戻した。そして同時に涙もまた、溢れさせていた。


「あ、れ…… 黒野、君。どうし、て、わたし、わたし……!」

「その話はあとだ。自分の足で立てるか? 学ランはやるから、行くぞ!」


 彼女の体に学ランをかぶせ、立たせる。

 同時に、冷静になった頭の片隅で考えた。タイムリープでやり直しを行うかどうかを。事ここに至っては完全な失敗だ。もはやこの先を続ける意味もない。

 後味最悪だが、タイムリープをしない理由がもはやない。

 同じことを考えたのだろう、京香もこちらを向いた。


「明人、タイムリープすべきよ。これは、完全に失敗してる」

「でも……」


 明人がポケットにあるスマホへと手を伸ばす。

 後悔も痛みも、全てをなかったこととして過去へと帰還するかを悩む。だが|この事件の根本的な疑問・・・・・・・・・・・含めて、情報が出揃っていない。明人は今すぐタイムリープを行うべきか、或いはもう少し情報を集めるべきか、その狭間で迷っていた。そうしているうちにエレベーターは地下一階へと到着した。


「明人、押すならすぐに……ッ」


 階段の方から大きな足音が近づいてくる。

 悠生が先導して、京香は悔しそうに下唇を噛みながら、明人は木幡陽波の手を引いて走り出す。その片手のスマホを――その画面に映った戻るボタンに手をかけて、瞬間。



「……?」



 瞬間に、一人欠けた。

 京香が地面に倒れ込んでいる。振り返った悠生が、手を伸ばしながら叫んだ。

 同時に――明人が体をひねると同時に右腕に何かの衝撃を受けた。だらんと垂れた右腕の、その衝撃を知覚する暇もなく三回目の音。悠生も膝をついた。

 同時に、理解する。



 ――これはさっきの銃、ッ



 再度光。

 次は脇腹に穴ができ、血が溢れ出す。

 痛みと衝撃で、空白になった思考を無理やり引き戻す。今すぐに戻ろう(・・・)と右手の方を見て、あるはずのスマホがないことに気が付いた。

 隣の木幡が何かを叫んでいる。同時に光が見えて、瞬間に俺の前に立ちふさがった木幡が倒れ伏した。

 コマの早送りのような一瞬の出来事。それなのに――



 ――逆に、何もかもが遅くなって見える。

 頭が、酷く冷えて、それでいて酷く火照っているみたいだ。



 明人は逆に明朗になった意識の中で、あたりをちらと見る。悠生のすぐ近くにそれを見つけた。だが一歩を踏み出そうとしただけで、身体の力が入らずに倒れ伏してしまった。



 ――届け。

 届かせて、次へ繋げ。

 ここで終わるわけには、それだけは。



「届け」



 ――この腕が届きさえすれば。

 あと数センチ伸ばせれば。

 やり直せる。



「あと、あと少し」



 伸ばした手が、撃ち抜かれる。

 ぴくりとも動かない手と共に、突然視界がぼやける。

 そうしているうちに何も見えなくなる。

 気が付けば、もう、意識すらも。



「明人ッ!」



 その声と共に、少しだけ目を開く。

 その視線の先には、涙で顔をくしゃくしゃにした悠生がいた。

 悠生は、腕を少しだけ動かして明人のスマホに触れていた。


「行……け!」


 同時に、悠生がスマホの画面――『WORLD BEYOND』に触れた。




**




 目の前に、水盆(セーブポイント)があった。

 波打つそれはとても神秘的で。

 明人は険しい顔で、睨みつけるような表情で、しかし涙を流した。



 ――こんなところで立ち止まるわけにはいかない。もう一度やりなおす。



「そうだ、まだやれる」



 ――タイムリープがある限り、戦える。彼女を、救わないと。



 絶望を目前にして、明人はまだやれる事はあると自身に言い聞かせる。

 悔しさで涙を流しても、友人を死の間際に追いやって心が張り裂けそうでも、まだ間に合う。まだ戦える。まだ終わっていないのだと、そう自分に言い聞かせて――


「黒野、君」


 この時間――セーブポイントに戻ってきたということは、彼のことを知らないはずなのに、フィーナは明人を見て泣いていた。明人の名前を、なぜか知っていた。


「ごめん、ごめんね……」


 そう呟いた。

 その声は、震えていた。


「ごめんなさい。ほんとうに、ほんとうに、ごめんなさい…… ごめん、ごめんなさい、ごめんなさい…… わたしのせいで、あなた、をッ……」


 フィーナは、石床の上に崩れ落ちた。

 静かに埃が舞い、横に置いてあった本の山が崩れる。


「フィーナ!」


 明人は物置の雑多――ガラクタの山をかき分けて、彼女の方へと走った。

 彼女の傍に行き、抱き起すと明人はその肩を揺さぶる。


「どうしたんだよ! 起きてくれ!」


 頬を叩いても、一向に目を醒ます気配がない。ただ苦しそうに呻くだけだ。

 首筋に触れれば脈すらも──


「こ、れは、まさか」


 彼女の行き着く先。

 理解を拒む脳に、現実は結果を突きつける。

 明人は自らの行いの責任(むくい)を、これから突きつけられるのだ。全ての行いの責任を。


「これは、だって」


 指先から、徐々にノイズと共に消失していくような。この世界から消えゆくような様はまさしく。


「エリ婆の時と、同じ……」


 フィーナの様子は、最初のループでエリアールが消滅した瞬間と全く同じ。

 世界から消えかけているのだ。

