Ep.1 『越えて、外れていく日常』(前編)
◆2031/2/25 12:13 教室
「今、異世界から、帰ってきた」
それを伝えて数秒。
ぱくぱく、もぐもぐとチョコチップメロンパンを食べていた悠生は、たべかけのそれを脇に置いて微妙そうな顔をした。
「雑なネタ振りについていけない悠生であった」
ふざけた様子の悠生に、明人はスマホの画面を見せる。
更新された、『WORLD BEYOND』の画面だ。
それを見せられた悠生は一瞬だけ呆然としたあと、徐々に明人の言葉を理解したのか、あんぐりと口をあけたまま数秒、そしてその後椅子を倒して立ち上がる。
「それ、時間遡行の、ってことは、まじで……⁉」
倒れた椅子に反応したクラスメイトがしんと静かになり、気まずそうに悠生が椅子を元に戻す。そして怪訝な視線を向けられる状況で悠生は小声で明人に話しかける。
「マジで言ってる? 冗談じゃなくて?」
「あぁ。京香も交えて説明したいから放課後時間をくれ」
***
◆2031/2/25 17:35 ゲームセンター前ベンチ
明人達が良く通うゲームセンター
その外にあるベンチで座っていた京香は、悩まし気な表情で唸った。
「変な薬物やってない?」
「……まさか信じてもらえないとは思わなかった」
「いや、そう思わないとやってられないでしょ。相当やばいわよ、これ」
京香がそう言ってメモを取り出した。
「まず一番問題なのは一年後に全人類の転生――地球人類の絶滅が始まるってとこね。明人、これ冗談で言ってるわけじゃないのよね」
「あぁ。向こうでの三日間はしっかり覚えてる。千回分のループの記憶はほぼないけど」
「そっちは憶えてると気が狂ってたかもしれないし、逆によかったかもね」
「ほんとにな」
「それ以外にいいことが何一つないのが最悪よ。こいつら世界滅ぼす直前まで誰にも気づかれてない存在ってことになるのよ。もっかい聞くけど、これ冗談で言ってないのよね?」
「あぁ。異世界、百年後の未来で聞いてきた事実だ」
「そう、なのね。だとすると、考えるべきは――」
京香が悩み始めてしまう。
その隣で彼女の手を繋ぎながら、悠生が話す。
「いまの状況だと、なかなか仲間作るのも難しいよね」
「ほんと、いろんな意味でな」
「そもそも僕たちだって、明人のタイムリープを信じるのに一カ月くらいはかかったわけだし、警察とかに相談しても子供の戯言程度で済まされそう」
「だよなぁ」
明人達はそのまま頭を抱えてしまう。
正直、この問題が高校生三人の手に余ることは明人自身も重々承知している。
ただ、知ってしまった以上何もしないという選択肢は取りようがなかった。
「とりあえず、ちょっと消化しなきゃいけないイベントがあるんだ。二人はゲーセンに行っててくれるか?」
「……この状況で楽しくゲームとか無理そうなんだけど」
「別にゲームしなくてもいい。離れといてくれ」
首をかしげる二人を追い払ってスマホの時計を確認する。
時刻は17時40分を過ぎたところ。
明人の記憶違いじゃなければ、この後、この場所にとある人物がやってくる。
そして明人の予想通りその人物──少女がゲームセンター前のベンチにやってきて、明人に話しかけてきた。
「あれ、黒野君偶然だね」
黒髪を長く流し、整った顔立ちに薄い化粧を施した少女。京香と同じセーラー服に灰色のカーディガンを上から羽織っている。
彼女の名前は木幡陽波。
のちにフィーナとして転生する少女だ。
**
彼女は微妙な距離を開けて明人の座るベンチに腰掛けた。そして数秒とも、数十秒とも思える沈黙のあとに彼女の方から話しかけてくる。
「黒野君、そこで遊んでたの?」
「うん。悠生と、もう一人とね」
「ふーん。もしかして伏見君の彼女さん?」
「あ、知ってるんだ」
「一応ね。伏見君は見た目的にもクラスじゃ目立つ方でしょ。あれで彼女もいるんだから、多少は話題になるよ」
「たしかに」
悠生の容姿は、見ようによってはかわいらしい女子高生にも見える。目立つ容姿なのは間違いない。そんな悠生に彼女がいれば、話題にもなることだろう。
「木幡さんはどうしてこんなところに――って、初デートとかいってたか」
「……なんで知ってるの?」
うわぁと、若干引いたような表情。
”なんで知ってるのこいつキモ”みたいな心情を察して、明人は内心焦りながら当たり障りのないように答えた。
「いや、放課後に教室で京香――悠生の彼女待ちながらゲームしてたら話が廊下から聞こえてきたからさ。てか声大きかったし」
