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07 アルドー

 兄クレプスクルムは快活な男であった。

 何事も考え過ぎるきらいのある自分とは違い、全てにおいて即断即決であった。

 そんな兄を呆れつつも憧れていた。

 だが、あれはまさに最悪で、愚かな、即断即決だと思う。

 夜半、兄の私室からまろび出てきた白髪の女は侍従の腕を取り部屋へ促した。

 そこには血溜まりに自ら首をかき切った兄が蹲っていたという。

 はっきりした理由は解らない。

 が、おそらく人形(彼女)たちが関わっているだろう。


 人通りの多い王都の中央の道を真っ直ぐ進むと、王都とその外を隔てる門がある。

 王都より少し質は落ちるが聖女の大神殿への道は綺麗に舗装されている。

 聖女信仰とまではいかないが、国家を纏めるにはうってつけの存在だったのであろう。

 古書を読んでもこの地を選んで名付けをしたくらいで、これといって大きな功績のある女性ではない。

 妃になってからも非常に曖昧な内容で存在自体が胡乱だ。

 大神殿の下に星船があるというが、王族でもそこへ立ち入る事はない。

 祖先は科学技術というものを嫌っていたのだそうだ。

『過ぎたる科学は人を堕落させる』と信じてここまできたのだ。 

 ああ、信仰と言うならこちらかも知れないな。


 セーレナのもとを辞して馬車に揺られる事二刻。

 戴冠の儀の打ち合わせの訪問だ。

 先触れを出しておいたので大神殿前には人影があった。

「お待ちしておりました。サピエンティア公爵アルドー閣下。ルース家が長子ジョイルでございます。儀式前でございますのでフローレスから派遣されております。神殿長のもとまでご案内いたします」

