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第7話:契約の儀式と二人を繋ぐ絆

禁書庫で紅血の力の真の起源を知った騎士ノーラ。それは吸血鬼の呪いではなく、世界を護るための古代の契約だった。


姫の命と理性を救うため、ノーラは古文書に記された「契約の安定儀式」を決行する。それは、最も信頼する者の強い想いを触媒とする、愛と献身を賭けた危険な儀式だった。

I. 禁書庫からの帰還

ノーラは、埃まみれの古文書を胸に抱き、傷ついた身体で皇宮の野戦病院へと戻った。彼女の心臓は、疲労と、発見した真実への畏怖と決意で激しく脈打っていた。


病室にはユリウスが待っていた。カイルは東門の防衛に駆り出されている。


「ノーラ、無事だったか」ユリウスは妹の傷と、古文書を見て、すぐに緊張を察した。「その古文書に、何が記されていた?」


ノーラは声を潜め、禁書庫で知った真実を伝えた。紅血は呪いではなく、深淵に対抗するための対魔導兵器であり、その代償は生命契約の消耗と理性の崩壊であること。そして、その暴走を止めるには、「契約を安定させる儀式」が必要なこと。


ユリウスは驚愕に目を見開いた。

「吸血鬼の呪いではない、と? そして、儀式だと? どのようなものだ」


「それは……」ノーラは古文書の該当箇所を開いた。

『——守護者の契約を安定させるには、守護者リュシエンヌが最も心から信頼し、想いを寄せる者が、その魂を捧げる覚悟をもって、強烈な愛と献身の想いを触媒とする。その強い想いが、暴走する契約の力を鎮め、守護者の理性を人間に繋ぎ止める新たな楔となる』


ノーラは強く言葉を続けた。「この儀式は、最も深い精神の繋がりを要求します。そして、触媒となる者の精神にも、大きな負荷がかかるはずです」


ユリウスは眉間に深く皺を寄せた。

「ノーラ。その儀式は、君自身が触媒となることを意味している。君の今の状態では、精神を保てない可能性がある」


「私以外に、誰ができますか?」ノーラは静かにリュシエンヌを見た。

「リュシエンヌ様が最も信頼し、心を許しているのは、私だけです。私は殿下の騎士。殿下の盾となるのは、戦場だけではありません。魂の契約から、殿下を守るのも私の役目です」


ノーラの決意は揺るぎなかった。ユリウスは、妹の献身的な愛を前に、それ以上反対することができなかった。彼は、儀式に必要な古代の素材(皇宮内の祭祀に使われる特別な香料と鉱物)を秘密裏に調達することを約束した。


II. 契約の楔

夜半。ユリウスと数名の信頼できる医官だけが、リュシエンヌの病室に残された。


ユリウスは病室の周囲に、古文書に記された通り、古代の鉱物で作られた結界の陣を敷いた。これは儀式中に紅血の力が暴走した場合に、その影響を病室内に封じ込めるためのものだった。


ノーラは、身を清め、リュシエンヌのベッドの横に静かに座った。彼女の左肩の傷はまだ鈍い痛みを放っているが、その心は研ぎ澄まされていた。


「リュシエンヌ様……今から、あなたと私を結びつけます」


ノーラは、古文書に記された通り、リュシエンヌの額と、自らの胸元に、特別な香油を塗った。そして、静かに目を閉じた。


彼女は、自身の全存在を、リュシエンヌへの愛と忠誠へと集中させた。


(私は、リュシエンヌ様の盾。私は、リュシエンヌ様の一部。あなたの痛みも、孤独も、宿命も、すべて私が共に背負います。怪物になど、決してさせません。あなたは、私にとって最も尊い、ただ一人の主なのですから——)


ノーラの強い想いが、病室の空気を震わせた。彼女の意識は、リュシエンヌの内面へと深く潜り込んでいくような感覚に襲われた。


ゴオォ……!


リュシエンヌの体内から、微かな紅血の波動が発せられた。それは、暴走寸前の荒れ狂うエネルギーであり、ノーラの精神を引き裂こうとするような強い抵抗を示した。


ノーラの視界が歪む。頭の中に、血と炎の幻影、そして「私を解放せよ」「すべてを喰らえ」という、リュシエンヌの声ではない冷たい声が響き渡る。それは、紅血の力に内在する、「深淵」の片鱗だった。


(負けない……!)


