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01 パティエンス

 毎朝同じ時間に微睡みから覚めるわたくしに、その朝襲いかかったのはいつもの連続ではありませんでした。

 連日の王妃としての執務に加え、わたくしの伴侶、第六十四代国王ディルクルム・ソル・マグノリア陛下の戴冠の儀の準備で少しばかり疲労を感じておりました。

 そんなわたくし、王妃パティエンスの私室にディルクルム様は唐突に大きな音を立ててやって来ました。

 勢いとは裏腹に泣きそうな顔で「愛さない」と言い出したのです。

 昨夕、わたくしも同席する国王陛下の執務室へ、戴冠の儀の打ち合わせに神殿長ハルト・カツラギ様が来訪されました。

 神殿長は白いローブを纏った女性を伴い、

「これは【聖女の人形】です。初代国王の命により戴冠の儀の後に陛下に供与されます」

 そう言って、彼女にローブのフードを取るよう促しました。

 そこに現れたのはわたくしによく似た顔でした。

 わたくしは唖然としました。

 ふと隣にいるディルクルム様を見上げると、息を呑み目を奪われていました。

 わたくしは只々胸騒ぎを覚えました。


「王太后様に先触れを。それと神殿長はまだお帰りにはなっていないかしら?  いらしたらお会いしたいわ」

 ディルクルム様を見送ると同時に侍女に指示を出しながら、わたくしは気持ちを整えようと大きく呼吸をします。

 とはいえ理不尽な物言いに納得できるはずもありません。

 わたくしは王都から馬車で一月程離れた聖女ゆかりの地フローレス神殿で生まれ育ちました。

 両親は代々神殿の管理を任された一族の長です。

 当時は『パティエンス』ではなく『パティ』でした。

 十年前に当時王太子のディルクルム様に出会い、請われて六年前に婚約者となり、その時に王族に相応しい名に代えられたのです。

 二年前に成人し、王太子妃となりました。

 王太子妃になるつもりなどありませんでしたが、王族に逆らえるはずもなく受け入れざるを得ませんでした。

 常軌を逸した執着でした。

 初めは恐怖さえ覚えました。

 ですが、元々穏やかな性格であった為か徐々に落ち着きを取り戻したディルクルム様に、わたくしの恐怖心も薄らいでいきました。

 婚礼を挙げる頃には何とか穏やかに寄り添うことが出来ると思えました。

 だというのにこれはどういう事なのでしょう。

 ふつふつと怒りが込み上げてきます。


 王太后陛下と神殿長はガゼボに共にいらしゃるとの事で足早に向かいます。

 庭園に踏み出すと咲き始めたばかりのマグノリアの香りに包まれました。

 聖女がこの地を目にした時、まさに盛りの時期で大地が白く染まっていたとか。

 もっとも聖女らが知る本来のマグノリアとは違うそうですが、彼らの郷愁を誘う香りと形であったらしく、

「マグノリアでいいではないですか。私は好きよ!」

 その一言でその花もこの国の名もマグノリアに決まったそうです。


「パティエンス」

 栗色の髪に刷毛で吹いたような白髪を緩く纏め、少しやつれた面持ちの王太后セーレナ陛下がガゼボから手招きしています。

「王太后陛下にご挨拶申し上げます」

「いいのよ、神殿長は気にしないで。いつも通りで」

 セーレナ様に向かって座る神殿長ハルト様に目をやると彼は軽く頷き挨拶を交わします。

 一つにまとめた腰までの髪も切れ長の瞳も黒く美しい。

 相貌は怜悧で紡がれる言葉は落ち着いたテノール。

 初めて会ったのはわたくしがまだ幼い頃で、フローレス神殿の点検に立ち会うハルト様を両親と共にお迎えしました。

 青年期から壮年期へ移る時期かと思わせるお姿ですが、その頃から外見にあまり変化がないのが不思議です。


「…人形(アレ)の事を聞いたのね?」

 わたくしがテーブルに着き三人分の茶が並べられたのを見計らい、セーレナ様は侍女たちを下がらせました。

 想像できていたのかも知れません。

 気遣わしげな様子です。

「はい。昨夕。…先程ディルクルム様はわたくしをもう愛する事はないとおっしゃいました」

「なんてこと。あれだけ執着した貴方なら大丈夫だと思っていたのに!」

 セーレナ様が忌々しげに語気を荒げ、続けました。

「わたくしはまだ良かった。即位の前にディルクルムを授かることが出来たのだから。こんなに早くクレプスクルム様が崩御されなければ…」

 婚姻して二年、わたくしとディルクルム様の間に子はなされていません。

 先代国王が壮健であった為あまり問題視されておりませんでしたが、わたくしには重い事実でした。

「神殿長、これまでもこう(・・)であったの? 人形(アレ)の話を聞いたのは随分昔で少し曖昧になっているわ。クレプスクルム様の妄執も見ていたくなかったし」

