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Ep.3 『越えて、外れていく日常』(後編)


◆2031/2/28 16:15 港・廃倉庫周辺



 地下鉄の駅を出てしばらく、廃倉庫周辺に明人達は到着した。辺りで一等治安の悪いその場所に足を踏み入れると、三人は空気が変わるのを感じた。まるで虫の巣にでも入り込んだような、背筋に奔る怖気を感じる。

 これが本当に気分の問題なのか、潮風や倉庫の空気でそう感じるのか定かではない。ただ、マトモな空気でないことだけは分かる。そんな場所だ。

 吹き抜ける風は本当に冷たい。首に巻いたマフラーもそのまま飛ばされていきそうなほどだ。内海に面しているというのも大きいだろう。上空の風が雲を素早く運んでいく。

 明人は前に視線を戻すと体を擦りながら歩きつつ、後ろの二人に話しかける。


「さて、ここからどうするかだな……」

「この先が一番治安悪めだとは思うけど」

「たぶん明人は分散して探すかどうかを考えてるんじゃない?」


 京香の言う通り、明人の悩んでいるのはそこだった。

 分散して探した方が効率は良いだろう。ただ、治安は悪い。万が一何かあった時の為に三人で回った方がいいのではとも考える。


「うーん、僕としては三人で回るのが一番いいと思う」

「私も賛成。流石に一人で回るのは怖すぎるわ」

「……そうだな。そうしよう」


 三人は互いに見合って頷くと、廃倉庫街――大都市の中でも一等治安の悪い場所へと足を踏み入れた。





 明人達が廃倉庫周辺を歩き始めて数分。

 稀にみる辺りを歩く人たち――おそらく倉庫作業員の人達から怪訝な視線を向けられて、自然と肩をすくませる。

 そんな中で、ふと目を引かれた気がした。

 通り過ぎた何かの施設へと再度目を向けると、そこには一台の車が停車していた。



「……あ、れは」



 こんな廃倉庫の周辺に車が停車しているのも珍しかったが、それ以上に目を引く理由は別にあった。いまは使われていなさそうな事務施設に頭から乗り入れて停車しているのは黒いワゴン車だ。

 そう、黒いワゴン車。


「悠生、京香、こっち」


 二人を連れて、そのワゴン車の前方を確認する。

 その形は、自分の記憶にあるものとほぼ一致した。


「これ前に、見たことがある。前のループで、あの子供と事故った車だと思う」


 そう明人が告げた瞬間、二人の表情もぴしりと固くなる。

 別に、それだけの車だが――この状況で意味がないと言えるほど、ただの偶然だとは思えなかった。

 悠生と京香、そして明人は目の前の建物に目を向ける。

 三階建ての、寂れた海に近い場所の古びた事務施設と倉庫。花壇は雑草だらけで、海風に吹かれて金属部分はボロボロのスロープ。ただそれだけの施設に、何か言い様のない不吉なものを感じながら、明人がスマホを取り出した。


「やっぱ、か」


 画面には小さなノイズがいくつか奔り始めている。

 この先で、何かマズいことが起きている。

 そして踏み込めば、それに巻き込まれるであろうことを明人は察している。


「明人、警察か何かを絶対呼ぶべきよ。入るのは待ちなさい」

「いや、警察が来たら中を見せてもらえない可能性がある。先に、入る。俺は最悪タイムリープで逃げられるし、二人は何かあった時の為に待機していてくれ」

「そんな、明人だけを――」

「いや、これでいい。むしろ、二人は警察を呼んでどこかに隠れといてくれ。最悪なんかあった場合、最後に頼れるのは二人だけだ」

「……分かったわ。悠生、行きましょ。行動するなら早めがいいわ」

「明人、気を付けてね」


 そうして京香と悠生はその場から離れて、警察への連絡を始めた。

 そして明人は、建物の中へと侵入した。




**




 ――嫌な、雰囲気だな。



 建物内部は暗く、そして潮の匂いに交じった別のつんとする臭いを感じる。紙やほこりが散乱しており、その上物音一つしない。寂れた雰囲気の中で自分の心臓の音まで聞こえてくるほどに、静か。

