Ep.5 『想定外の帰還地点』
◆??/2/24 18:32 とある部屋
目を覚ますと、石造りの天井が目に入った。
ちかと点灯する電灯のようなものが眩しい。まだ意識は朦朧としたまま、明人は目を細めて頭を横に振る。そこはどこか見覚えのある部屋だった。インテリアもなにもない、椅子と机があってキッチンやタンスがあるだけの、極めて質素な部屋。
「ここ、は」
バッと起きて辺りを見渡す。
以前三日間住ませてもらった、フィーナの部屋だ。
明人は痛む頭を押さえて、身体を前に倒す。何が起きたのだろうと考えようとして、右の扉がぱたんと開いた。
「ようやく起きたの」
出てきたのは金髪銀瞳の少女、フィーナだ。
彼女は妙に濡れた服で疲れたような顔をしている。その様子をみて明人はふと思ったことを口に出してしまった。
「あぁ、シルィアに水をかけられたのか」
それを聞いたフィーナはどこか警戒したような表情で明人を見た。或いは不審な物をみるような目で。
「あなたは、一体何者なの。どうして私やシルィアのことをそんなに知っているの?」
考えてみれば当たり前の話で、こんな表情を明人は以前見たことがある。昔タイムリープを親友たちに信じてもらおうとした際にも同じような表情をされたのだ。
未来を先読みした言動をしていれば不審に思うのも無理はない話だろう。
「それは……」
明人は少しだけ逡巡したが、結局あらかじめ決めていた回答をした。
「少しだけ、未来が見えるんだ」
***
時間は少しだけ遡り、昨日の放課後の話。
明人と友人達は無人の教室を間借りして話をしていた。
内容は、明人のタイムリープについてだ。
「明人の時間遡行の話で一つ、昨日考えていたことがあるの」
京香はそう切り出した。
「時間遡行に、未来への超長時間の時間旅行。この二つの能力を持った時に、議論しなきゃいけないことがあるわ」
「昔話してた、未来が変な方向にいかないようにする話?」
悠生が首をかしげながらそう話すと、京香は首を振る。
「いえ、近い話だけど違う話でもあるわ。つまりね、私たちが起こす何かしらの行動が、未来を変えて――未来の人が存在ごとなかったことになる可能性よ」
「……そこは、考えてなかったな」
明人もまだ異世界から帰還したばかりで状況を整理できていなかったが、現代に戻れてしまった以上は考慮すべき事項の一つだろう。
「ここで気にするべきは、未来がどう変化するかについてよ」
「待って、自分で考える」
明人は額に親指を当てて少しだけ考える。
頭に浮かぶ状況を整理して、現状をまとめて、そうしてとある国民的アニメが思い浮かんだ。
「言いたいことはわかった。つまり、未来がえっと、ドラ〇もん方式か、そうじゃないかってところか」
「そうよ。最終的に未来が収束するかそうでないかってことね」
「あ~ ようやく意味がわかったかも」
遅れて理解した悠生が、ぽんと手を叩いた。
「つまり、のび〇の子孫が生まれなかったことになるか、どういう過程であれ子孫が変わらず生まれることになるかの違いってことね」
「そうよ。それ次第では、明人の異世界での立ち位置が大きく変わることになるわ」
「未来が収束するか、しないかのどっちか」
明人はそれを聞いて、更に深く考え込んだ。
確かに、これは自分の立ち位置を考える上であまりに大きな問題だ。
どちらに振れるかで、今後の行動方針そのものを変えていかなければいけない。
「私はすごく頭がいいから割ともうある程度回答は出てるのだけど、聞く?」
「すごいねぇ、京香は頭がいいねぇ」
「えへへ、そうでしょ」
悠生が京香の頭を撫でている間にも、明人は思考を進める。
いままでの経験、弟を助けた時、子供を助けた時、フィーナやシルィア、或いは占い師の老婆と出会った後の未来での話。
それらをまとめて、回答を出すとしたら。
「収束は、しなさそうだな」
