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Ep.2 『越えて、外れていく日常』(中編)


◆2031/2/28 8:17 教室



 転移から三日後。

 授業開始前の朝の時間。

 明人はスマホの画面を見ながら頭を抱えていた。


「一年前に、もうちょい検証すべきだったよなぁ」

「まあ何回かタイムリープしたら、それ以上に機能が追加されるとは思わないししょうがないよ〜」


 そんな様子を悠生が苦笑しながら見ている。

 目下、明人達の目標の一つは、あの小説が起こす現象を把握することだ。

 何が異世界転移を引き起こし、そして何がタイムリープを引き起こすのか。それをどこかで検証しなければならない。

 まだ方法はわからないが――


「――問題といえば、こっちもだよな」

「ほんとね」


 ネット小説から画面を切り替えて、ニュースを見る。

 リビアで起きている大規模テロ。

 遠い地で、日本ではあまり注目もされない国での出来事が大々的に報じられている。それほどに大きなテロなのだろう。しかし、明人や悠生の注目した箇所は少しズレたところにある。

 明人は前の席に腰かけた悠生と、画面の中――ニュースでの現地とのやりとりを見つめた。





 深刻そうな顔でニュースキャスターが画面内でせわしなく動いている。

 同時にテロップが映し出された。

 『リビアで大規模テロか』


「ニュースです。日本時間で今日未明、リビア、トリポリにてテロ事件が発生しました。実行犯の規模、実態はいまだ不明。犠牲者に邦人が確認されているとの情報もあります。それでは現地からの中継です、岡本さん」


 画面は切り替わり、現地の様子。

 石と砂色、そして色彩豊かな布で飾られた通りの奥、炎上する夜の街が見えた。

 誰も彼もが騒がしく、炎上する方向を見上げたり家の中へと急ぐ様子が映されている。


「はい、こちらリビア、トリポリです。時刻は午前1時を過ぎました。しかし、いまだに警察のサイレンや消防、またテロ実行部隊との戦闘が続いています。テロ実行部隊の規模や実態、目的は未だ不明とのことで、現在総力を上げて調査されています。メディアの侵入は規制されていますが、ここからでも銃撃の音が時たま聞こえて…… ッ、今、今銃弾が飛んできました…… 軍関係者に今現在、退避しろと命令が、ザザ」