 ホラーゲームにでも出て来そうな、不気味な雰囲気を嫌と言うほどに感じる。

 足元はかろうじて見える程度だが、誰かいることを考えるとスマホでライトをつけるわけにもいかない。

 明人達はヒタヒタと音を意識して殺しながら壁を伝ってゆっくり進み始めた。


 ――あの車、六人くらいは乗れそうだけど、物音がなにもしないのはどういうことだ? ほんとうはここではなにも起きていないとか、そういう……


 びくっと震える。

 ピチャと水滴の滴る音が聞こえた。明人はそちらへ視線を向ける。


「――――ッ!!!」


 三人の男が、まとめて倒れていた。

 血を吐き出しながら、恐怖の表情を顔に張り付けて倒れている。

 素人目でもわかる。全部、死体だった。


「ァ――」


 口を押えて、パニックになりかけた心を何とか落ち着ける。

 否、死体を見た瞬間にパニックと同時に冷静が降ってきたような感覚。

 明人はこの死体に、どこか見覚えがあったのだ。


「全部で、三人。俺はどこかで」


 死体そのものじゃない。

 死に方に、見覚えがあったように思うのだ。

 記憶に引っかかったそれを手繰り寄せようと、死体を観察する。

 死体の喉元に伸びた手と、苦し気な表情。そして口元に溢れる血の量。

 そして思い出す。

 この死に方は――



「っ、なんで、あれは異世界のはずだろう! なんでこっち側で……!」



 ――コノ街ノ『原生種』及ビ『転生種』。ミナ舌ヲ噛ミチギッテ死ネ



 あの時、あの命令で死に絶えた異世界の街。

 あの場にあった多くの死体、それと酷く酷似しているのだ。

 それに気づいた明人は総毛だつような感覚に襲われる。

 そしてどうするべきかを考える暇もなく、別の音が聞こえた。



「今度は何が、今の音は……?」



 カチャリという、金属音。

 明人はそちらのほうを見る。そこには夕焼けに薄く照らされた、金属でできた重厚な扉があった。そちらへと静かに忍び寄り、取っ手に手をかけ。

 小さく息を吸い、一息に開け放つ。



「っ、ぅぁ……」



 部屋には、嫌な匂いが充満しており。


「……なんてことを」


 その隅には、鎖でつながれた少女が一人。毛布で裸身を包んだ彼女は、呆然と虚空を見つめていた。露出した腕を見れば、アザが幾つか見える。それが、少女の受けた虐待の痕を如実に語っていた。

 明人が部屋に踏み込むと、ようやっと、彼女はこちらを見た。


「黒野、君?」


 そこには痛々しい姿で、酷い瞳で上の空だったクラスメイト。

 明人達の探し人、木幡陽波がいた。




***



 ガン、と部屋の中に金属音が響き渡る。


「クソッ、とれないな!」


 明人は木幡を逃がすために鎖をほどいていた。

 手錠と足輪の両方で繋がれており、手錠の方は近くの部屋に置いてあった鍵で簡単に解錠できたが、足輪の方が厄介だった。

 鍵で拘束しているわけじゃないので、時間をかければ鎖はほどけるだろうが、今は一分一秒がおしい。


「はず、れろッ!」


 鎖は解こうとする明人の手を容赦なく痛めつけるが、そんなことよりまず、逃げることが先決だった。

 ガンガンと、鎖を引っ張って少しずつ、それでも急いで解いていく。


「なんで」


 木幡は酷い表情で、不思議そうに明人を見ていた。

 呟きが、だんだんと声音を大きくしていく。


「なんで、私を、探しに来たの! 意味が分からない!」

「木幡に、助けられたから、かな」


 喋る合間にも鎖を少しづつ解いていく。外では、不審な死を遂げた男たちの死体があった。ここで一体何が起きたかは分からないが、それでも急いで逃げるに越したことはない。

 それになにより、明人自身がこの場所の不気味さから今すぐにでも逃げ出したかった。


「たす、けた? 私、そんなこと知らない! もう私、嫌い! 嫌なの、嫌、嫌い。あんな奴らに…… もう嫌、もう、死ぬ。死にたいよ。怖い。殺して。どうして、怖い、こんなことに」


