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08 聖女と人形 〈01〉

 神殿長ハルト様を見送り、王太后セーレナ様に宥められつつガゼボを後にし自室に戻りました。

 人払いをしてベッドの上に身を投げ出します。

 神殿長のお話は混乱を増すばかりで、言いようのない不安が湧き上がります。

 ディルクルム様は【聖女の人形】に一目会っただけで囚われたのは何故なのか。

 国王達は道具に過ぎないという人形に固執し、妻を切り捨てるのはどうしてなのか。

 聖女縁の地と言われるフローレスに居てわたくしは何故何も知らないのか。

 ───何故、何故、何故。こればかりが渦を巻いています。


 先程はセーレナ様がいらした手前、あまりしつこくハルト様にお聞きするのもどうかと思って控えておりました。

 ぐるぐると思考が同じ場所を回って身動きが出来なくなりました。

 いっそ神殿長にもう一度お話を聞くべきなのでは?

 そう思ったら居てもたってもいられなくなりました。

 侍女に神殿長を探させましたらすでに大神殿にお戻りだというので、伺うことにしました。

 それもそのはず気付いたらあれから二刻は過ぎています。


 そういえばジョイルお兄様は今、大神殿に詰めていらっしゃるはずです。

 お兄様からもお話をお聞かせ願いましょう。

  お兄様にお会いするのは久しぶりです。

 わたくしが王城に上がってからはフローレスに出向く事は出来ませんでした。

 ディルクルム様はわたくしをお離しになりませんでした。

 ──王族としての作法と教養を身に着けなければならないと言って。

 自由な日々などありませんでした。

 それなのに、この仕打ちは⋯⋯⋯!

 ああ、いけません。

 こんなに感情を顕にしては。

 優しいお兄様にお会いすれば心が休まるかも知れません。

 いつだってお兄様はわたくしの事を気に掛けて大事にして下さった。

 明るい笑顔が大好きなのです。


 馬車を降りるとサピエンティア公爵家の紋章の入った馬車が見えます。

 閣下がいらしているのでしょうか。

 閣下は儀式の総責任者ですので打ち合わせの為かも知れませんね。

 大神殿の扉をくぐると祈祷所の奥の扉から慌てた様子でお兄様が走ってきました。

「パティ!」

「お兄様。ご無沙汰しております。お変わりありませんか?」

「ああ、僕はいつだって元気だよ。⋯⋯パティは大丈夫? 」

 やっぱりわたくしを気遣ってくださる。

「ハルト様にお会いしたいのです。何もかもが訳がわからなくて、落ち着かないのです」

「少し聞いているよ。まずは僕とお話しようか。今サピエンティア公爵と会合中なんだ」

 お兄様はわたくしの手を取り客間へ案内してくださり、「待ってね。飲み物を用意するよ」と、にっこり微笑んで部屋を出ていきました。

 わたくしはフローレス神殿で育ったとはいえ、神殿の事についてあまり良く知りません。

 両親やお兄様は跡取り以外に口外しない決まりになっている為、わたくしは業務から遠ざけられていました。

 客間をぐるりと見回しますと壁に大きな聖女ソフィア様の姿絵が掲げられておりました。

 明るい金糸の髪、大きな紫の瞳、弧を描く眉はとても溌剌としています。

 軽く開かれた唇も可愛らしい印象です。

 わたくしと面差しはよく似ているのに決定的に何かが違う感じがします。

 カタリ、と茶器の載ったワゴンを押してお兄様が戻られました。

「聖女様はなんとなくお兄様に似ていますね」

「そう? 一応血縁だからなのかな? あ、でも、さっきドミニク様に似てるとかなんとか」

「⋯⋯?」

 最後の方はとても小さな声でよく聞こえませんでした。

「ところでお兄様、閣下とハルト様はどちらにいらっしゃいますの? もし宜しければ閣下にご挨拶申し上げたいのですが。⋯⋯その、今の状態ではわたくし、王妃としてディルクルム様の隣にいるのが相応しく無いのでは、と」

「え、パティエンスは何も悪くないでしょ。むしろ陛下の方がどうかしてるでしょ」

「も、元々陛下には愛情とか⋯⋯⋯無いですし、人形の方がいいとおっしゃるのでしたら⋯⋯!」

 口に出してしまうと止めどなく感情が溢れてきてしまいました。

「昨日の今日で誰もが動揺してるんだよ。もう何日か日を置いてみてはどうかな」

 わたくしの気持ちはあまり変わらない気もしますけど、ディルクルム様の【聖女の人形】への熱がわたくしの時のように下がるのを待ってみても良いかも知れません。

 あら、でも、結構時間が掛かったような覚えがありますね。

 結局、戴冠の儀には間に合わないかも。

「お兄様、【聖女の人形】はここにいるのですか?」

 ハルト様より人形に話を聞いてみたいです。

「ああ、ここにはいないよ。お二人と一緒に星船に⋯⋯⋯」

 無意識だったのでしょう。

 お兄様は扉の向こうをちらりと見ました。

 思わずお兄様の腕を取ってしまいました。

「!! 星船! そこの扉から行けるのですか!?」

「あっ」

「連れて行って下さい!」

 戸惑うお兄様から手を離し、言葉とは裏腹に自分から走って扉の向こう長い廊下を奥へ進んでいきます。

 後ろからお兄様が「パティ! 止まって!」とわたくしを止めようとしている声が聞こえます。

 どんどん走り続けていましたら廊下の行き止まりまで来てしまいました。

「行き止まり?」

 ここまで入り口らしきものはありませんでした。

 わたくしは愕然として両手で壁に手を付きました。すると、壁に扉が浮かんできたのです。

「待って、パティ。駄目だよ! え? 何で扉開くの!?」


 青白い光、無機質な壁。

 初めて見るはずなのに何故か知っています。

 軽い恐慌状態に襲われました。

 この先を進めばあの(・・)部屋が。

 導かれるように進んだその部屋へ足を踏み入れようとした時───


「──ソフィア。聖女フィア本人よ。六十四人目は私じゃないわ。パティエンスよ」


 ────え?


 

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