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お嬢様なんて、冗談じゃない!  作者: スズキアカネ


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第9話 ガールズ・ラブでは断じてない!


 お洒落なカフェでは穏やかな音楽が鳴りっぱなしだ。窓ガラスから覗くは街の風景。街路樹に覆われて直射日光が和らいで降り注いでくる。

 テーブルには季節のフルーツを使ったタルトと紅茶が並ぶ。目の前には同じ年頃の女の子が一人。彼女はニッコリと穏やかに微笑んでいた。

 

 俺はお茶やケーキに手をつけずに、顔を覆ってうなだれた。


「あんなの…泣くに決まってる。俺、慎悟の顔を真正面から見れねぇよ…」


 そのせいでここ最近慎悟に怪しまれているんだ。斜め45度を見上げながら会話をする俺を慎悟は疑いの眼差しで見ているはずだ。なんたって刺さるような視線を感じるから。何度か問い詰められたが、頑張って華麗に回避している。

 俺は隠し事が苦手なのよ…! 気を遣うのに疲労して何歳か老けた気がする。


「何を弱気なことを! 二階堂様は加納様と三浦様に降りかかる偏見の壁になると意気込んでいたではありませんか!!」


 俺、女の子とデート中。

 嘘です。ただお茶しているだけです。


 お相手はハーブティと一緒にBL小説を差し入れてくれた隣のクラスの女子、酒井嬢である。

 人生初のBL小説。一生お目にかかることのなかったはずの薔薇の世界。俺はあの作品の世界に引き込まれ、ドツボった。

 多分あの作品が18禁ではなく、キスシーン止まりだったから俺は最後まで読み進めることができたんだ。

 …現実で目にしたらやっぱりちょっと引くかも知んないけどね。リアルなドラマとかでも男同士のキスシーンがあったけど、一部の女子ってああいうのに興奮すんのね。顔がきれいな男同士ならまぁ、見れないこともないかな……


「とはいえ、加納様も三浦様もお家を継ぐ使命がございますので、女性との結婚が絶対です。想い合っていても、添い遂げるのは難しいでしょう。それが現実というものです」

「切ねぇな…」

 

 目がじんわりと熱くなってきた。

 慎悟の性格上、辛いことがあっても強がって弱いところを見せないから、何も相談してくれない。……俺が頼りないと思われているのかもしれないが、ダチなんだからさらけ出してくれてもいいと思うんだけどな……


「そうだわ、今度素直になれないお2人を誘ってダブルデートを仕組むのも一興じゃありませんこと?」

「デートぉ? …いやー…慎悟を狙う肉食女子の監視が怖いし、誤解されるからさぁ……」


 おちおち遊びに行けねぇよ。

 ていうか三浦の誤解を買わないためにも慎悟と2人で行動するってのは避けたほうがいいな。またわけのわからん探偵を付けられたら敵わん。

 酒井嬢は「そうですわねぇ…」とがっかりしながらも納得している様子だった。


「…エリカさん……?」


 そう呼びかけられた俺は反応が大分遅れた。未だにエリカと呼ばれることに慣れていないのだ。

 酒井嬢に「呼ばれてますわよ」と言われて顔を上げると、そこには爽やか好青年がいた。


「偶然ですね、お友達とお茶をなさっているのですか?」

「さ。西園寺くん……」


 なぜ、ここにいるんだ君は……

 俺の頭が真っ白になった。


 彼はお断りをしたお見合い相手なのだが、何をトチ狂ったのか俺に好意を抱いている青年である。純真な青年には中身脳筋男子高生である美少女が眩しく見えるらしい。

 西園寺くんは酒井嬢にニッコリ微笑みかけて「こんにちは」とご挨拶していた。顔立ちはフツメンかもしれないけど、清潔感あるしお坊ちゃんで性格もいいんだ。絶対にモテるはず。なにも俺にこだわらなくてもいいと思うんだけど……


「先程、“デート”という単語が聞こえてきたのですが、どなたかとお出かけになられるんですか?」


 その質問に俺の肩は跳ねた。

 慎悟と三浦をくっつけようという俺達の話を聞かれてしまったのかと。いくら相手が西園寺くんでも、同性愛に理解があるかと言われたら……

 下手したら慎悟が社会的に抹殺されるやも……


「わっ私達の話ですわ! 今は女の子同士でお出かけするのもデートっていうんですのよ!」


 同じくまずいと思ったのか、酒井嬢のフォローが入る。

 そうね! これもデート、精神的には男女だからデートって言い方も間違ってないよね!