流石に、タイムリープをしてたので思い出しましたなどと馬鹿正直に言うわけにもいかないし、今の話が全くの嘘というわけでもない。
確かに放課後の教室で楽しそうな声が聞こえてきたのだ。
大学生の彼氏とかうらやましーとか、私にも顔のいい男をくれ、なんてじゃれ合うクラスメイトの声が。
「……そっか」
木幡は少し恥ずかしそうにしていた。
そんな表情の中に、嬉しさのようなものを垣間見る。初デートと言っていたし、いまが一番幸せな時間なのかもしれない。
明人はふと向こうから歩いてくる、もう一人の見覚えのある人物を見た。
「あれ、彼氏じゃないの?」
「あ、ほんとだ!」
タートルネックの上からロングコートを羽織った優男風の大学生が彼女に向かって手を降っている。前のループでも見た、あれが彼氏なのだろう。
彼女は見たことのないような笑顔で手を振り返すと、荷物を持って立ち上がった。
「また学校でね、黒野くん!」
「あぁ、デート楽しんできて」
「ありがと!」
明人はスマホをちらとみて、悠生たちの元へ帰ることにした。
*
「今の、木幡さんだよね?」
「悠生達のクラスのかなり綺麗な子よね。あの子が異世界で明人の面倒みてくれた人なんだっけ」
「あぁ。なんか、すっごい雰囲気は違ったけどな」
「……異世界の話、明人が木幡さんと仲良くなりたいがための妄想でした、みたいな線はあったりはしない?」
「………………うーん、まあ、えっと、否定したいけど、そっちの方が数百倍マシな展開ではあるのがなんともいえない話だな…………」
明人は口元を引きつらせながらそう答える。
その後、妙な間が生まれてしまい、耐えられない雰囲気に悠生が口走ってしまう。
「あっ、空気壊れちゃった」
微妙な雰囲気が続く。
正直ふざけている場合ではない事態だし、あまり面白くない話題を振ってしまった京香が気まずそうな表情で、顔を引きつらせながら話を戻そうとする。
「え、えっと、話を戻しましょう」
「そういうとこ、京香の陰キャたる由縁だよな」
「そういうとこ、僕は好きだよ」
「私にはもう悠生しかいないの……」
しくしく泣きながら、悠生に抱き着く京香。
この状況で独占欲を満たせて満足げな笑みを浮かべる悠生を見て非常に微妙な表情になる明人だったが、ひとまず思考を元の話題にもどす。
明人は悩まし気に、木幡陽波が歩き去った方を見ながら唸った。
「しかしホントに、なんであの時、最期に名前を明かしたんだ……?」
なぜあのタイミングだったのか。
どうして出会った時に言ってくれなかったのだろうか。
分からないだらけの中で、明人は悩まし気に親指を額に当てる。
明人はゲームセンターの外へ出て、吹き抜けから階下を眺めた。
「――」
「―――」
彼氏と並んで歩く木幡。
白馬の王子様と一緒にいるかのような、木幡は見たこともない笑顔で彼氏と腕を組んでいる。二人はそのまま視界から外れていく。本当に楽しそうな二人の様子に、明人はふぅとため息をついた。
「いまのため息は何のため息?」
「なんでもない」
「やっぱり明人、あのカップルちょっと羨ましがって」
「京香、僕とイチャイチャしようね~」
「こんなところで……、むぐ」
隣の仲良しカップルに辟易しつつ、視線を戻した。
――あんなに楽し気で幸せそうな表情をみせる木幡が、いつも気だるげなフィーナと同一人物とは到底思えなかった。
――ただ、それだけのため息だ。
明人は時計を確認してそろそろ時間であることを確認した。
人類の転生という問題が大きすぎて忘れそうになるところだが、事の発端は交通事故――明人が子供を助けようとタイムリープをしたことから始まっている。
そして、その事故が起こる時間までもう少しだ。
「……時間を使い過ぎた、急ごう。まずは子供を助けないとだ」
「むぐ、そういえば、まずはそこからだったわね」
「助けるよ~!」
元々の目的、明人がタイムリープを行う要因になった事故。
子供と車の衝突こそが、まず回避すべき未来だ。
「明人」
ふと、悠生と京香が立ち止まっていた。
真剣な表情で、明人を呼び止める。
「間違っても、タイムリープをしようとするのは――異世界へ行こうとするのは許さないわ」
「――、それは」
明人は、いつのまにか震えていた拳を抑えた。
「異世界にいく条件も、タイムリープの帰還地点も、なにも分かっていないからね。そもそも、その小説は最終手段だよ」
「明人はお人よしだから手を差し伸べがちだけれど、それで明人が苦しむのを私達はみたくないのよ」
「明人、お願いだから、それを使うことは」
「わかった、わかったよ。しないし、行こうとしない。何が起こるか分からないしな、約束するよ」