 言ってることが支離滅裂だ。明人が暢気に過ごした三日間の間に、彼女はどれほど酷い仕打ちを受けていたのだろう。なにをすれば、こんな狂ったような精神状態になってしまうのか。

 本当ならば、出来ればなにか声をかけたかったが、それ以上に明人は外の死体やその死に方に恐怖していた。それに突き動かされるように、鎖をがんと解いていく。

 せめてもと、明人は学ランを脱いだ。


「とりあえず、着ておいて」


 そう言って脱いだ学ランを木幡にかぶせた。

 あいにく彼女の服はどこにもなかった。あたりをみまわしても唯の壁と鎖だけ。衣服の行方は分からず仕舞い。ただ、毛布のまま逃がすというのも酷な話だ。


「……あり、がと」


 被せた学ランを彼女はぎゅっと握りしめた。そして、唐突に泣き始めてしまった。


「優しい、優しいね。えへへ」

「外れた!」


 カランと言って鎖が取れた。

 足から大量の鎖を引きずるカタチにはなるが、これで外に出られる。


「木幡、今すぐ逃げッ」


 彼女の方を振り向いた瞬間、明人は押し倒された。馬乗りされて、そのまま二人で見つめあう姿勢になる。

 木幡の瞳には尋常じゃない何かの色が過っている。それは、悲哀か、逃避か、苦痛か、歓喜か、憎悪か、諦観か、若しくは、それらの全てか。混ざり混ざった感情が、瞳をどす黒く染め上げていた。


「ねぇ、黒野君」


 その瞳に、明人は怯えながらも身をよじる。


「どうした、木幡。離せ、いますぐ逃げないと……!」

「私を、慰めて」

「ッ……」


 明人は言葉に詰まる。

 それの意味がわからないほどに子供ではなくて、それを理解してやれるほど大人でもなかった。

 明人は険しい表情のまま木内を見つめる。彼女の心がどれほど追い詰められているのかは、状況から理解はできる。


「おね、がい」


 縋るような少女の瞳。

 ぴと、と体を重ねてくる。

 明人はその身体の感触に――違和感を覚える。そして、それ以前にこの場所は現在進行形で殺人事件の現場となっている。あまりに混沌とした状況の中でなんとか口を開こうとした、その時。



「ハハ、陰湿なところじゃぁないカ」



 遠くから声が聞こえた。

 明人と木幡は二人して、身体を震わせた。心の奥底から湧き上がる不吉な予感に震えたのだ。

 そして、木幡は驚いたように立ち上がる。同時に鎖がじゃらりと大きな音を鳴らし、その物音が既に手遅れだった。


「おっと、こっちだったカな?」


 引きずる音と共に、こちらへひたひたと忍び寄るナニカ。

 この声をどこかで聞いたことがある。明人の震える腕が、恐怖する魂がそれを覚えている。そして頭の片隅で、一つの声、一つの『命令』が蘇った。




 ――コノ街ノ『原生種』及ビ『転生種』。ミナ舌ヲ噛ミチギッテ死ネ




 あの日、あの時、あの異世界で聞いた悪夢の引き金である声。明人はそれと、今しがた聞こえた声が全くの同一であることに、気が付いて、バッと立ち上がった。



 ――あの時の声と同じ《・・》……!

 ――逃げないと。逃げないと、二人とも殺される!



 暗い部屋で辺りを見渡す。

 脱出経路は、ない。逃げの一手が存在しない。まずいと呟いて、明人はポケットに手を突っ込む。もはや深く考えてる時間はない、そう直感して明人はスマホの画面、戻るボタン(タイムリープ)を起動しようとして――




