第46話:旅立ちの朝:愛と論理の決別と守護の完成
第45話で旅立ちが決定したノーラとルカス。夜明け前、兄たちとの別れの時が訪れます。
長兄カイルは騎士の使命を貫き、愛を棚上げした「論理的な決別」をノーラに告げ、帝都を護る盾としての決意を固めます。次兄ユリウスは、全ての情愛を「絶対論理防御システム」という形に昇華させ、妹の安全を確保します。
兄妹それぞれの役割と愛の形が明確になり、愛と真実を探るノーラとルカスの旅が始まる第二章屈指の感動エピソード。
I.ユリウスの完成:絶対論理防御の最終起動と愛の昇華
夜明け前の静寂が帝都を包み込む中、ヴァレンシュタイン城の地下深くにある中央魔導制御室では、次兄ユリウス・フォン・ヴァレンシュタインが、彼の全ての知性と情熱を注ぎ込んだ傑作、「絶対論理防御システム(改)」の最終調整を行っていた。無数の光の線が、部屋中を張り巡らされた魔導結晶を結びつけ、壁面の巨大な解析スクリーンには、宇宙の法則にも似た複雑な数式が絶え間なく流れていた。
このシステムは、もはや単なる魔導防御ではなかった。それは、姫リュシエンヌの魂の奥底から抽出された太古の叡智の断片と、ユリウス自身が編み出した現代論理の極致を融合させた、「論理による絶対守護の概念」そのものだった。外部からのあらゆる非論理的な干渉、例えばザイドラーの強力な魔導兵器から、今後想定される「次元の歪み」による脅威まで、全てを瞬時に論勢理解体し、無効化する能力を持っていた。
ユリウスは、システムのコアに、彼が長年かけて追い求めてきた「愛と論理の究極的な調和」を示す最終論理式を、自らの血を触媒として刻み込んだ。「ノーラ…カイル…私の愛は、感傷ではない。この世界、この帝都、そして貴様たちの安全を確実に護り抜く、揺るぎない論理だ」彼の無愛想な仮面の裏側には、妹と兄、そして姫への、計り知れない献身の情愛が込められていた。
システムの起動は、静かで、外部には一切の揺れや音を伝えなかった。ただ、城の最深部にある姫の眠る部屋から、微細な黄金の光が一瞬だけ、防御論理の青い光と共に共鳴した。これで、帝都ヴァレンシュタインは、外部の脅威に対して、完全な「論理的閉鎖」を行った。ユリウスは、ノーラの旅の間、城の外へ一歩も出ないという、自らに課した厳格な使命を全うする準備を完了した。彼のこの行動こそが、彼がノーラに贈る、最初で最後の「愛の餞別」だった。
II.カイルの決意:愛と論理の決別と騎士団への訓示
ユリウスが論理の盾を完成させた頃、長兄カイル・フォン・ヴァレンシュタインは、帝都騎士団の訓練所跡地、彼の騎士としての原点で、ノーラとルカスの旅立ち前の最後の対話を行っていた。そこには、朝霧に包まれた瓦礫と、再建の途上にある帝都の静かな輪郭だけが広がっていた。
カイルは、騎士の制服を完璧に着こなし、一切の私的な感情を排した、ヴァレンシュタイン騎士団長としての厳格な視線でノーラに対面した。「ノーラ。貴様は今、ヴァレンシュタインの名を背負い、私たちの愛とこの世界の未来を賭けた旅に出る。貴様の行く手には、ザイドラーの軍事的な妨害、そして国際政治の汚い論理が待ち構えている」
「帝都を護る私たちの責務は、貴様たちの安全を確保することだ。そのために、私は、騎士団長として、非情な「論理的な決別」を貴様に告げる。貴様が帝都を離れる瞬間から、貴様は我が騎士団の「優先的防衛対象」ではなく、「独立した一外交交渉者」として扱われる。これは、敵に貴様たちが帝都の弱点であると思わせないための、論理的な防御だ」カイルは、そう言うと、妹への慰めや励ましの言葉を一切発せず、ただ厳格な騎士の敬礼を捧げた。その姿は、彼の魂の奥底で、兄としての愛と指導者としての責任が激しく葛藤していることを物語っていた。
ノーラは、兄の悲痛な決断の重みを理解し、溢れそうになる涙をグッと堪えた。「わかりました、カイル兄様。貴方方が護っているヴァレンシュタインの名に恥じないよう、私は、ルカスと共に、必ず真実の鍵を見つけます。そして、平和を連れ戻します」彼女もまた、騎士としての毅然とした敬礼を返した。
ルカスは、記憶はなくとも、カイルの騎士道の真髄が、「愛する者を護るために、己の情愛さえも捨てる」という自己犠牲の論理にあることを理解した。彼は、カイルに向かって深く頭を下げた。
その後、カイルは、ノーラたちの護衛に当たる精鋭騎士団員に対し、最後の訓示を行った。「お前たちの任務は、戦闘ではない。ノーラ姫とルカスを護衛し、あらゆる外交的、軍事的な摩擦を回避しながら、目的地まで無事に送り届けることだ。貴様たちは、ヴァレンシュタインの「移動する盾」だ。この帝都の未来は、貴様たちの慎重な行動にかかっている」カイルの言葉は、全てが論理と責任に基づいており、彼の騎士団長としての覚悟の深さを示していた。
III.ユリウスの別れ:論理に隠された情愛と秘密の通信線
