Ep.6 『食事と疑問、そして話せない話』
明人達は一つのテーブルを囲んでご飯を食べ始めた。
シルィアは食べることに夢中なのかもくもくと、或いはパクパクと肉を切っては食べている。ちなみに野菜は嫌いなのか横によけている。
そしてちらとフィーナを見ると、シルィアのことをじっと見ていた。
「ぅう」
「分かってるわね」
「やさい、きらーい」
シルィアはそう言いながらも、フィーナの視線を気にしてかパクリと野菜を食べた。その後に舌をだしてマズそうな表情を浮かべている。
しっかり野菜を食べていることを確認して、フィーナは明人の方を向いた。
「それで、いろいろ聞きたいことはあるのだけど」
フィーナはそう言葉を区切ってから、再度明人の目をみた。
「信用は、する。クロノ君は信用できると思ったの」
「……料理を作っただけだけど?」
「エリ婆の遺言のこともあるけど、それとは別。ただの私の直感よ。あなたの話は信用して聞くことにするわ」
「そういってもらえると本当に有難いな」
明人はそう言いながら肉料理をパクリと食べる。
一応味については前回のループの味をかなり再現できているようだった。
これで信用してもらえるのも、なかなか不思議な話ではあるが。
「それで、まずは何を聞きたい?」
「じゃあもう一度確認から。あなたは、私のかつての同級生でクラスメイト。クロノ、えっと」
「明人だ」
「黒野明人、ね。じゃあ黒野君。まずは一つずつ質問していくわ」
そうして食事をしながら、フィーナからの質問に答える時間が始まった。
**
そうして数分。
フィーナは呆れ顔で明人の方を見ていた。
「あの、何も分からないことだらけじゃない?」
「申し訳ない……」
「自信満々に『何が聞きたい?』とかいうからいろいろ知ってるかと思ったじゃない」
「ホントにかたじけない」
フィーナからの質問で答えられた項目はほとんどない。
なぜ転移しているのか、服も含めてその身そのままなのか。老婆とはどういう関係なのか、どうしてこの場所に転移したのか。
主要なことは明人自身も知らないことが多い。
一番事情を知っていたであろう老婆は未来が変わってしまい、既に寿命で他界している。
そしてタイムリープに関する話題はそもそも話すことも出来ない。
「逆に俺からも質問あるんだけどさ、俺と知り合ったのってフィーナからしたら十何年も……」
そこまで話して、話そうとして。
明人は今、自分が明確に失敗をしたのではと咄嗟に口を閉じた。
「黒野君、どうしたの?」
「いや……」
転移直後、タイムリープ直後で頭が働いてないとは言え、この話題を──地球での過去の話題をフィーナに振ってはいけないのだ。
──転移直前の、あの惨状を見れば『木幡陽波』の身に何が起きたかなんて誰の目にも明白だ。
──襲われた直後の彼女の様子は尋常ではなかった。
──アレを思い出させるような話題を安易に出すわけには
急に黙り込んだ明人を見て、首をかしげるフィーナとシルィア。
「しずかになっちゃった」
「ごめん、なんでもないんだ」
「黒野君のことか。十数年経ってもクラスメイトだったし、あんまり関わりはなくても案外憶えて……」
そう言って、次はフィーナが急に押し黙ってしまう。
不思議におもったシルィアと嫌な予感がした明人がフィーナの方を見ると、彼女のフォークを握る手が少し震えていることに気が付く。
「フィーナ、何か」
「黒野君、私達そんな親しくはなかったよね?」
「そう、だな」
「あの時、でも私、……われて、誰にも、だけど、あれ? でも黒野君が、来たような、これは……?」
フィーナの銀瞳が、少しだけ赤と白色に明滅しているように見える。
彼女は青ざめた顔でフォークを置くと、顔に手を当てて右の扉から洗面台の方に行ってしまった。
シルィアは心配そうにフィーナのほうへと寄っていき、明人はフィーナの様子、その言葉を聞いて顔を天井に向けた。
「やらかした……」
今の反応、フィーナはあの時の、転移直前の事件を思い出した様子だ。
明人が不用意に話さなければ思い出さなかったはずの事を思い出させてしまった。
間違いなく、これは明人のミスだった。
明人はスマホを取り出して、『WORLD BEYOND』を表示する。最悪タイムリープでなかったことにできる、そんな考えが一瞬頭をよぎるが。
「結局、一緒に過ごしてたら否が応でも思い出すか……?」
前回もそうだ。
一緒に過ごした三日間は、フィーナにとっては不快な記憶を思い出す時間だった可能性は充分にある。
それを考えるとそもそも接触すること自体が間違いだった可能性すら――
明人はその可能性に思い至って、一度部屋を出た。
――結局戻ったところで、フィーナとは既に接触した時間にしか戻れない。
――それに気になるのは、さっきのフィーナの反応もそうだ。
――記憶が混濁してるかのような言動。あれは自分が介入した過去と介入しなかった過去が混ざったかのような話ぶりだった。
――何が、どうなってるんだ?
