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第3話:忠誠の剣、闇を裂く

リュシエンヌ不在の戦場。〈黒影将軍〉グラディウスの恐怖の瘴気が帝都の士気を砕く中、騎士ノーラは主の盾となるべく単騎突撃する。その忠誠の剣は巨将に届くのか?


一方、皇宮ではリュシエンヌの命を差し出そうとする裏切り者たちが蠢き始める。ヴァレンシュタイン兄妹の戦線は、ついに内と外に分断された。

I. 騎士と巨将

東門前の戦場は、グラディウスが放つ黒い瘴気によって、視界すら奪われる闇に包まれていた。それは物理的な闇ではなく、兵士の心と戦意を凍てつかせる精神的な重圧だった。


「止めなさい、黒影将軍!」


ノーラの叫びが、その闇を一瞬だが引き裂いた。彼女は遊撃兵を後方に待機させ、単騎でグラディウスへと肉薄する。


グラディウスは、盾も持たぬ一人の騎士に、漆黒の甲冑越しに冷たい視線を向けた。

「無駄な足掻き。貴様は紅の姫の盾か。ならば、その脆い忠誠ごと叩き潰してくれる」


グラディウスの巨体が大地を蹴った。轟音とともに、黒鉄の大剣が風を切り裂き、ノーラの頭上めがけて振り下ろされる。


ノーラは呼吸を整え、両手に持った剣を交差させ、渾身の力で受け止めた。

キィィン!

金属が激しく軋む、耳を聾する音。その衝撃は、ノーラの細い腕をへし折りかねないほど重く、全身を震わせた。彼女の足元の石畳は粉砕され、深くヒビが入る。


(重い……! リュシエンヌ様が紅血の力を使っても弾き飛ばされた一撃……!)


ノーラは奥歯を噛み締め、銀色の瞳を炎のように輝かせた。その瞳に映るのは、グラディウスの巨体ではない。病床で眠るリュシエンヌの面影、そして彼女を守るという鋼の誓いだけだった。


「忠誠は、脆くなどない!」

ノーラは剣を横に薙ぎ、力を逃がすと同時に身を翻した。


彼女の剣技は、帝国の騎士の中でも抜きん出て洗練されていた。一撃の重さでは及ばないが、その動きは研ぎ澄まされた水のように流麗で、グラディウスの鎧の継ぎ目と関節を正確に狙い続けた。


連続した高速の刺突。グラディウスの甲冑には届かないが、その正確な攻撃に、巨将の動きが一瞬だが鈍る。


「ほう……悪くない剣筋だ。だが、その程度の光では、この闇は晴らせぬ」


グラディウスの口元が微かに歪む。黒い瘴気がノーラの周囲に濃く渦を巻き、彼女の呼吸と集中力を乱し始めた。


(頭が……重い。集中できない……! これが、奴の力……!)


ノーラは一瞬の隙を見逃され、グラディウスの拳を腹部に食らった。鎧越しにも関わらず、その一撃は内臓を揺らし、ノーラは血を吐きながら後方へ吹き飛ばされる。地面に叩きつけられた衝撃で、頭が真っ白になった。


「ノーラ!」

遠くで、ハーゲン将軍の悲痛な叫びが響いた。


グラディウスは容赦なく歩を進める。

「これが、人の限界だ。そして、姫の希望の脆さだ」


II. 老将の盾

ノーラは必死に身体を起こそうとするが、肺が潰れたように痛み、剣を握る指先が震えていた。彼女が倒れれば、グラディウスは止まらない。帝都の門は開かれ、リュシエンヌは無防備になる。


(まだ……! まだ、私は殿下の盾になっていない!)


その時、一陣の風が吹いた。


「我が老骨は、まだ折れておらん!」


地を這うような重い声と共に、一人の老兵がグラディウスの前に立ちはだかった。片目に眼帯をかけた老将ハーゲンその人だった。


彼の全身は血に汚れ、鎧には無数の傷が刻まれている。その手には、巨大な鉄の盾が掲げられていた。


「ハーゲン将軍……!」ノーラはかすれた声で叫んだ。


「貴様に、姫君の希望は奪わせぬ!」

ハーゲンは、その生涯を捧げた忠誠と覚悟を盾に込め、グラディウスを真正面から受け止める構えを見せた。


「無謀。老いぼれよ。貴様では、盾どころか塵にもなれぬ」

グラディウスは嘲笑し、黒鉄の大剣を振り下ろした。


ガアアアン!