カイルとの厳格な別れを終えたノーラは、ルカスと共に、再び地下の中央制御室へと向かった。ユリウスは、相変わらず膨大な解析画面の前に座り、ノーラが入ってきても、一切、その姿勢を崩さなかった。彼の周りには、青い防御論理の波動が微細に振動していた。
「…来たか。論理的に、出発まで残り十二分だ」ユリウスは、解析画面から目を離さず、早口で続けた。「通信装置は、肌身離さず持て。先程、最終調整を終えた「絶対論理防御システム」の周波数と直結させてある。いかなる次元、いかなる国境を越えても、私との通信が途絶える確率は0.001%以下だ。常に、私に正確な現在地と目的地の座標を送れ。これが、貴様たちの生命線だ」
ユリウスは、無機質な小型の魔導端末を、テーブルの上に置いた。それは、彼の魂の分身であるかのように、複雑な魔導回路が剥き出しになっていた。
「そして、これだ」ユリウスは、ノーラが持てる最小限の荷物に、分厚い魔導書を無造作に放り込んだ。「貴様の旅が、論理的に破綻する事態を想定して、私が予測した「八つの回避パターン」の理論をまとめたものだ。全てが成功の論理に基づいている。ただし、論理を超える「愛」の力が介入する場合、予測の精度は大幅に低下する」
ユリウスは、そこまで話し、一瞬だけ沈黙した。そして、彼の冷徹な論理の盾が、その瞬間、目に見えないほど微細に、崩れた。「…貴様の愛は、論理の外側にある。だが、それこそが、私の論理が唯一計算できない、この世界の「希望」だ。必ず、生きて帰れ。私の論理計算を、裏切らないでくれ」
ユリウスは、妹への別れの挨拶を、「論理計算の帰結」という形で示した。ノーラは、兄の言葉の裏側にある、全てを許容し、全てを捧げた情愛を理解した。彼女は、ユリウスの研究机の端にそっと手を置き、兄の手のひらを強く握りしめた。「ユリウス。貴方の論理は、私たちの帰る場所よ。絶対に帰るわ」
ユリウスは、ノーラが部屋を出るまで、解析画面から目を離さなかった。彼の愛は、「見送る」という感傷ではなく、「護り続ける」という論理に完全に昇華されていた。
IV.ルカスとの再誓:旅の始まりと次元の共鳴
城下町の東門。夜明けの太陽が、帝都の巨大な壁を赤く照らし出すその瞬間、ノーラとルカスは、カイルが選抜した少数の護衛騎士たちと共に、密かに城下町を後にしようとしていた。
門を出る直前、ノーラは、ルカスを呼び止め、静かに向かい合った。彼女は、自身が首から下げていた、紅血の魔力が込められた愛の結晶を、ルカスの手にそっと置いた。「ルカス。これは、私の全ての愛の具現。貴方の魂の空白を埋め、「次元の守護者」としての真の記憶を再び開く「触媒」よ。貴方の過去が、どんなに苦しく、壮絶であったとしても、私の愛が、貴方の唯一の盾となる。私の愛を、再び受け入れて、誓ってくれる?」
ルカスは、紅血の結晶を両手で包み込み、その温もりを感じた。その結晶から放たれる微細な愛の波動が、彼の魂の奥底に眠る「翼の騎士」の使命と共鳴を始めた。彼の記憶は依然として空白だが、彼の魂は、ノーラの愛こそが全ての真実を解き明かす鍵であることを確信していた。
ルカスは、力強く、しかし優しく、ノーラの瞳を見つめた。「ノーラ。私は、貴女が愛するこの世界、そして貴女自身を護るために、この剣と、今ある全ての魂を捧げる。それが、私の、過去の宿命を超えた「新しい愛の誓い」だ」
二人の手が固く結ばれた瞬間、ユリウスの魔導端末から、微かな青い光が一瞬だけ放たれた。それは、絶対論理防御のシステムが、この二人の愛の絆を「絶対的な守護対象」として正式に認識したことを示す、ユリウスの論理による承認の証だった。
ノーラとルカスは、兄たちの愛と論理に護られ、古代の次元監視塔が埋もれる西の果て「忘却の砂漠」へと向かい、朝霧の中へと旅立っていった。ヴァレンシュタインの第二章の物語は、ここに、愛と論理という二つの軸で、本格的な展開を開始した。
第46話「旅立ちの朝:愛と論理の決別と守護の完成」をお読みいただきありがとうございました。
カイルとユリウス、二人の兄の愛の形が色濃く描かれた一話でした。カイルの「論理的な決別」はノーラの旅の安全を確保するための、騎士としての最も重い覚悟であり、ユリウスの「絶対論理防御システム」は、言葉にできない情愛を尽くした彼なりの最高の餞別でした。三兄妹は、離れていても強固な愛と論理で結ばれています。
そして、ルカスは記憶がない状態で、ノーラの愛と使命を受け止め、「新しい愛の誓い」を結びました。二人の運命の旅は、古代の秘密が眠る「忘却の砂漠」へと始まります。
次回、第47話では、ノーラとルカスが旅の途中、「忘却の砂漠」の手前で最初の試練に直面します。ルカスの「次元の守護者」としての本能が初めて覚醒し、護衛騎士団を危機から救います。一方、帝都ではカイルが外交と内政の両面で反動勢力に対する厳格な強硬策を打ち出し、第二章の動乱はさらに激化します。どうぞご期待ください。




