Ep.9 『彼女を救う試行』(前編)
「痛ッ」
明人は盛大に転んだ。
何かに額を打ち付けて、痛みで目の前が真っ白になる。
数秒してから目を開くと、親友――悠生が不思議そうに明人を眺めていた。
「|なにもないとこで転んで《・・・・・・・・・・・》、どしたの? 朝のことがそんなに恥ずかしかったの?」
「……」
今回は、前回と違って状況が理解できていた。
なので取り乱すこともせずに、ただ目の前のスマホの画面を見ていた。
――成功、した。
異世界から地球へと、遥か未来から現代へと。
転移に必要な条件は明人の予想通り時空の変位点である『相』だったようだ。
特大の変位点である老婆の部屋、12時13分は異世界に行くための、或いは時間を渡るための座標で間違いない。
これはかなり大きな収穫になった。
これで行動範囲が格段に広がる。
「黙っちゃって、変なの」
悠生が不思議そうにしながらもメロンパンを食べている。
明人は一度目を閉じるとまずやるべきこと、目の前の友人にスマホの画面を見せた。
「帰ってきた。京香と三人で話すぞ」
***
教師棟の最上階――そこの踊り場で京香が白い息を吐きながら唸っていた。
悠生は難しい顔で、或いは心配そうな顔で明人を見ている。
「話を理解する時間が二日ほど欲しいけど、そうもいかないわね」
「明人、明人は大丈夫――じゃないよね」
「大丈夫かは、わからない。けど、やらないきゃいけないことも決めないきゃいけないことも多すぎるんだ。特に木幡の件は今日の夕方には事件が起こると考えて良い。何をするにしても本当に時間がない」
「でも、明人が言ったんじゃない。助けるかどうかも、まだ決めれてはないって」
「だから、事件の全容確認だけを──」
「それ、できるの?」
京香に問われて、明人は黙る。
質問の意図を明人は正確に理解していた。そして、それに答えられないことも。
「明人は、これから事件に巻き込まれると分かってる女の子を助けずにいられるの? 確認だけで済ませることが、本当にできるの?」
「それは、でも、だから──!」
「京香、それは」
「悠生はちょっと黙ってて。未来が収束しない以上、占い師さんの寿命がズレた以上、『木幡陽波』の過去を大きく変えれば、今のフィーナさんが消え去る可能性は充分にある。むしろ可能性はかなり高いわよ。これだけの過去を消し飛ばすんだもの。でも、それがわかってても、明人は目の前のこれだけの事件をみて見ぬふりをするなんてこと、本当にできるの?」
京香は続ける。
「変に迷って事を成そうとすれば、それは失敗に終わるだけよ。最悪誘拐犯を殺しに来た主転使とまた鉢合わせする可能性だってある。私と悠生は明人を助けるわ。命だって天秤に載せてもいいと思ってる。でも、明人自身が迷ってるなら私は止めるわよ。監禁してでもこの件には」
「京香」
悠生が京香を諫めるように呼ぶ。
「悠生、でもこのままじゃ」
「京香」
「……はい」
悠生は明人の方を向いた。
「明人、一番悩んでることをぶちまけちゃってよ。ひとまず聞くからさ」
「……言葉にすれば、そんな長い話じゃないよ」
明人は少し間をおいて、話した。
「そうだな。この三日間、何をしても不正解の問題と向き合い続けて、少し疲れたんだ。フィーナを選んでも、木幡陽波を助けても間違ってるこの事件に」
「……そう、だよね。それはきっと誰でも疲れる」
悠生は頷いて、京香の方を見た。
「一度、木幡さんを助ける方向で動いてみよう」
「――悠生」
「うん。やれることを試すのは大事だよ。特に明人の力があるなら猶更。それでフィーナさんに何かあっても明人だけの責任じゃない、僕たち三人の責任だよ」
明人は固く目を瞑った後に、息を吐いた。
「……そう、だな」
その言葉と同じタイミングで、チャイムが鳴る。
予鈴が響き渡り、授業が間もなく始まる。
「私は一度帰るわ。いろいろ防犯道具が必要でしょうし」
「僕はちょっと木幡さんの方を探れそうなら探ってみるよ。木幡さんも、その彼氏も事件の重要参考人ってやつになると思うし」
「なら俺がやることは――」
明人は、自分にしかできないことを一つ思い出した。