「えぇ。私も同じ考えよ」
「えっと、どうしてか聞いてもいいかな?」
「未来が収束するってことは、その未来にするために何かしらの強制力が働いていると考えていい。だけど悠生、考えてほしい。俺たちが弟や事故に遭った子供を助けるときに何か苦労することがあったか?」
「あ、確かに」
「つまり、いまのところ未来に対して強制力みたいなものは働いてないの。そうであれば未来は収束しないわ。これはかなり大問題よ」
「難しいな。過去を変えることは容易だけど、そのせいで消える人が出てくる可能性が――或いは動かし過ぎれば全く知らない世界になっている可能性がある」
「明人」
京香は明人の名前を呼んで、目を見据えた。
こういう時は、かなり大事な話をする時だ。
「もし仮に、どうしようもない理由でまた未来に行ってしまった時には、過去を変えられることは絶対に、|絶対に人に話してはダメよ《・・・・・・・・・・・・》。理由はもう分かるわね」
「未来の人から見れば、俺はその人を存在ごと消しかねないわけだからな」
「ぞっとする話よ。家族も、友達も、知人も、或いは積み上げてきた人生のすべてを否定して存在ごと消されて、それに気づきもしないなんて、或いは殺されるよりも酷なことかもしれないわ」
「……そう考えると、タイムリープを使うこと自体が危険かもな」
「なんだか難しい話だね~ でもさ、結局未来が収束するかしないかっていうのは、その人がこういう未来に絶対したいって思ってたら収束しそうじゃない? なんか、えっと、美味しいチョコチップメロンパン食べたかったら、雨が降っても電車が止まっても食べに行くみたいな?」
「かわいい喩えね。でも実際それもあってると思うわ。だから、実際収束してるかどうかは未来に行ってみないと確定はできないわね」
「そうなるよな」
明人と悠生が少し黙ってしまい、その様子をみた京香が明人に話しかけた。
「もう一つだけ参考になることがあって。もし未来の話をしないといけないとき、明人の話から参考になる人がいたことに気づいてる?」
「それは、まさか」
「そうよ。もし明人がタイムリープで知った話をしなくちゃいけないときはこういうのよ。『少しだけ未来が視える』ってね。明人を未来へ導いたあの占い師の老婆みたいに」
***
「未来が、視える……」
フィーナはそう呟いて黙り込んでしまった。
明人はそんなフィーナに対して何を聞くべきか迷っていた。
何を話すか、どう話すかについて、明人が悩んでいると。
「あなたが来ることは、事前にエリ婆から聞いていたわ。そして保護してあげてほしいとも。それが、エリ婆の遺言だったから。それも、あなたは知って」
「……は?」
今、聞き捨てならない単語が聞こえた。
「何に驚いたの?」
「今、遺言って、え、まさか」
──エリアールの遺言なんて、それじゃあ、あの占い師の老婆は既に
「それは知らなかったのね。あなたの想像の通りよ。占い師エリアールは寿命で、三カ月前に亡くなっているわ」
明人は声をなくした。
ほぼ不死身である転生種の唯一の死因、寿命。
その寿命がずれている。
老婆は、既に死んでいた。
それが示す事実は、唯一つ。
――未来は、収束しない
明人たちの立てた予想は、老婆の死という事実によって裏付けがされたのだった。
**
フィーナの部屋にて老婆の死を聞いた数分後。
明人は老婆のかつての居室で仰向けに転がっていた。
その様子を金髪銀瞳の少女が怪訝な目で見ている。或いは、変な人に近寄りたくなさそうな表情で見ている。一応その場ですっころんだ明人を介抱してくれてはいるが。
「――なんで、その場で盛大に転んだの?」
「気にしないで、くれ」
明人は頭を抱えながら、後頭部の痛みに悶えている。
その場で転ぶというのは、それ即ち――
――マジで三十秒前からタイムリープできた……!
