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第4話:病床の姫と参謀の知略

〈黒影将軍〉グラディウスとの激突で、ノーラとハーゲン将軍は重傷を負い、リュシエンヌは病床に伏したまま。帝都防衛の指揮官たちが次々と倒れる中、宮廷内部では、リュシエンヌの命を差し出そうとする裏切り者たちが動き出す。


この絶望的な状況を打破できるのは、参謀ユリウスの知略と、騎士団長カイルの剣のみ。

I. 守護の騎士、その深い傷

皇宮の野戦病院は、重傷を負った兵士たちの呻き声と、血の匂いで満ちていた。その一角、最も厳重に守られた私室で、リュシエンヌは静かに眠っていた。その顔色は、雪のように白く、紅血を解放した代償の大きさを物語っている。


その隣のベッドでは、ノーラが治療を受けていた。腹部への打撃は内臓を揺らし、肋骨にひびが入っている。しかし、身体的な痛みよりも、彼女の銀色の瞳には、主を守りきれなかった悔しさと、グラディウスの恐怖が色濃く焼き付いていた。


「ノーラ様、決して動かないでください」

医官が厳しく忠告する。彼女の傍には、全身を包帯で巻かれた老将ハーゲンが、わずかに意識を取り戻していた。


「……すまぬ、ノーラ嬢」ハーゲンの声は掠れていた。「老骨の力では、グラディウスの一撃を防ぐのが精一杯だった。貴様に追撃を受けてしまった」

「将軍、何を言われるのです。あなたは命を賭して、時間を稼いでくださった。あの献身がなければ、私は今頃、グラディウスの手に落ちていた」


ノーラはベッドの上で、それでもリュシエンヌに背を向けることができなかった。もし、自分がここで目を離した隙に、宮廷内の裏切り者がリュシエンヌに危害を加えたら——その恐怖が、彼女の傷ついた身体をさらに締め付けた。


(グラディウスの言った通り……私の力は、脆すぎる。殿下を守るには、この忠誠心だけでは足りない……)


ノーラはリュシエンヌの安らかな寝顔を見つめる。その一瞬の間に、リュシエンヌの紅い髪の先端が、微かに、そして不規則に、紅血の残光を放った。ノーラは即座にそれを掴み、握りしめた。


「大丈夫です、殿下。私が、あなたを縛ります」

彼女の存在が、リュシエンヌの体内で暴れようとする紅血の力を鎮めていく。しかし、ノーラ自身もまた、この目に見えない精神的な消耗戦に、深く疲弊していた。


II. 参謀の静かな戦い

作戦会議室は、レオンハルト公爵を筆頭とする和睦派(裏切り者たち)と、ヴァレンシュタイン兄弟を中心とする皇帝派との、冷たい対立の場となっていた。


カイル・フォン・ヴァレンシュタインは、近衛騎士団長の甲冑姿で壁際に立ち、その鋭い眼光で公爵一派を牽制していた。


「リュシエンヌ殿下が重体である以上、このままでは防衛は不可能だ!」レオンハルト公爵が、わざとらしく声を荒げた。「我々は市民の命のために、姫君を和平の証としてゼルヴァン公爵に引き渡すべきだ!」

「ふざけるな!」カイルが怒鳴りつけ、剣の柄に手をかけた。「殿下は帝国の象徴だ! それを人質として差し出すなど、騎士道に反する!」


ユリウス・フォン・ヴァレンシュタインは、卓の前で冷静に地図を広げたまま、扇を閉じ、静かに言葉を発した。

「公爵、ご発言は理解できます。しかし、我々が和睦を提案しても、ゼルヴァン公爵はそれを受け入れないでしょう」

ユリウスの目は、公爵一派の動揺を見逃さなかった。

「彼らの真の狙いは紅血の力そのもの。姫君を差し出せば、彼らはその力を手に入れ、帝国は彼らの支配下に置かれる。結果、市民は救われない」


レオンハルト公爵は、ユリウスの冷静な論理に舌打ちした。

「屁理屈だ、ユリウス殿。あなたは知略家ではあるが、騎士ではない。現実を見よ!」


「現実を見ています」ユリウスは静かに、だが強い意志をもって答えた。「今、帝都軍の士気が崩壊寸前なのは、グラディウスの力だけでなく、内部に裏切り者がいるという不安からです。私と兄上は、この裏切りを許さない。私たちは姫を守る」


ユリウスは、あえて「裏切り者」という言葉を使わず、しかし明確に彼らを牽制した。彼の知略は、常に最小の言葉で最大の効果を狙う。


公爵は、カイルの剣の圧力と、ユリウスの冷静な論理に板挟みになり、退かざるを得なかった。

「……よろしい。ならば、殿下の回復を待つ。だが、猶予はあと三日。三日以内に、次の防衛策を示せなければ、この件は皇帝陛下の御前で決定する」


三日の猶予。それは、リュシエンヌが意識を回復できるかどうかの瀬戸際であり、ユリウスが裏切り者の計画を阻止するための、極めて短い時間だった。


III. 参謀の知略と姫の誓い

作戦会議室を後にしたユリウスは、カイルと共に皇宮の塔へと向かった。


「ユリウス、よくやった。あの場で公爵に『裏切り者』と言い切らなかったのは正解だった。奴らはまだ証拠を掴ませない」カイルは剣の柄を叩いた。「だが、三日だぞ。リュシエンヌ様が目覚めなければ……」