ノーラは、自身の騎士としての誇り、幼馴染としての温かい記憶、そしてリュシエンヌへの一途な愛、そのすべてを、紅血の荒波へと叩きつけた。


「殿下! あなたを、一人にはしない!」


その瞬間、ノーラの胸元から、銀色の光が発せられた。それは、彼女の魂の結晶であり、揺るぎない献身の具現化だった。


銀色の光は、リュシエンヌの紅血の力と接触した。二つの色が交錯し、激しくせめぎ合う。紅血の荒々しいエネルギーは、ノーラの銀の楔によって、少しずつ、しかし確実に鎮静化されていく。


リュシエンヌの身体から、黒い血管のようなものが消え、顔色に微かに血の赤みが戻った。


儀式は、成功した。


III. 繋がれた魂と安堵の息吹

儀式が終わった瞬間、ノーラは全身の力が抜け、前のめりに倒れ込んだ。


「ノーラ!」ユリウスが駆けつけ、彼女の身体を支える。

ノーラの額には、尋常ではないほどの汗が滲み、呼吸は乱れていた。しかし、彼女の口元には、安堵の笑みが浮かんでいた。


「ユリウス様……成功です。紅血の力は、安定しました。殿下は、人として繋ぎ止められました」


リュシエンヌの病室には、結界の陣の外にも関わらず、微かな温かい紅色の光が満ちていた。それは、以前のような恐怖と破壊の光ではなく、守護と希望を感じさせる穏やかな光だった。


医官たちがリュシエンヌの脈を測る。

「驚くべきことです! 脈拍と呼吸が安定している! 生命力の消耗も、劇的に止まっています!」


ノーラは、再びリュシエンヌを見た。リュシエンヌの無意識の表情は、以前よりも安らかになっていた。


(これで、当分は紅血の力に理性を奪われることはない。私が、永遠の楔として、殿下の理性を繋ぎ止める)


しかし、ノーラの身体には、目には見えない変化が起きていた。彼女の左手の甲に、リュシエンヌの紅血を思わせる、微かな紅い痕跡が浮かび上がっていた。それは、ノーラとリュシエンヌの魂が契約で結ばれた証だった。


「ノーラ、よくやった。君の命を賭した忠誠が、姫の宿命を救った」ユリウスは心から感謝の意を表した。


「いいえ。これは、私の選んだ道です」


ノーラは、リュシエンヌの手にそっと触れた。すると、彼女自身の身体にわずかに残っていた疲労感が、リュシエンヌの温かい生命力に触れることで、まるで回復していくかのように感じられた。


(これは……紅血の力が、私を通じて、殿下を守護しているのか……)


ノーラは、自分とリュシエンヌの間に、物理的な距離を超えた、新たな繋がりが生まれたことを悟った。


IV. 門前の奇跡と漆黒の疑惑

その頃、東門前の戦場では、グラディウスが最後の蹂躙を始めようとしていた。カイルが撤退した後、彼の黒い瘴気は、帝都の門にまで達し、門番たちを次々と戦意喪失させていた。


「無意味な抵抗よ。姫が倒れた今、貴様らの士気は地の底だ」


グラディウスが、門を破壊すべく大剣を振り上げた、その瞬間——


黒い瘴気が、一瞬にして弾かれた。


「何……?」グラディウスは驚愕に目を見開いた。


瘴気は、何かに接触したかのように、帝都の門前数百メートルで、目に見えない壁に阻まれた。その壁は、以前のリュシエンヌの力のように破壊的ではない。むしろ、拒絶する、守護の力だった。


門前で最後の抵抗を試みていた近衛兵たちも、この異変に気づいた。彼らは、グラディウスの瘴気の重圧から解放され、安堵の息吹と共に、戦意を取り戻し始めた。


「これだ……この温かい光は……!」

負傷から回復途中のハーゲン将軍が、その場に立ち尽くしていた。「これは、姫の……守護の力だ!」


グラディウスは、顔を歪ませた。彼の恐怖の力は、人々の心の弱さに浸透することで成り立つ。だが、この穏やかな守護の波動は、兵士たちの心に直接触れ、恐怖を打ち消していた。


「小賢しい……。倒れているはずの姫が、なぜこのような静かな力を……!」


グラディウスは、その守護の力が、これまでの紅血の暴力的な覚醒とは全く異なることに気づいた。それは、「人」の理性が制御した、真の守護者の力だった。


グラディウスは警戒を強め、東門への突撃を中止した。彼は、リュシエンヌに新たな協力者が現れたことを確信した。


ユリウスが稼いだ時間、ノーラが命を賭した儀式。その二つの行動が、帝都を絶望の淵から、辛うじて引き戻したのだった。グラディウスは、一旦兵を引く決断を下した。


ノーラの献身は、帝都の物理的な防衛線をも、見えない形で強化したのである。

第7話「契約の儀式と二人を繋ぐ絆」をお読みいただきありがとうございます。


ノーラの命を賭した「契約の安定儀式」は成功し、リュシエンヌの紅血の力は暴走の危機から免れました。二人の間には、魂の契約という、主従を超えた新たな絆が生まれました。


その結果は、戦場にも表れ、グラディウスの恐怖の瘴気を、リュシエンヌの静かな守護の光が打ち消すという奇跡を起こしました。


次回、第8話「闇の将軍の決断と宮廷の罠」では、グラディウスがリュシエンヌの力の異変に気づき、大胆な行動に出ます。そして、宮廷内の裏切り者たちも、この状況を打開すべく、ユリウスの弱点を突き、罠を仕掛けます。どうぞご期待ください!

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