冷えた空気を吸って、少しだけ頭が冷静になっていくのを感じた。そのまま、自分の額を拳で叩く。
「この状況、どうすりゃいいんだ」
明人が壁にもたれかかっていると、部屋の扉が開いた。
フィーナが顔色を青くしながらも、ぎこちない笑顔で明人へ話しかけた。
「ごめんなさい、ちょっと気分が悪くなっただけよ。ご飯の残りを食べちゃいましょう」
フィーナが明人の手を取る。
その震えが止まっていたわけではなかったが、先ほどよりはだいぶ落ち着いている様子だった。
明人は何かを言うことが出来ず、フィーナに言われるがまま部屋へと戻った。
その後の食事の雰囲気については、語るべくもないだろう。
**
ご飯を食べ終わった後、シルィアを自室へと戻し明人とフィーナは再度椅子に座って対面していた。
今度は軽口を叩けるような雰囲気ではない。
「黒野君。私に話してないこと、おそらくあるんだよね」
「そう、だな」
事ここに至っては、ごまかすことはできない。
ただ、明人にも言えない事情はある。
正確には、フィーナの為にも聞くに聞けず、言うに言えない話だ。
「でも悪い、今フィーナに全てを話すことは」
「……いいの、私はあなたを信用した。でも、私があなたの信用を勝ち取れたわけじゃないことは」
「違う、違うんだ。俺はフィーナの事を信用してる、この上ないぐらいに。それこそ、この世界で唯一と言っていいくらいだ。でも、そうであっても、だからこそ、フィーナにだけは」
話せない、その理由を明人は脳裏で思い返していた。
***
昨日の放課後、無人の教室で明人達が話していた時のこと。
京香が切り出した未来の収束についての話の後に、もう一つ重要な話をしていた。
それは、木幡陽波についてだ。
「昨日から木幡さんが休んでいるのは、私も知ってるわ。向こうの世界で明人がフィーナさん、木幡陽波の転生先と三日間を過ごしたことも知ってる。だからこそさっきの話――未来の収束の話をしたのは、もう分かるわよね」
「あぁ、未来が収束しないのであれば――俺が木幡陽波に関われば、フィーナに影響がでる。そうなれば或いは、最悪存在そのものごと」
「えぇ、消えかねない。木幡さんが本当にただの風邪で休んでるだけならいいわ。だけど、もしなんらかの事件に巻き込まれていた場合――明人、あなたが干渉するのはやめなさい、もし何かするとしても」
「何が起きてるかを知る程度がぎりぎり限界、ってとこか」
「えぇ。やるにしても内容を知る程度に留めた方が無難ね。何も知らないのは問題だけど、干渉しすぎれば未来のフィーナさんに大きすぎる影響を与えてしまう」
「なんか、時間の話は頭がこんがらがりそうだよー」
悠生が頭を抱えているのを傍目に、京香が話を続ける。
「ここから先は、複雑で難しい話になるのだけど」
「大丈夫、続けてくれ」
「明人がフィーナさんを信用してるのは分かってる。だけど、フィーナさんに過去のことを聞くのも、タイムリープの事を話すのもやめなさい」
「理由は……?」
「フィーナさんに、事件の解決をするかしないかの判断をさせるつもり?」
「…………なるほど」
「ど、どういうこと?」
悠生がわからないという風だからか、隣に座る京香が優しく頭を撫でながら話す。