 揺れ動くカメラの視点、屈強そうな軍服姿の男の後ろ姿が見えた後、映像はぷつりと途切れた。


「映像が切れてしまいました。今なお、テロ組織と鎮圧部隊の戦闘が続いているようです。また、いまだテロ組織の実態は未解明ですが」


 ニュースキャスターは一瞬だけ原稿へと目を落し。


「情報では『Re:Birth』などという文字の描かれた旗を持ち上げていたそうです」





 そこで、明人はニュースを一時停止した。

 掲げられていたという『Re:Birth』の旗。

 転移した世界で知った『転生種(リバース)』という名前。この名付けと旗が無関係と言い切れるだろうか。テロを起こしているのが、もし転生教団の仕業だとしたら――


「転移とか、転生とか、絶滅とか、実感がないなんて言ってられなくなってきた、かもね」

「ほんとにな」


 前の席に腰かけた悠生も深刻そうな表情で自身のスマホを見つめた。

 その画面には明人と同様リビアで起きたテロ事件、そして『Re:Birth』についての記事が写されていた。


「どうすりゃいいのか、なにもわからん……」

「とりあえずは、彼女の件じゃないかな」

「それもそうか」


 明人は顔をあげると、件の彼女の席へと目を向けて――


「ほーい。朝礼始めるぞ」


 朝礼のチャイムと共に数学の教師――担任の尾崎がのそりと教室へ入ってきた。今日は少し疲れ気味の顔をしているようにも見える。

 尾崎はちらと木幡の席を見た後、いつもの調子で告げた。


「……今日も木幡は休みだ。風邪が流行ってるから気を付けろよ」


 そう言って出席簿に何かの印を書く。

 それを聞いた悠生が少し振り返って耳打ちしてきた。


「明人」

「あぁ、分かってる」


 『木幡陽波』はこの三日間学校を休んでいる。

 ちょうど、明人が三日前に木幡陽波と雑談を交わした後からだ。あの時の彼女は風邪をひいているような様子では全くなかった。

 本当に突発的に風邪を引いただけなら問題はない。

 ただ、この状況。

 明人が向こうの世界の木幡陽波(フィーナ)と出会ってから、直後にこの三日連続の休み。

 何か、あるかもしれないと悠生と明人は頷き合った。

 そんな二人のやり取りの間にも、朝礼はいつも通り進んでいく。


「ちょっと返す時間がなさそうだから、三日前の数学の小テスト今から返すな― 名前呼んだらさっさと取りに来てくれ」


 左の列の生徒から順に呼ばれ、明人は悠生の後すぐに呼ばれた。


「次、伏見、その次、黒野~」


 壇上へ取りに行く。

 百点満点、主張は薄いが花丸も書き足されている。


「この調子でな」

「はい」


 この答案に、なぜか忌避感を覚えながら明人は席に戻った。

 答案を無意識に握りしめて、そしてそれに気が付いて丁寧に折りたたんだ後にファイルにしまい込んだ。

 三日前の数学の抜き打ちテスト、明人はタイムリープで存在を知っていたから全問正解することが出来た。

 しかしそれは裏返せば、結局、タイムリープに頼らなければ百点も取れないと。

 最高の結果には行きつけないと言われている気がしたのだ。


「……」


 明人は、無意識にポケットの中のスマホを握りしめたのだった。






 一限の終わり、明人と悠生は別クラスの京香と合流して職員室へと向かった。

 職員室の中はなにやら騒がしく、担任――尾崎が頭を抱えているところをほかの先生たちが肩を叩いている。

 三人は中へ入ると、尾崎の前へと歩いていった。


「先生、少しいいですか?」

「……悪い、今少し忙し――」

「木幡さんのことで」


 ぴくりと。

 尾崎が目を吊り上げて、明人達を見た。

 30代半ばにしては少し老けた顔で、それとわかるくらいの驚愕の表情で明人達を見つめた。


「――何か、知ってるのか?」

「いえ、ただ……」

「嫌な予感がして」


 言葉を濁した悠生の言葉を継いで、京香が言った。

 それは女性特有の勘でもあったのだろうか。何かを悟っているような表情で京香は尾崎に迫った。

 尾崎は京香を見返した後、はぁと息を吐いた。


「次の授業は免除、とまではいかないが遅れてもいい。聞かせてくれ。三日前――」



 ――木幡陽波をどこかで見かけたか、と




***



 生徒指導室へと場所を移した後、尾崎から三人が聞いた話はこうだ。

 三日前から木幡陽波と連絡がつかなくなっている。

 足取りも掴めずにいるので、彼女を見た者を探している最中らしい。

 あまり大事にしたくない学校側としても、彼女と親しかった者達だけに聞き取りをして、他には口外しないようにしてもらっているらしい。一応、警察も動いているとのことだが――


「しかし、そうか。黒野は木幡と会話してたのか」


 尾崎は考え込むようにして呟いた。


「たぶん実際に会話をしたのは、黒野――お前が最後だ。もしかしたら警察が来て話を聞きに来るかもしれない。いいか?」

「もちろん、出来る限り話しますよ。でも、それよりも監視カメラとかで足取りは?」

「どうもその日はショッピングセンターの監視カメラが故障中だったらしい。木幡の足取りは殆ど追えていないのが現状だ」

「……そう、ですか」


 嫌な予感や、ピースが次々に埋まっていく。

 偶然というには何もかもが上手くできすぎている。

 それはあたかも、木幡陽波の足跡を隠すような――


「ちなみに、木幡と話した時刻は憶えてるか? 正確でなくてもいいんだが」

「17時44分です。木幡とその彼氏が駐車場に出ていったのは17時51分だったはずです」

「……黒野、すごいな。よくそこまで憶えててくれた」

「ちょっと得意なので」


 正確には、木幡とのイベントをこなすにあたって時間をきちんと確認していただけだ。時間遡行をしていなければ、こんなに正確に憶えていることはできなかっただろう。こんなところで使えるとは思っていなかったが――