「いつものゲーセンにいってくる。『例の車』を探さないとだ」
この一連のタイムリープに深く関わる、因縁のある存在。
それは一番初めのループで子供と事故を起こした車であり、次のループでは木幡陽波が誘拐された先に放置されていた車だ。
明人はなにもかもに嫌な予感を抱きながらも、三人は授業など放置して各々の役割の為に動き始めた。
***
◆2031/2/25 16:10 ショッピングモール駐車場内
明人達は誰も見ていないことを確認して、車の下に入り込んでいた。
そしてちいさな発信機を接着剤と共に強く貼り付ける。
その発信機は京香の私物の一つだった。
「……愛の重さが怖くなるな」
「悠生の居場所はいつでも知っておきたいでしょ」
「一週間彼氏を監禁した女の言うことは違うな」
えへへと彼氏である悠生が苦笑いしているが、そんな程度で済ませていいのだろうかと明人は毎回疑問に思っている。当人たちがそれでいいなら口出しをするべきものではないのだが。
「とはいえ、これで車の位置は特定できるな」
「あとは警察を呼ぶタイミングさえ間違えなければ、木幡さんを助けられるわ」
「さっきの話もそうだけど、考えが追い付かないよ~」
「こういうのは簡単な話じゃないからな」
明人は話しながら、一時間前の話を思い返した。
**
「木幡さんを助けるにあたって、どのタイミングで出ていくかは考えないとだめね」
京香がそう切り出し、明人も同意した。
「そうだな。妨害するだけじゃ、きっと失敗する」
「……えっと?」
悠生がわからないといった体なので、明人が説明する。
「今回の事件は、たぶん計画的なんだ。木幡陽波を狙って起こしてると言い換えてもいい。誰でもいいから襲うみたいな事件とは少し毛色が違う」
場当たり的に襲い掛かるような事件とは違うというのが明人と京香の共通認識だ。
そうでなければ木幡陽波に時間をかけて近づき、彼氏として関係を築いた上で複数人で襲うなどといったことはしないだろう。
彼氏がグルであるというのは、前回木幡陽波と遭遇した際に『あの人に裏切られた』と口走っていたことからの推測なのだが、ここについては未来を確認する必要がある。
「で、まあ、計画的だったとしてだ。悠生、もし今日俺たちが木幡を強引に監禁して事件を回避したとして、そいつらは木幡を諦めるか?」
「うーん、こんだけ用意してるし簡単には諦めなさそう、かな」
「そうだ。場当たり的に事件を回避しても、根本的に解決しないと同じ事が近い未来起こる。助けるって目標は未達成になるんだ」
「なーるほど」
「つまり、今回の事件は犯人グループを一網打尽にして誘拐の現行犯で捕まえるか、木幡が彼氏と犯人グループの危険性を身をもって知らないと真の意味で『助けた』ってことにならないんだよ」
「……結構な無理ゲーじゃない?」
明人はうなずく。
ここまでの難題だからこそ、明人自身も木幡陽波を助けるという選択肢を安易に選ぶことはしなかった。彼女を本当の意味で救うことはタイムリープがあれど簡単な話ではない。
「まだいろいろ懸念事項が多すぎるけど、やれることをやってくしかないな」
**
準備しているうちに、時間はあっという間に過ぎていった。
そうして、明人が木幡陽波の足跡を知る最後の時間が来る。
前回のループ、ゲームセンター前のベンチで二人が雑談を交わしたあの時間。
今回、明人はその時間に合わせてゲームセンターの中で待機している。
「じゃあ、ちょっと行ってくる」
木幡陽波はゲーセン前のベンチに座ってミルクココアをちびと飲んでいる。その様子から彼氏は既にトイレへと向かったことが分かった。
明人は一人、彼女の死角から回り込んで、男子トイレへと向かう。
細い通路を通って、トイレへ入ると中を見渡した。
「……」
誰かの声が聞こえる。
右の奥にある個室からだ。男が囁き声で、何かを話していた。
『いまから行きます』
そう言って、男がぱたんと扉を開いて出てくる。
その言葉一つで、こいつは犯人たちとグルなのだと明人は確信した。
同時に頭の中で、選択肢が幾つも沸いて出てきた。