――なんで一年前から、この場所にタイムリープの帰還地点が変わったのかが不思議でこの部屋に来たけど
――タイムリープのセーブポイント、これで変わるのかよ
目の前にあるのは、水盆。
精緻な文様の施された淡く輝く水面を持つ水盆であり、或いはセーブポイント――『転生種』が肉体を復活させる場所。
転生種でもない明人が触れても水盆はなぜか反応していたが、つい今しがたその理由が判明した。
明人に対してもそれはセーブポイントとして働くのだ。肉体の復活場所ではない。明人が水盆に触れた瞬間に時間遡行での『帰還地点』を上書きするのだ。
これの持つ意味は極めて大きい。
毎回一年もの時間遡行をする必要がなくなるのだから。
「……確認したいことは終わったよ、とりあえずは部屋に帰るか」
明人は頭をさすりながら立ち上がると、雑多な荷物が散乱する部屋を横切るように歩いた。この老婆の居室にきた理由は、セーブポイント以外にもあったがそちらは達成できなかった。
――あの金色の懐中時計。間違いなく重要な物なんだけどな
フィーナに聞いても、懐中時計は見たことがないとのことだった。
明人も薄暗い部屋を少し探してみたがそれらしいものは全く見当たらなかった。
「なんだかよくわからないけれど、なら戻りましょうか」
明人の謎の行動に付き合わされたフィーナは怪訝な顔で廊下へと出た。
もう少しだけ部屋の中を調べたい気持ちはあったが、流石に故人の部屋を荒らしまわるわけにもいかない。
部屋を出る際に明人は、ちらとだけあの老婆の姿を――水晶とカードを使って占い続ける彼女の姿を、この部屋と重ねた。そして唇を噛んだ後、扉を閉めた。
*
部屋に戻った後、明人は内心冷や汗をかいていた。
目の前に座るフィーナの視線が、明らかに何かを訴えかけている。
「……」
「……」
当たり前と言えば当たり前の話だ。
突然故人の部屋に現れた学生服の少年が何故か自分達を知っていて、更に未来が視えるとまで宣った。その次に老婆の部屋を物色して、なぜかその場で大コケして頭を抱えて痛がる。
やっていることがなにもかも不審で、悪意があるかどうかすら見極められないかもしれない。
明人はどうすべきかと考えた後、意を決して口を開いた。
「えっと、たぶん聞きたいことはいろいろあるとは思う」
「多すぎて何から質問すればいいか分からないの」
「それもそうだよな。だから、まずは未来がちょっとだけ視えることを証明しようと思うんだ」
そう言って立ち上がると、明人はとある魔道具の前に移動した。
その中には冷凍された肉や冷蔵された野菜などがあり、その品揃えは明人の記憶にあるものそのままだった。
異世界に過ごした三日間で、記憶にあるままに明人はいろいろと調味料を取り出す。
「いまから夕ご飯、作るよ」
「え、えぇ?」
過去のループで、フィーナに教えてもらった方法で。
明人は自分とフィーナ、そしてシルィアの三人分の夕ご飯を作り始めた。
*
「それで、引きはがせたりはしない?」
「無理ね。シルィアが料理してる人に抱き着くのは、もう半分習性みたいなものよ」
「そんなのを視た気もするなぁ」
確かに前のループでシルィアがフィーナに抱き着いていたのを見た気がする。
それはフィーナが大好きすぎて抱き着いたわけじゃなく、料理していたかららしい。
「くろいおにーさん、いいにおいだね!」
「美味しくできるよう頑張るよ」
作るのは簡素な肉料理。
野菜や調味料をまぶして味を調えるだけのものだ。
とはいえ、肉の焼ける匂いは食欲をそそる。
抱き着くシルィアもきらきらした瞳でそれを眺めている。
「でも、未来を視たとはいえ手慣れてるわね。元々料理してたの?」
「親が忙しい時はな。一応兄だし、やれるようにはしてた」
「偉いわね、お兄ちゃん」
「ちょっとからかってない?」
「そんなことはないけど」
フィーナはそんなことを言いながらも明人の手元をじっと眺めている。
その視線は何かを思い出しているような、すこし寂しげなものだった。
「フィーナ、どうした?」
「いえ、少し…… ううん、なんでもない」
そうして話しているうちに、野菜サラダと不思議な色合いの肉料理が完成した。
明人は盛り付けて、魔道具の中から柔らかいパンを取り出した後、それを別の皿に乗っける。
「こんなもんだな。シルィア、運んでくれるか?」
「はーい!」
シルィアが元気に皿を運んでいる様子を見ながら、飲み水を準備する。
そうして食事の準備が整った。
「えっと、じゃあ食べようか」