「本当に難しい話よ。木幡陽波の過去を変えるために、未来のフィーナさんを殺すか。それとも、木幡陽波の過去を変えずに、未来のフィーナさんを生かすか」
「京香、それって、だから」
「えぇ。明人が彼女にこの話をしてしまえば、その判断をフィーナさん自身にさせることになりかねない。彼女に過去を見捨てるか、未来を殺すかの判断をさせる。それはあまりにも、あんまりにも残酷な選択だわ」
考え込んでいた明人は、大きく息を吐いた。
「だからこそ、だな」
「えっと、どういうこと?」
「タイムリープは俺が主体だ。どちらを選ぶのかは、その判断をする責任は俺自身にある。京香の言いたいことは分かった、その責任は俺自身が背負う、その自覚はちゃんとするべきって言いたいんだろう」
「えぇ。明人、残酷なことばかり言ってごめんなさい。だけどこればっかりは自覚なくやっていいことではないし、すごく大事なことだからね」
「いや、ありがとう。こういう時はホントに頼りになるよ。俺一人だけだとそこまで頭まわんないからな」
頭をぽりと掻きながら、明人は笑う。
そんな明人の手を、悠生が握った。
「明人、一人で背負い過ぎるのもダメだからね。背負うときは僕と京香も一緒だよ」
「えぇ。そのために私たちはこうして話をしてるのだから」
「ありがとう。今の話は心に刻んどく」
***
フィーナに過去の話を聞くことも、タイムリープのことを話すこともできない。
フィーナのトラウマを掘り下げることになるのもそうだが、それ以上にフィーナに自身を殺すか否かの判断をさせるようなものだ。
これは昨日の京香達との話し合いで出た結論の一つだった。
「ごめん、意味が分からないとは思う。だけどいろいろ話したくても話せないことがあって、理由も言えなくて」
「……ううん、いいの。未来が視える黒野君と同じ――エリ婆もそういうところあったのを思い出したわ。それに最初にいったでしょ、私はあなたを信用するって」
「それは本当に、ごめん。この先どうするにしても、とりあえず今日はもう休もう。フィーナも疲れた顔をしてる」
「そう、ね。黒野君、シャワー浴びてきていいわよ。準備は私の方で……」
「大丈夫、そこらへんはちょっと先の未来を視てるからな」
そう言って、二人は一日を終えるための準備を始めるのだった。
その後は会話も少ないまま。
何も煮え切るものがないまま、夜は更けていく。
*
明人は簡易なベッドでぱちりと目を醒ました。
まだ夜半、多くの出来事起こり過ぎて深く眠ることも出来なかった。
そしてふと部屋の反対側に目を向けると、暗くてよくは見えないがフィーナが苦し気に唸っているようだった。
悪い夢でも見ているのか、或いは――なにか『嫌な記憶』でも思い出したかのように。
明人は起き上がると、音を立てないようにフィーナの隣に立った。
そして幾ばくかの逡巡の後。
苦し気に唸る彼女の手を取った。
「ごめん……」
明人は震える声で、小さく呟いた。
彼女のトラウマであろう事件を思い出させてしまったこと。そして、未だに事件を解決するか、放置してフィーナを生かすかを決めきれない自分の不甲斐なさに漏れた、小さな呟きだった。
明人はただフィーナの手を取り、彼女が落ち着くまで手を握り続けることしかできなかった。