ここで襲って暴力沙汰にすれば今この瞬間は木幡も襲われないのではないか、或いは男を雑談で引き留めて何かしらの情報を得るのか。すれ違う瞬間は一瞬でも、明人の頭の中ではそれ以外にも多くの選択肢が沸いてきて、そして結局は予定通りに行動した。
すぅと、男の肩掛けカバンの中に小さな発信器を忍び込ませたのだ。同時に肩がぶつかる。
「あ、すいません……」
「っ、気を付けろよな」
男――木幡の彼氏は明人の制服を見て怪訝な表情になったあと、スタと歩き去っていった。
明人は少しだけ鏡に映る自分の顔を見た。少し不安そうで、何か嫌なことがありそうな顔をしている。明人はそんな自分の顔をパンと叩いて、トイレを飛び出す。
そして遠くへ、階下へと向かう木幡とその彼氏を追いかけていった。
同時に悠生達と合流する。
「明人」
「いけた。ちゃんと機能してる」
明人のスマホの画面には付近の地図と赤い点が表示されていた。
発信器は正常に動作している。
「やっぱあの彼氏はグルっぽい。いまから行きますとか小声で話してたわ」
「いよいよ黒確ね」
「とりあえず、ここからは分担作業だね」
今回の事件で問題なのは木幡陽波だけでない。
彼女を連れ去り、焦って運転していただろう彼氏が子供と接触事故を起こしている。
そちらの救出は悠生と京香に任せ、明人は単身で黒いワンボックスカーを追う算段だ。
「気を付けて、何かあったら躊躇わずタイムリープを使いなさい」
「あぁ。わかってるよ」
三人は頷き合うと、二手に分かれた。
明人は一人、静かに木幡陽波とその彼氏を追う。
人ごみをかき分けて、先へと歩いていく二人に気付かれないように、後ろをついていく。やがて二人は出口を出て、ショッピングモールの駐車場へと向かう。二人は、黒いワンボックスカーに乗り込んだ。
乗り込んだ瞬間の男の顔に、明人は怖気を感じた。歪んだ、暗い歓びに震えるその横顔。
「――」
あの横顔に、木幡が気づいていたら前回の結末は変わっていたのだろうかなんて。
そんな益体のない思考を頭を振って消し去る。
黒いワンボックスカーはゆっくりと動き始める。明人はその様子を発信機で確認しつつ、近くの駐輪場に止めた借り物のロードバイクに跨る。
「動き始めたな……」
発信機は二つとも正常に動作している。
相当な速度で移動しており、明人はそれを追う形でロードバイクを走らせた。
*
古い民家で、数人の男たちが静かに待っていた。
「そろそろ――来たな」
クラクションの音が合図だ。
女を捕まえて車に乗せた後、逃げ出せないように自分たちがすぐに乗り込む。
そういう手筈だ。
実際、手慣れた手口でもあるのだろう。ガラの悪い男達は下卑た笑みで、しかし威圧するように少女の両脇を固めた。取り乱し始めた少女を黙らせて、男たちの中でも異様に目立つ――腕に入れ墨を入れた男が車を運転する青年に話しかける。
「おい、荷物を確認させろ」
「え……?」
「テメェを信用してねぇって話だ。早く見せろ」
「は、はいっ」
スキンヘッドにした入れ墨の男が二人のバックの中身を精査する。
すると、気になる物を見つけた。
「こりゃぁ……」
目を細めてそれを取り上げる。
偽装はしているが、それを生業にしているものからすれば一目瞭然。
追跡用の位置情報端末だった。
スキンヘッドの男は木幡の彼氏の胸倉を掴み、拳を振り上げた。
「ぅぁっ……」
「――――?」
怒鳴り散らそうとして――少し冷静になるように自分に言い聞かせる。
――この怯えようは、俺たちを騙そうとしたものじゃねぇ。そもそも、コイツの事情を鑑みてもそんな意味のないことするか?
――それに、すぐにバックを渡した動作からして、こりゃあこの玉なしのものじゃあねぇ。
――となれば、これは勘づいた誰かの仕業だ。
――男自身に何かしかけたとしたら、これ一つ。用心深い奴ならもう一つ仕掛けるかァ?
「おい」
「は、はい」
「車を変える」
「……?」
「もたもたすんじゃねぇッ!!!」
自分の勘の正しさを信じて、男は黒いワンボックスカーから自分以外、乗り換えるように指示を出した。別に用意していた車に乗り換えるように――