 その様子を見て、目の当たりにして明人は理解した。理解してしまったのだ。

 自分の行いが。



 ──俺の、行動の、結果が……



「こっち! フィーナ、フィーナが!」

「んだよ、なにがどうなって」

「俺まで連れてこられるのは釈然としないがなぁ、ってこの『原生種』は?」


 シルィアが男二人を連れてきた。

 一人は首輪をした大男で、もう一人は街の衛兵──何回かのループで出会っている街の門番、ガレオだった。

 二人は不思議そうに、或いは訝しげな表情で明人を見つめる。


「おい、そこのガキ、状況は」

「フィーナの、脈がなくて、消えかけてて」


 後ろでシルィアがなにか声を上げた気がしたが、放心状態の明人には内容までは分からなかった。

 既に、明人は心臓を止めたフィーナのことで頭がいっぱいだった。

 どうすればいいのかも、どうしたらいいのかもわからずにフィーナを抱きかかえていると、首輪をした大男が明人を乱暴に退かした。



「なにを」

「どいてください」



 大男が、フィーナをむりやり降ろす。

 なにやら呪文らしきものを唱えた。そして――


「≪華炎≫」


 それはフィーナの≪光斬≫と同様の超常なのだろう。

 華のように美しい炎が、彼女を焼き尽くすように包み込んだ。

 一瞬、何が起きたのかわからずに呆然とする。


「……!? オイ、何やって!」

「グリッタ! ひどい! やめて!」

「”状態異常”か”病気”でも持ってるなら、医者に診てもらうより死んだほうが早いですから。それはシルィアも生き返るからわかっているでしょう、私たちはそういうモノです」


 そんな会話の間にも、フィーナは炎に包まれて苦しそうに呻く。全身を焼かれるなど、地獄のような苦しみだろう。なのにフィーナは目を閉じたまま焼かれていく。

 そして、炎の中でフィーナの流した涙が蒸発した。それを見た明人は、何もしないなんてことはできなくて。



「あなた、なにを!」



 明人は炎の中に飛び込んだ。

 引き留める声を振り切って、華の炎の中にいるフィーナへと手を伸ばす。

 手が焦げて、腕が焦げて、足が焦げて、太ももが焦げて、顔も焦げて、それでも手を伸ばした。全身が高熱で焼かれる感覚は、体験したことのない苦痛、窒息感、熱を与える。

 明人は、そのすべてに耐えて、フィーナの手を掴んだ。


「お、ラァッ!」


 掛け声とともに、フィーナを引っ張り出す。その頃にはもう、明人の全身はひどく焼け爛れていた。

 たが、フィーナのほうはもっとひどい。

 全身が目も当てられない状態だった。そんな状態でなお、フィーナは口を動かしていた。

 『ごめんなさい』と。


「……ぅぁ」


 今起きたそれは、ただの結果だ。

 過去を変えたことによってフィーナが消失するという。

 単純明快な。



「ごめん、ごめん……ッ、ごめん……」



 皮膚の痛みも、喉の痛みも、肺の痛みもすべて忘れて、明人は地に頭をつけた。

 ただただ、ひたすらに謝罪の言葉を吐いた。

 吐いて、吐いて、吐き続けた。







 気が付くと、いつのまにかフィーナは消えていた。そして、明人の火傷はすべてが治っていた。


「奇特な方ですね。『転生種(リバース)』を助けようだなんて」


 フィーナを焼いた大男が、心底嫌そうに明人を見ていた。その右腕には、気を失ったシルィアを担いでいる。


「彼女がなんらかの"呪い”や”病気”に罹ったのなら、死んだ方が早く治ります。24時間後、彼女は健全な状態で復活します」

「だからっ、て、お前はッ……」


 この大男はフィーナを焼き殺し、あまつさえシルィアも傷つけた。明人は反論しようとして。


「もう関わらないで下さい。彼女の顔でも気に入ったのかは知りませんが、別にあなたの慈悲、『原生種(オーリア)』の慈悲なんて傲慢な道楽(おあそび)、我々『転生種』には不要ですので」


 それだけ吐き捨てて。

 明人を、冷え切った瞳で見据えて。

 大男は去っていった。

 その様子を頭を掻きながら見ていたガレオは。


「まあ、なんだ。お前もさっさとこんなところから出てった方がいい。『原生種』が転生種居住区域にいるなんて、いいことじゃねぇからな。早めに出てくんだぞ?」


 そう言ってどこかへと去ってしまった。


「……っ」


 明人は自分の肩を抱いて、地面に崩れ落ちた。

 木幡陽波を何一つ救えずに終わり、フィーナを消滅させた(ころした)事実から目を背けられず。


 ――傲慢な道楽(おあそび)、我々『転生種』には不要ですので


 異世界に在る、自分に対する強い隔絶の意志は底の見えない暗がりを見せて、明人を絶望へと誘う。




「どうして、こんな」




 脳裏に蘇るのは、倒れ伏した――即死したであろう京香と、脚を撃ち抜かれた悠生。虚ろな瞳で横たわる『木幡陽波』と炎の中で涙を流す『フィーナ』の最期。

 自らの犯した失敗が、誤った選択が生み出した、最悪の結末。

 まだ救えると愚かにも自らを鼓舞して――目を逸らした結末こそがこの惨状だ。

 明人は地面に仰向けに倒れて、地下の暗がりを見る。何もない虚無のような黒に吸い込まれて、明人は心を砕かれた。


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