「目覚めさせる必要はありません、兄上」ユリウスは言った。「重要なのは、『姫が目覚めて指揮を執っている』という事実を、内外に知らしめることです」


ユリウスは、静かに知略を巡らせていた。リュシエンヌの紅血の力は、その存在そのものが希望であり、恐怖を押し返す力となる。彼女が病床に伏していることを公にすれば、内部の裏切りは加速し、敵の攻撃はさらに激化するだろう。


「カイル兄上。あなたは今夜、騎士団の精鋭を率いて、東門で小規模な夜襲を仕掛けてください」

「何だと? グラディウスが出るかもしれんぞ」

「構いません。その夜襲は囮です。敵の目を門前に引きつけている間に、私は一つの偽装工作を行います」


ユリウスの計画は大胆だった。彼は、リュシエンヌの紅血の光を人工的に再現し、帝都の上空に「姫が回復し、指揮を執っている」と錯覚させる光の柱を立てるつもりだった。同時に、ノーラが治療を受ける病室から、姫の「声」を模倣した命令を騎士団に下達する。


「……危険すぎる。もしバレれば、信頼は一気に崩壊するぞ」カイルは眉をひそめた。


「もちろんです。しかし、今、姫の「希望」なくして、帝都は三日も持ちません。この賭けに勝てば、我々は三日の猶予ではなく、一週間以上の時間を稼げます」


その夜、ユリウスはリュシエンヌの病室を訪れた。ノーラは、その横で浅い眠りについている。ユリウスはリュシエンヌの顔を見つめ、静かに語りかけた。


「殿下。あなたの紅血の力は、あなた自身を傷つけます。しかし、その力は皆の心を守る光でもある」


彼は、リュシエンヌの胸に刻まれた、皇帝家を示す紋章に手を当てた。

「私と兄上は、あなたを内部の敵から守ります。そして、ノーラを……あなたの希望を、必ず守り抜きます」


その瞬間、リュシエンヌの閉じられた瞼が、微かに震えた。

彼女の口から、「……護る」という、か細い、しかし強い意志を持った一言が漏れた。


病床に伏した姫の「護る」という誓いが、ユリウスの知略を支える確固たる信念となった。


IV. 闇夜の光と謀略の始まり

真夜中。東門前では、カイル率いる近衛騎士団が、反乱軍に奇襲を仕掛けていた。小規模ながらも精鋭による剣は鋭く、敵に混乱をもたらす。


「姫の騎士団か! 休む間もなく攻めてくるか!」反乱軍の将校が叫ぶ。


その時、帝都の遥か上空に、真紅の光の柱が立ち昇った。

それは、リュシエンヌの紅血の解放を彷彿とさせる、力強く、そして畏怖を抱かせる光だった。


「見ろ! 紅血の公主だ! 姫が回復されたぞ!」

帝都の兵士たちは歓声を上げ、士気を高めた。一方、反乱軍の兵士たちは、その強大な光に怯え、動きが鈍くなる。


ユリウスの偽装工作は、完璧に成功した。彼は、リュシエンヌの希望の象徴としての力を借り、敵の心を欺いたのだ。


しかし、この光を、グラディウスもまた静かに見上げていた。

「……紅の姫。貴様、倒れていないのか……」

グラディウスは、その巨体から一筋の黒い瘴気を放ち、その光の柱を嘲笑うかのように打ち消した。


そして、皇宮の奥深くにいるレオンハルト公爵は、この光を見て、冷徹に判断を下した。


「ユリウスめ……小賢しい真似を。だが、姫君が本当に動けないのは知っている」


公爵は、袖の下から取り出した一枚の古文書を、静かに燃やした。


「三日など待てぬ。闇は、今、帝都の心臓を掴む」


謀略は、新たな段階へと移行した。ユリウスが稼いだはずの時間は、むしろ裏切り者たちを決定的な行動へと駆り立てるトリガーとなったのだった。

第4話「病床の姫と参謀の知略」をお読みいただきありがとうございます。


リュシエンヌの病床での**「護る」という誓いは、参謀ユリウスの知略によって「希望の光」として帝都に再現されました。この偽装工作は、一時の猶予を稼ぎましたが、同時に裏切り者たちを決定的な行動へと駆り立てる結果となりました。


次回、第5話「夜襲の刃と紅血の残響」では、裏切り者たちがリュシエンヌの命を狙い、病院に暗殺者を送り込みます。そして、ノーラとカイル兄上が、どう動くのか。どうぞご期待ください!

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