 目の大きな青年が膝を折る。

 兄妹と言っていたか、パティエンスにどことなく似ている。

 だが、生気と言うのか覇気がまるで違う。

 祭壇のすぐ脇の客間へ促され神殿長に出迎えられた。

 父と兄の戴冠の儀で見た時とまるで同じに見える。

 セーレナがまがい物だとか言っていた気がする。

 その後ろに深くフードを被った女性らしき人物が控えている。

「それが人形(・・)?」

「お聞き及びですか?」

 神殿長は眉を顰めた。

「ああ、誰も彼もが混乱しているよ。私は他の者より知っているから落ち着いていられるが。父は兄に比べて人形を囲っていなかったからね」

「ああ、そういえば。そう聞きました。では六十二、こちらへ」

 神殿長は廊下で控えていた老婆を手招きした。彼女はジョイルからワゴンを受け取り入室し、各々に茶を用意した。

「彼女はベニニタス陛下付きの【聖女の人形】です。今はここで暮らしているのです」

「ああ、貴女が。時折ちらりと拝見する事はあったが、こうして相見えるのは初めてか」

 静かに目を伏せるのみで応えはない。

「話せないのか?」

「いいえ、口を開く相手に制限を加えているので機能的に無理なのです。そういう風に調整したので」

「継承権の低い私にそんなに話してもいいのかい?」思っていたより神殿長の口が軽い。

「もうこれ以上は【聖女の人形】はおりませんので。それに気になっておいででしょう? 私を王城に呼ばずにここにいらした程ですから」

 ゆっくりと神殿長は茶を口にした。

「──そうだね。ディルクルムの儀式よりも人形について話をしたい。セーレナから貴方が話していた内容を聞いたよ。確信が欲しい」

「承知しました。ならば参りましょうか。星船へ」

 神殿長は流れるように扉へ移動し私に手を差し伸べた。

 後をついて長い廊下を進むと目の前には壁。

 彼はくるりと振り返る。

「ここからが禁域です」

 す、と壁に手をかざすと金属で出来た扉が現れた。

「っつ、これは」

 たじろぐ私に、にこりと微笑むと同時に扉が開く。

「ようこそ、星船へ」 


「これが星船」

 眩い青白い光に満ちた廊下。見たことの無いような意匠。

 只々驚くばかりだ。

「そう。千年も前に貴方がたが捨てた。そして私を閉じ込めた。ソフィアと共に」

 薄暗い大きな広間に、人ひとりが立って入れる水槽が六十四基。

 その手前、入り口付近にガラスに覆われたベッドが三床。

 壁も床の材質も私の知らない素材だ。

「ここで【聖女の人形】が造られました。シャハル⋯⋯貴方達が言う初代国王オルトゥスが私に命じました。ああ、ダミーこちらへ来なさい」

 それを受けて暗がりから神殿長と瓜二つの人影が現れた。

「私はこれを介して長い間この国の王達に【聖女の人形】を与えてきました。これは私のガワだけ似せたまがい物。【聖女の人形】とは根本的に違う物」

「まがい物や人形がどうやって造られたかとか、まがい物が我らに接触していた間に貴方がどうしていたかを聞いても、きっと簡単に理解は出来ないんだろうね」

「第一世代は星船を最低限にしか利用しませんでした。王族や元老院の連中は多少語り継いでいたようですが、第四世代にはほとんどが解らなくなっていましたね。使わなければ忘れるのはあっという間です」


 神殿長はセーレナから聞いた話をもう一度私に語った。

「ここまでで質問は?」

「【聖女の人形】が六十四体というのに何か意味があるのか?」

「それは私も同じく訊きましたよ、オルトゥスに。「六十四代も進めば国も定まるだろう。その頃にはこの大地に順応しているだろう」との事でした」

「成る程。では人形の存在を秘匿した意味は? ───聖女様の未来予知とは、初代国王が固執する程のものだったのか?」

「いいえ、無いよりはマシ程度のものですよ。彼女は『失せ物探しのソフィア』なんて言われていましたね」

 クスクスと神殿長の後ろの人形が笑った。

「秘匿したのは元老院がアナログな連中で⋯⋯⋯いえ、科学技術を嫌ったからです。この星の情報を機械で精査せず、人間の経験と勘で乗り切ろうとしていたんです。元々星船の乗務員達は本星で『自然を愛し自然に帰る』といった思想のもと集まった連中でしたし。【聖女の人形】はこの星の構造や自然災害、政治や経済の情報を収集して処理出来る能力を脳に埋め込まれています。そしてこの星船と情報を共有しています。機械は駄目でも人型ならばそれだけで目眩ましになります」

「初代国王は違ったのか?」

「オルトゥス──シャハル・ドーンは野心を持った起業家でした。『情報は武器だ』と日頃から言っていた彼が星船の技術を捨てる訳がありません。金に物を言わせて星と星船を手に入れ、純粋な彼らを丸め込んで王となった。彼にはカリスマ性があった。元老院の連中は彼を崇拝していた」

 吐き捨てる様に神殿長は言った。

 苛立ちを振り払うかのように首を横に振り、ひと時口を噤んだ。

 人形がそっと彼の肩に触れると、彼はその手に顔を傾けた。

 随分親密だな、と違和感を覚える。

 その時部屋のどこかから不思議な音が連続して鳴り、神殿長は立ち上がり壁の機械に話し掛けた。

「パティエンスが来ているようです。ジョイルに待つよう指示しました」


 彼は少し考え込むような顔をして再びテーブルに着く。

「ところで閣下、禁足地に入った事はありますか?」

「⋯⋯禁足地?」

「王城で昔からある王族でないと入れない部屋の事です」

「ああ、【国王の間】か。あれは即位した者でなければ無理だ」

「何とか入れないかしら。絶対何かありそうなのにな」

 神殿長の後ろからため息混じりの声が上がった。

「貴女は話せるんですか? 先程【聖女の人形】には制限があると聞いたが」

「あ、私は───」

 その時部屋の機械から乱れた足音と共に慌てた様子で「待って、パティ。駄目だよ! え? 何で扉開くの!?」とジョイルの声がした。

 神殿長は「生体認証が⋯効いてしまったか」右手で顔を半分覆った。


 パティエンスとジョイルが入り込んできた時、【聖女の人形】の言葉が被った。

「──ソフィア。聖女ソフィア本人よ。六十四人目は私じゃないわ。パティエンスよ」


 

 

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