明人は首元を擦りながらそう言うと、スマホの画面から例の小説を――『WORLD BEYOND』を消した。それを見た悠生と京香は安心したように、大きなため息を吐いた。
「…………そっか。よろしい。んじゃ、事故に遭いそうな子供はちゃんと助けにいこっか」
「あぁ、そうだな」
そうして三人はゲームセンターを後にすると、公園へ――事故が起こるであろう場所へ急ぎ足で向かうのだった。
***
◆2031/2/26 8:14 教室
翌日。
ふぁぁとあくびをしながら教室に入ってきた親友を見て明人は手をあげた。
「悠生、おはよ」
「お、明人おはよ~ 一緒に登校できなくてごめんねー」
「気にしなくていいよ。二人の時間に割り込むなんて、馬に蹴られそうなことはできねぇし」
「若干恨めしそうだよね」
「友達にハブられるのは恨めしいな」
「そっか~」
悪いね~と言って笑う悠生。
いつもなら駅で合流し、明人、悠生、京香の三人で一緒に登校してくるのだが、今日は京香がクラス委員の仕事があるので一緒に登校できなかったのだ。たまにある、悠生と京香がかなり早く家を出て、明人は一人で登校する日だった。
「なんだかんだ京香も大変だな」
「ね~、僕も手伝ってはいるんだけど、って何見てるの? なんかめっちゃ眠そうだし」
スマホの画面を悠生が覗き込む。
そこに映っていたのは文字の羅列――『web小説』だった。
「見てるのはネット小説。眠いのは昨日はアマゾンプライ〇ビデオでアニメの見返しをしててな。ほとんど徹夜なんだ」
「あー あれか。どうだった?」
「えっと、『Re:ゼ〇から始まる異世界生活』も『シュタイ〇ズ・ゲート』も面白かった。ほんとにな」
二つともかなり昔のタイムリープ系の作品だ。
明人の持つ『タイムリープ』と『異世界転移』の参考になるかと思い、少し見返していたのだ。元々アニメ好きな悠生の勧めで見ていたが、とても面白かった。いまは片方のweb小説版を読み進めている最中だ。
「読んだはいいものの、まだ完結してないんだなこれ」
「まあねぇ。大長編だし」
明人としては先が気になるところだが、まずはシチュエーションで参考になるものがあればというところだ。
「でもあれって参考になるの? 一応、昨日はちゃんと子供助けられたみたいだけど」
「さあな。運命、みたいなのはいまんとこ遭遇してないけど」
回避できない悲劇――運命。
現状そういう現象が起きている様子はない。
現に、昨日の事故については|子供を問題なく事故から守れた《・・・・・・・・・・・・・・》。それに明人の弟の事件についても、ひと悶着はあったが問題なく解決している。
正直、タイムリープを使えば事件解決に関してはあまり苦労していないのが現状だ。
「ま、そういうのはなくて良かったと思うけどさ、逆に言えばあの事故った子の話の方が不気味だよねぇ」
「ほんと謎は深まるばかりってやつだよな」
昨日、事故を起こすはずだった子どもを助けた際に少しだけ話をすることができた。
占い師の老婆──彼女によれば、その子どもは親友の忘れ形見だという。
だが、聞いたところによるとその子は両親ともに健在らしい。それだと忘れ形見という言葉の意味が分からなくなってくる。
「あの子を助けたことが異世界への転移に繋がったわけだし、そこらへんも要調査って感じだな」
「何するにしても、これからだねぇ」
苦笑する悠生は、ふと明人が嫌そうな顔をしていることに気が付いた。
「どしたの、そんなシブそうな顔して」
「いや、このタイムリープの小説さ、主人公が死ぬほどひっどい目にあっててさ」
「あ~、たしかにそういうラノベだもんね」
主人公が死んだり、周りの人が殺されたり、ループから抜け出せなかったり、絶望したり。
タイムリープ系の作品はどの主人公も在り得ないほどのストレスが掛かっている。たぶんそれが面白いのだろうが、当事者になりつつある明人としては、本当に冗談じゃないとしか言いようがない。
異世界で見てきた、街の人が全滅した件に関してもだ。
――本当に、何度もループなんて冗談じゃない。
――傍から見てるだけの創作物であろうとも、本当に冗談じゃないのだ。
「ループ物のだいご味って絶望だからねぇ。ほんと、冗談じゃないんだろうけど」
そういう悠生の表情は、どこか恐ろし気な雰囲気があった。
明人はこの世界の神様が意地悪ではないことを祈りつつ、ため息をついてネット小説に再度目を向ける。
内心で恐怖に竦みそうになる自分を叱咤しながら、先を読み進めていった。