「…女性同士で…ですか…」

「はいっ私達とても仲良しですのよ!」


 仲良しアピールなのか、酒井嬢が俺の手を握ってきた。いや、身体はエリカ嬢のものだから女同士が手を握り合っている構図なんだけど、俺としては女の子の柔らかい手に握られると落ち着かないと言うか……

 おかしいな、この間慎悟を狙う肉食お嬢様のパンツを見ても嬉しくなかったのに、別のお嬢様に手を握られるだけで嬉しくなるなんて……

 俺、本当にどうしちゃったの……?

 だけどニヤける顔が抑えられない。やっぱり俺、女の子が好きなんだろうなぁ。良かった、精神的ボーイズ・ラブに足突っ込んでなくて。


「あっ大変! 二階堂様、申し訳ございません。私これからお稽古がございますのでここで失礼いたしますね」

「うん、またね」


 ハッとした様子の酒井嬢はバタバタと退店していった。

 ガラス窓の向こうに小走りで駆けていく酒井嬢の姿が見えた。ぽつんと取り残された俺は彼女の姿をボーッと眺めていた。特に意味はないけど。

 のどかな木漏れ日がカフェ席に降り注ぐ。その暖かさに俺は目を細めた。


「……エリカさん、まさかとは思いますが……先程の女性とただならぬ関係なのでは…?」

「……は?」


 ポカポカ陽気にのんびりしていた所に、西園寺くんが爆弾をぶん投げてきた。

 西園寺くん、俺が女の子との恋愛ができない立場だって知らないからって爆弾投げつけちゃダメよ。俺のマイハートがブロークンハートなんだからね。


 見上げた先にいる西園寺くんはなんだか思いつめた顔をしていた。

 哀れみに満ちたと言うか、悲しみに彩られたと言うか……なんだか、誤解をされているようである。


「……酒井さんと俺は仲間です。恋愛関係ではありませんよ」

「ですが、先程彼女に手を握られたあなたはとてもうれしそうな表情を浮かべておりましたよ。……婚約破棄で男性に裏切られたことに追い詰められてしまって……女性にやすらぎを求めていらっしゃるのではないですか?」


 …そんな……

 俺は地を隠さずに学校生活を送っているので、女子たちには変人扱いをされて距離を置かれている。

 そんな中で同志認定されて酒井嬢と親しくなったが……そんな…まさか……


 言葉を失って固まった俺を西園寺さんが苦しそうな表情で見下ろしてくる。やめてくれそんな可哀想なものを見るかのような目を向けないでくれ。


「…エリカさん、女性同士というのは茨の道です。僕が絶対にあなたを幸せにしてみせますから、ゆっくりでいいですから歩み寄りましょう?」


 あ、これ完全にレズだと誤解されてやがる。

 ちゃうねん、精神的にはノーマルラブなんよ。健全な愛なんだよ。

 やめて、俺の手を握らないで。酒井嬢の手の感触が消えてなくなるでしょうが。西園寺くんの手は当然のことながら男の手だ。エリカ嬢の小さな手をすっぽり包み込んでしまう。

 俺は泣きたくなってきた。


「むりぃ、俺男の人苦手なんですぅ、女の子が好きなんですぅ」

「泣かないでください、きっと一時の気の迷いなんです。エリカさんは精神的に不安定に陥っていて、疑似恋愛をしている状況なんです」


 違う、違うんだ西園寺くん。

 あぁ、ここで俺の正体をバラしたら君は信じてくれるだろうか。

 ここに助け舟を出してくれそうなマイフレンドはいない。

 何故だ。俺はただ慎悟と三浦の恋を成就させよう会議を酒井嬢と開いていただけなのに。


「無理ィィ」


 西園寺くんは悪くない。

 あぁ俺が女の子だったら応えてあげられただろうに。ごめんよ、男で。ごめんよ精神的ボーイズ・ラブに仕上げてしまって……

 それもこれもあのワガママ令嬢・エリカのせいだ! 俺は悪くないぞ!!



 そのあと俺はひきつけを起こしたかのように泣きじゃくってしまい、西園寺くんによって丁重に家まで送られたのである。



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