 妄執──わたくしの目からは隠されていたのでしょう。

 お二人の間に溝があった事に気付きませんでした。


「概ねそうでした。では改めて【聖女の人形】に纏わる話をしましょうか」

 ハルト様はセーレナ様の問いを受けこちらを見やり、指を折りながら語り始めました。


 曰く「初代国王オルトゥスは聖女ソフィアに長く懸想し、あらゆる手段を持って手に入れようとした」

 曰く「拒絶した聖女は高所から身を投げ治療の甲斐なく死亡したが、息を引き取る前に聖女の複製が六十四体作られた」

 曰く「初めの一体はオルトゥスの妃となり、それ以降は次代が戴冠する度一体ずつ供与された」

 曰く「聖女ソフィアの能力は【未来予知】。その能力を複製にも期待したが発現しなかった」

 曰く「【未来予知】はないが、積み重ねたデータから最善の方法を選択し処理する能力がある」


「前提としてはこの通りです」

 初代国王の聖女への偏愛も、聖女が自死によって逃れようとした事も公にされておらずわたくしは動揺しました。

 それにそもそも複製とは一体何の事なのでしょう。

「昨夕は聖女を模した情報を精査できる人形を供与されるが、受け取るか否かは陛下次第という事だけお伝えしました」

「ええ、そうですわね。先のクレプスクルム陛下は受け取られたようですけれど、そうでなかった国王はいらしたのですか?」

「いいえ、ディルクルム陛下を含む六十三人全員が望まれました。ただし正妃ではありません。飽くまでも統治上の道具です。初代国王の意向で秘匿された存在となりました」

「ああ、それでわたくしはクレプスクルム陛下の人形を知らないのですね。あの、分からないのですが、複製とは何なのですか?」

「今の技術からは想像できないお話をしなければなりません。神殿の禁域を見ていただければ手っ取り早いのですが、とりあえずかい摘んでお話しましょう」


「建国縁起からも知れる通り、私達の祖先は流浪の民でした。それは他の大地や国ではなく、星からです。暗き海は光のない星空。船というのは星を渡る船です」

 星を──渡る? 夜空の? 突拍子もない話にわたくしとセーレナ様は顔を見合わせ首を振りました。

「船は千人余りを乗せたもので小さな都市がそのままあるようでした。貴族や平民といった身分制度はありませんでしたが、元老院の祖となる指導者達がおりました。初代国王オルトゥスはそのうちの一人、船の艦長でした」

「聖女様もその中に?」

「いいえ、彼女は機関室長の娘で船の中の教育機関の学生でした。ただ、その頃から【未来予知】があり、小さな、本当に些細な予知をしていました。ある日、動力トラブルの未来が見え、彼女の父親に知らせる為に機関室へ行ったのです。オルトゥスはたまたまそこにいて出会ってしまったのです。彼女の能力を知った彼はその力を欲し、手に入れようとしました」

 ハルト様のまるで見てきたかのようにお話になりますのがとても不思議ですが、今はそれを口にする時ではないので自制します。

「それからしばらくしてこの星にたどり着き、この場所が移住に適していると聖女によって示されました。そして星船の乗組員達はこの地に降りたのです。船を降りたオルトゥスは建国と同時に国王となりました。彼は唯一聖女の心だけは手に入れられず悲劇が起きました」

「───身を投げられたと」

「そうです。そこでオルトゥスは()に命じました。『ソフィアの複製(クローン)を作れ』と」

「あなたが? 千年前の出来事ですよね?」

「ええ。私はエンジニアでした。と言ってもこの今の私は当時の私ではありません。この体は【聖女の人形】よりもっとお粗末なまがい物です。端的に言うとハルト・カツラギの記憶を植え付けられた機械です」

 そう言ってハルト様はわたくし達に顔を近づけました。

「私の左目をご覧ください」

 そこには金属的な細工が光っていました。

 わたくしもセーレナ様も驚きを隠せません。

「私は本物のハルトに代わり六十四体の聖女の複製(クローン)の管理をしておりました。簡単に説明しますが、複製(クローン)とは聖女の体の一部から情報を抜き出して、それを元に聖女と同じ体を作ったものです」

「そんな事が可能なのですか? そのような技術を何故今は目にする事が無いのですか?」

「これは星船の中だけにある技術です。元老院は科学を嫌いました。ですが【聖女の人形】のために星船を維持しています。最低限の動力で」


 ふ、と小さく息を漏らし一拍置いてからハルトは暗い笑顔をわたくしに向けました。

「でもそれももう終わり。六十四体目、最後の複製(クローン)は放たれたのだから」

 ハルト様は自分をまがい物の人形と言っていたがそれは真実?

 ふいにわたくしの体に怖気が走りました。

 

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