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03 ハルト

「今回は確認の為に連れてきたのです。実際にお渡しするのは戴冠の儀の後です」

 追いすがるディルクルムを「まだ調整中」の一言で突き放し、馬車で二刻ばかりかけて大神殿(星船)に【聖女の人形】と戻って来た。

 大神殿前には広場を中心にした庭園が広がっているが、奥は森林に囲まれた発電施設がある。

 盆地を利用して整地されており、発電施設の下に星船は埋まっている。

 星船のエネルギー資源が尽きるのを想定して大神殿の建設と同時に発光性の微生物による有機発電システムが造られた。

 淡く発光する微生物が大神殿を照らしてとても幻想的だ。

 大きな発電量ではないが、星船を最低限維持できるだけで充分だ。

 住人はほぼ私だけなのだから。

「お前は残れ。元婚約者だろ?」

 両手で指を差しながら言ったあの男(・・・)の厭味ったらしい顔は忘れられない。


 大神殿の入口の扉をくぐればすぐに中央に聖女を模した立像のある祭壇と祈祷所がある。

 祭壇から屈託のない笑顔で私を迎えたのはフローレス神殿のジョイル・ルースだ。

 【聖女の人形】からローブを受け取り、私の斜め後ろに着く。

「おかえりなさいませ、ハルト様。如何でした?」

「ただいま。いつも通りだよ。──半年前に会った時はあの一族にしては大人しいと思ったんだけどね。今日はもうすっかり正気では無いね」

「ハルト様は見ていないから大人しいとか言っちゃいますけどね、パティの周りの男にはとんでもなく当たりが強かったんですよ。父さんや兄の僕にまで!」

 うんざりしながらも元来の陽気さから怒気をジョイルは感じさせない。

「すまない。君達一族にフローレスの管理を頼まなければこんな思いをさせる事もなかったね」

 私が謝ると今までずっと押し黙っていた【聖女の人形】が小さく「ほんと、ごめん」と眉を下げた。

「いいんですよ。僕の一族の始まりは聖女様の弟夫婦なんでしょう? 聖女様の両親がフローレス神殿の最初の管理者だし。それにね、これからどうなるのか結構楽しみなんですよ! 六十四番目の国王の行く末が」

 妙に楽しげなのは少し気になるが気持ちがほんの少し軽くなる。

「パティの様子はどうでした?」

「あまり表情には出ないが、あれはかなり驚いていたし、ディルクルムに苛立っていたんじゃないかな」

「ちょっと心配ですね。普通はそうなりますよね。そうか、顔に出るようになったのか⋯⋯⋯」

 私はジョイルの顔を覗き込み口の前で人差し指を立てて言葉を遮る。

 禁域に入るまではどこに目があるかわからない。


 長い廊下を進み禁域に踏み入る。その最奥に複製(クローン)の培養タンクが六十四基と私も入っていた調整ベッドが三床並んでいる。

 今はもう全て空で電源も落とされているが。

 元々乗組員の医療用にあったものだ。

 その脇にはモニタリングルームと自室に改装したミーティングルーム。

 改装とはいっても物に執着がないのでベッドと物入れを持ち込んだりしただけだ。

 中に入ると()が三人分の茶を淹れていた。

「おかえりなさいませ。つつがなくお済みでしょうか」

「ああ。君もお疲れ様。しばらくは私が動くから君の専用ドックに入っていなさい」

「はい。マスター」

 私のまがい物はモニタリングルームに据えられたアンドロイドのメンテナンスドックに静かに入っていった。

「あ、そういえば【ダミー君】と入れ替わってる事は言ってないんですか?」

 何故か歴代の【聖女の人形】とルース家には【ダミー君】と呼ばれている。

 いったい誰が最初に言い出したのか。

「面倒だからね。星船を知っている世代はともかく、それ以降は話したところで理解出来ないだろう? パティエンスと王太后に私の義眼を見せたら無理やり納得していたよ」

 欠損した為に着けられた義眼ではなく、自ら情報処理能力の補助の為に着けられたモノだ。

「フローレス神殿の機械を初めて見た時は驚きましたよ! 子供でしたからね。未知のものにワクワクが止まりませんでした! 神殿以外では見た事もなかったですし」

 星船の第一世代は捨てた故郷の星のようにこの大地を汚染させるのを殊の外嫌った。

 離船後しばらくは星船の技術を使用していたが、街がある程度整った後は科学も医療も何もかもを最低限にした。

 お陰ですっかり生活も知識も後退した。

 それだけ大地を思いやれるのに、温暖な気候に繁殖した動植物を躊躇いなく駆逐する様は矛盾しているのではないかと思ったものだ。

 地盤を整えるのには仕方がないとか言っていてさらにに呆れた。

「そうだな。王城と王都に少しばかりある程度だな。しかも半ば壊れているものが多いから只の古代のオブジェと化しているな」

「あ、そういえば、フローレス神殿から連絡事項です。『交易船より通信あり。戴冠の儀に参列したい。許可を』との事です」

 第一世代は当然ながら本星との交流など必要とせず、全てにおいて不干渉を貫いた。

 といっても飽くまでも表面上だ。

 初代国王オルトゥスは辺境にフローレス神殿を置き、ルース家に本星との外交を丸投げした。

 オルトゥスを蛇蝎の如く嫌った聖女の両親が渡りに船とその任を請け負った。

 不定期でやって来る交易船とのやりとりをしている。

「⋯⋯⋯何故今回だけ? 面倒な。後で私が直接話そう」


 王国マグノリア。

 一人の男の思い付きで始まり、千年の時が流れた。

 初代国王オルトゥス、本名シャハル・ドーン。

 星船の船長だった頃の名前だ。

 国王になった際「国王になるならそれらしい名前の方がいいだろう? もっともシャハルもドーンも偽名だけどな」そう言ってゲラゲラ笑った。

 本当の名前はありきたり過ぎて聞いたそばから忘れる様なものらしい。

 機を見るに敏だった彼は起業家として大成し、思いつくままに事業を拡げた。

 野望は留まるところを知らず「新しい星を自分の物にしたいねえ。星も人間も丸ごと」と金に飽かせて開拓可能な星への移住権利とそこへの移動手段を手に入れた。

 私がこの星船に乗る事になったのはうっかり彼に目を付けられたからだ。

 医療の知識も持った医療機器の外部のエンジニアだった。

 医療設備の設計士と共に竣工間近の星船に立ち入った時に出会ってしまった。

 何が彼の興味を引いたのかは今でもわからない。

 その作業を終え社に戻ると社長から解雇通告を受け、私の身柄は身の回りの整理をする間もなく星船へと誘拐同然に引き渡された。

 不意打ちで意識を飛ばされ気づいた時には、星船は外宇宙にいた。


 それが私の長い時の始まり。

 

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