『皆、動クナ』




 指一本動かせなくなる。

 一手遅かった、そう後悔する暇もなく――足音が徐々に近づいてくる。

 そうして十数秒もしないうちに、扉が開かれた。



「ばぁンと、私登場ゥ」



 一人の男が部屋に入ってきた。

 薄暗闇の中で、その男をよく観察する。

 細目に、整った顔立ち。なぜか中国の伝統衣装、紅い漢装の上に白いコートを羽織っている。細身の体を楽しそうにゆらと揺らしながら、男は場を睥睨した。

 明らかに不自然で、それでいて圧倒的な存在感を持つ男だ。


「ハハッ、見つけた――っとオォウ、これは私ったらお邪魔虫ィ」


 イヤンと顔を片手で覆い隠す男。どこかコメディめいた仕草までもが得体の知れない恐怖を掻き立てる。


「ぐッ…… はな、せッ」


 男のインパクトに気を取られていたが、その男が引きずっている人に気が付いてそちらへと目を向ける。金のネックレスをして、首筋の刺青が特徴的なスキンヘッドの男。

 男を見た瞬間、ヒッと小さな悲鳴を上げて木幡は首を背けた。

 そして男は声を荒げる。


「クッソ、こんなの関わるんじゃなかったぜ、最悪だ!」

「『黙ッテネ』」

「ッ」


 男はその声に従って、黙り込んだ。

 明人はその姿を見て、目を細めた。よくよく見れば、男が先ほどから怯えているのだ。態度だけは曲げぬと意地を張っているようにも見えるが、その実、怪物を目の前にしたかのように、身体を震わせている。


「サて、最後の一人も見つけたわけだシ終わりだネ」


 死刑宣告の様に、静かな声が部屋の中に響き渡る。

 声も出せぬ男の震えが、一段と増して。




「さぁ、『舌ヲ噛ミチギッテ死ネ』」





 言葉は端的、変化は劇的だった。


「ッ……、ァ――!」


 男は下を俯くと口から大量の血を吐き出した。次いで、もがき苦しむ様に地面を転げまわる。地面をのたうち回る、その度に男の顔に血が付着して凄惨さが増していく。それはまさしく、涙と血に彩られた死に模様だった。

 しばらくしてから、男は静かになった。

 白目を向いて血の泡を吹く亡骸。終わりは一瞬、死に様は壮絶の一言に尽きる。


 ――やっぱりあの時の『声』は。


 異世界で、遥か未来で聞いたものと同じ声音。そして同じイントネーション。間違いなく『あの街』で聞いた声だ。

 その声の主が、今、目の前にいるのだ。

 明人は記憶に引きずられて、無意識に体を震わせた。



「はぁ、調整も楽じゃないネ」



 死を与えた男はつまらなさそうに、亡骸を蹴って退けた。

 ふと、明人は後ろから震えを感じた。チラと後ろを見れば、木幡が呻いていた。そのまま、地面に胃の中身を吐き出すようにえづいている。

 正直自分も吐き出したいが、いまはそれどころではない。

 目の前にいる、死の権化。恐怖で竦む心を、強引にごまかして歯を強く噛み締めた。そして、同時に一つのことに気が付いた。



 ――体は動かせないけど、首から上は動かせる



 であれば、まだできることはあると。

 明人はそう自分に言い聞かせて、目の前の男に問う。


「お前は、一体」


 それだけ、その一言だけを発した。

 実際、怖くて怖くて仕方がない。

 目の前に、容易く人を殺せる人間がいるだけでこうも恐ろしいものかと。

 一寸先の自らの生命が分からぬだけで、ここまで人は恐怖するものかと、男の前に立つことで実感させられている。

 震える明人を、男はじっと見つめた。そして何か笑う要素でもあったのか、小さく笑った。


「フフ、そうだネ。自己紹介から、カナァ?」


 男は大仰に両腕を広げ、声高らかに宣言する。



「初めまシてッ! 私は転生教団所属、最上位階<主転使>第七席、【声導】の冠を戴く者、(ワン)越响(イェーシェン)ッ!  短い間だけど、お見知りおきをば」



 拱手の礼と共に、男は自らを名乗った。

 自らを<主転使>と、名乗ったのだ。


「転生、教団……!」


 嫌な、悪い予感は感じてはいた。

 異世界(向こう側)の街での一件といい、アフリカでのテロといい、木幡陽波の一件といい。どれもが、明人に危険を告げていた。

 だが、こんな早いタイミングで現れるものかよと、明人は唇を噛む。

 そんな様子を、王は楽し気に眺める。


「フフ」

「……ッ」


 明人は、恐怖と緊張に息を飲む。

 世界を滅ぼす予定の組織が――そして未来では実際に世界を滅ぼしてみせた組織が、今、眼前に現れたのだ。



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