凄まじい轟音と共に、ハーゲンの盾は粉々に砕け散った。鉄片と血が宙を舞い、ハーゲンの身体が吹き飛ばされる。だが、老将は倒れなかった。砕けた盾の破片を胸に突き刺したまま、その場に踏みとどまった。


「逃げろ……ノーラ……!」

ハーゲンの声は血に濡れ、かすれていた。しかし、彼のその一瞬の献身が、グラディウスの攻撃を僅かに遅らせた。


ノーラは痛みを無視し、折れそうな腕で剣を拾い上げる。遊撃兵たちが駆けつけ、負傷したハーゲン将軍を必死に後退させる。


グラディウスは、その献身に微かに苛立ちを覚えたようだった。

「つまらぬ抵抗だ。だが、貴様らの忠誠には、死をもって応えてやろう」


グラディウスが再び大剣を構えた瞬間、ノーラは全身の力を振り絞って叫んだ。

「私を狙え! それが、殿下の命を奪うための最短距離だ!」


この大胆な叫びが、グラディウスの動きを一瞬だけ固まらせた。彼の真の目的は「紅血の公主」の確保であり、雑兵を殺すことではない。


ノーラは、その隙を見逃さなかった。

「退け! 全軍撤退!」


彼女はグラディウスに背を向け、ハーゲン将軍の負傷兵たちと共に、門前の瓦礫の中へと撤退していった。グラディウスはその巨体で追うことをせず、ただ漆黒の瞳で、姫の盾となった騎士の姿を見送った。


III. 宮廷の裏切りと兄妹の苦悩

皇宮内の作戦会議室。戦場とは打って変わって、冷たく静謐な空気が流れていた。


ノーラの二人の兄、カイル・フォン・ヴァレンシュタインとユリウス・フォン・ヴァレンシュタインが、重臣たちに囲まれていた。


長兄のカイルは近衛騎士団長。整った容姿とは裏腹に、その瞳は鋭く、全身から忠誠と剛直さがにじみ出ている。

次兄のユリウスは若き参謀。冷静沈着で、常に状況を俯瞰する知略に長けた男だった。


「つまり、リュシエンヌ殿下は重体。そして、黒影将軍グラディウスが出現したと?」

宰相代理のレオンハルト公爵が、扇で口元を隠しながら、冷ややかな声で尋ねた。


「その通りです」カイルは表情を変えずに答えた。「妹のノーラとハーゲン将軍の働きにより、グラディウスは一旦撤退しましたが、帝都軍の疲弊は極限に達しています」


ユリウスが地図を広げ、簡潔に状況を説明する。

「敵の本隊は依然として健在。我々が休めば、すぐに攻め込まれます。そして、グラディウスの力は士気の低下に直結する。今、最も危険なのは戦場ではなく、兵士の心です」


レオンハルト公爵が、わざとらしくため息をついた。

「困りましたね。紅血の力に頼りすぎた結果でしょう。姫君の力が使えないとなれば、もはや勝ち目はありません」

彼は周囲の重臣たちを見渡した。彼らの顔には、諦念と、安易な解決を求める欲望が浮かんでいた。


「公爵様。何を言いたい」カイルの目が光る。


「カイル殿。もはや我々は、無血開城を真剣に検討すべきです。ゼルヴァン公爵は、あくまで『紅血の力』の危険性を訴えている。姫君を……安全な場所へ避難させれば、和平の道が開かれるやもしれません」


その言葉は、リュシエンヌを人質として差し出すことを意味していた。


カイルは激しい怒りに震えた。

「戯言を! 殿下は帝国の希望だ!」


だが、ユリウスは静かにカイルの肩に触れた。

「兄上、感情的になるな」

ユリウスはレオンハルト公爵に向き直る。

「公爵の提案は、敵の術中に嵌るだけです。ゼルヴァン公爵の目的は、姫の排除ではなく紅血の力の確保にあると見ています。和平はありえません」


しかし、レオンハルト公爵の目は、すでにカイルとユリウスの排除へと向いていた。彼らは、ゼルヴァン公爵に通じる和睦派(裏切り者)だった。


「姫君を信じる貴方たちの忠誠心は理解できます。ですが、帝国の未来のためです」

レオンハルト公爵は立ち上がり、周囲の重臣たちと共に、ある決定を下したことを示唆した。


カイルとユリウスは、戦場だけでなく、宮廷内部にも「闇」が深く根を下ろしていることを悟った。彼らの戦いは、帝都の門前だけでなく、皇宮の内部でも始まろうとしていた。


妹ノーラが命を賭して外の敵と戦う中、二人の兄は、内なる裏切り者から、リュシエンヌの安寧を守り抜かねばならなかった。

「紅血の吸血姫戦記」、第3話「忠誠の剣、闇を裂く」をお読みいただきありがとうございます。


リュシエンヌが倒れた今、彼女の騎士ノーラが主の盾となり、〈黒影将軍〉グラディウスとの一騎打ちに挑みました。ノーラの忠誠と剣技はグラディウスに一太刀報いるも、その力の前に負傷し、撤退を余儀なくされます。そして、老将ハーゲンの決死の献身は、帝国の兵士たちに新たな希望を与えました。


しかし、戦線は門前から宮廷内部へと拡大します。ノーラの兄であるカイルとユリウスは、リュシエンヌの命を差し出そうとする裏切り者たちの陰謀を察知しました。


次回、第4話「病床の姫と参謀の知略」では、リュシエンヌの安否、そして兄ユリウスが、内部の裏切り者たちとどう対峙するのかが描かれます。ノーラとハーゲンの負傷は重く、次の戦いはユリウスの知略と、カイルの剣にかかっています。


どうぞご期待ください!

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