「いや、本当に助かる。今聞いた情報は警察と共有しておく。さてと」


 それより、と尾崎は時計を見た。

 既に次の授業が始まって二十分が経過していた。


「そろそろ戻りなさい。もしいま授業中の先生に何か言われたら私の名前を出せば察してくれるはずだ」

「助かります」


 三人で立ち上がり、部屋を出ていく。

 京香、悠生、明人と廊下へ出ていく途中で、明人はふと振り返った。


「先生」

「なんだ?」

「ちなみに、最後に木内の所在が確認された場所は――」

「ショッピングモール内の駐車場だな」


 尾崎は疲れたような表情で、そう話した。

 続けて、そういえばと呟いた。


「警察は港区の廃倉庫街に当たりをつけていたような、っと」


 尾崎はハッとした顔で明人の方を見た。

 そして片目を閉じてばつの悪そうな顔をする。


「今のは聞かなかったことに。そして誰にも言わないでくれ。下手に誰かが木幡を探し初めてまた事件に巻き込まれたら、私の胃が持たない」

「……わかりました」


 尾崎は疲れきった顔を、両手で覆った。

 悠生と京香は何とも言えない表情で明人を見つめていた。



***



◆2031/2/28 15:49 地下鉄内



 担任尾崎との話の後、明人たちは刑事らしき人物から事情聴取を受けた。たばこのかわりにキャンディーをいつも噛んでいるという、かなり印象に残る人物だった。

 昼ごろにそれが終わり、放課後、三人は地下鉄に揺られていた。


「にしても、尾崎先生(おざせん)もホントに疲れてたんだねぇ。捜査情報をぽろっとこぼしちゃうなんて」

「まあ木幡の件の心労とか対応でほとんど眠れてなさそうだしな」


 だからこそ、明人もかなり大きなヒントを得られたのは良かったというべきか、それとも尾崎先生を気の毒と思うべきか。

 ともあれ普段はこの先の乗り換えで、最寄りに行く電車に乗り換えるところだが、京香が明人へ不満げに声を掛ける。


「ほんとに行く気?」


 明人は担任が零した情報、港区の廃倉庫街に警察があたりをつけていたという話から一度その周辺を見に行こうとしていた。


「あぁ。俺が情報を持ってないとどんだけタイムリープしても意味がないからな」

「それはそうだけど、調べるにしてもあの辺りは治安悪いよ〜」

「むしろ俺は最悪逃げる手段(タイムリープ)があるけど、お前らは何かあったときに逃げる手段が」

「それ言われて僕達が明人を一人にすると思う?」

「……まあ、それもそうだよな」


 明人はやれと首を振り、それをみた京香が明人の頬を引っ張る。


「ため息つきたいのは私たちなんだからね? 自分から首突っ込んでいく癖して」

「わるひ、わるかったはら、はなひて」


 京香は不満げに手を離す。同時に乗換駅に到着した電車から多くの人が降りていく。疎らになった人の中で、明人は頬を擦りながら話す。


「フィーナには『向こう側』で世話してもらった恩も、助けてもらった恩もある。どの道見て見ぬ振りはできないよ」


 何も知らぬ自分を保護してくれた恩。必要な知識を教えてくれた恩。そして命を助けてくれた恩。恩というと仰々しいかもしれないが、彼女が巻き込まれた事件に無関心を貫けるほど木幡陽波――フィーナとの縁が浅いわけでもない。

 それに、どうにも無関係とは思えないのだ。

 向こうの世界での『木幡陽波』――フィーナとの出会い。

 タイムリープや、異世界転移の秘密も、或いはこの先にあるのではと。

 そんな予感がするのだ。


「明人、わかってるとは思うけど」

「あぁ。昨日話し合った(・・・・・・・)通りだ。解決はしない(・・・)、まずは何が起きたかの確認だけをする」

「そこが一番大事だからね。さて、じゃあそろそろ着きそうだし行くとしよ、木幡さんの行方を探しに」


 そうして三人は駅から降りて歩き始めた。

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