番外編01 人形だって人になりたい
「はい、目を開けて」
ずっと きいていたけど、ボワボワしていない スッキリな こえ
ほかにも なんだか いろんな おと
めを あけると しってる ひと はっきり してる
「声は出せる?」
⋯⋯?
「こうして口を開けて、あーって」
くちに ゆび あててる
「───はー」
くちから なにか もれてる?
「う、うん。うまく出せないか」
くるり むこうを むいた
カタカタカタカタ、カタカタ、カタカタ
なんの おと?
よくわからない でも しってる
あそこでも きいていたかも
それだけ じゃない
ほかに いろんな ことばを しってる
カタカタ、タン!
「───!」
あたまに ピリッと きた
「どう?」
もう いっかい やるの?
「───あー」
「ふむ。では、今度は口をこうして、いー」
くちを こう?
「いー」
「うん、出来たね。発声が出来れば、あとは徐々に覚えていってもらおう」
それから毎日この白い服で黒い髪の男の人と、薄黄色の女の人がわたし(触って内側から感じられる個体の事)に色々教えてくれました。
その後しばらくして男の人が同じ見た目の人? を連れて来て、「彼と一緒にフローレスに行きなさい」と言って、透明な蓋の付いたベッドに入って行きました。
お隣には薄黄色の女の人がもう入っていて、すっかり寝ているようでした。
「私とは頭の中でも会話出来ますが、必ず口を使って話してください」
人っぽい何かがわたしに話しかけました。
「わかりました」
いつもは緩い服を着ていたけど、人っぽい何か⋯⋯。
「お名前は何ていうの?」
見上げて顔を合わせます。
「『ダミー』です。が、当面は『ハルト』、とお呼びください」
「はると」
「様を付けたほうが宜しいかと。『ハルト』様です」
「ハルト様」
「はい。何か御用ですか?」
「この服は何ていうの?」
ハルト様と呼べと言った人っぽい何かが『ワンピース』『エプロン』『ケープ』と教えてくれた。
「この国の女性は、だいたいこの揃いで着用するようです。さ、では参りましょう」
そう言ってわたしの手を取り、薄暗い廊下を右に左に曲がって、最後に大きな広間にやって来ました。
「これは外してはいけませんよ」
見たことのない謎の狭い部屋の椅子に乗せられ、カチャカチャと斜め上から紐を出しては肩から腰に巻き、頭に堅い半円形のものを被せられました。
⋯⋯ハルト様は自分で付けています。
あれこれ忙しく手を動かしているのをぼんやり見ていると、「では行きますよ」とハルト様は前を向きました。
つられて前を見ると目の前の壁が開いてそこに向かってゆっくりと⋯⋯、いえ、物凄い勢いで⋯⋯で⋯⋯⋯で!!
「???」
「驚かれましたか? 空中を、空を飛んでいるのですよ」
「そら」
言葉は知っているみたいです。
「いつも頭の上にある大きな空間です。あなたはずっと星船にいましたからわかりませんが、これからはルース家の方々と様々な色に染まる空を見ることになるでしょう」
ハルト様のゆったりとした低い声は、何だかとても心地良いです。
青だけではなく白いふわっとしたものも、しましまになったものもあります。
下を見ると茶色い所とか緑色の所とか、初めて見るものが沢山でだんだんクラクラしてきました。
少し落ち着こうと目を閉じたままでいたら眠ってしまいました。
「起きてください。着きましたよ」
ハルト様に起こされ、抱きかかえられてその地に降りました。
目に入るもの全てが初めてで、物の名前もわかりません。
足元は平らではなくて歩きにくいし、地面からおおきな緑色のものも生えています。
きっと聞けば言葉は知っている気がします。
でも、何より嗅いだことのない匂いもして、ちょっと落ち着かないのです。
ハルト様はこちらへ歩いてきた人達と話していて、助けを求められません。
「では、私は星船に戻ります。あなたはこの方々と一緒に暮らすのです。どうかお元気で」
そう言って先程まで私が乗っていたもので行ってしまいました。
どうしたらいいのでしょう。
目の前がぼんやりして何も考えられないのです。
「おうちで休む? ミルクとクッキーあるよ!」
突然、ぐいと手を取られました。
私より大きいけれどハルト様よりはかなり小さい男の人が見つめていました。
急に視界がはっきりしました。
これは何でしょう。
ふわふわほわほわ。
「ふふっ。びっくりしてる?」
ハルト様よりうんと高い声。
この声もとっても心地良い!
わたしの個体名は『パティ』だそうです。
大きな男の人『ウォルター』または『おとうさま』がそう教えてくれました。
隣にいるのは『イルマ』または『おかあさま』。
そして手を引いてくれたのは『ジョイル』または『おにいさま』。
「父さん、この子、個体名とか言ってるけど」
「ちょっと特殊な育ちでね、⋯⋯普通の女の子として育てて欲しいと、ある人から頼まれてるんだ」
それはもしかして?
「黒い髪のシュッとした人と、薄黄色のふわふわな女の人?」
「ふふ。そうだよ」
「おとうさま、おかあさま、それとおにいさま。どうぞよろしくお願いします」
「では、早速おかえりなさいのお食事にしましょう」
そうしてわたしはルース家に入ったのです。
のちに両親や兄からは病気療養で五歳までの数年間離れて暮らしていたけれど、快癒してフローレスに戻ったと教えてくれました。
時折ハルト様がフローレスにいらっしゃいましたが、私とはあまり接することなくお帰りになりました。
私は療養の期間が長く何事も一人では出来なかったので、両親がとても優しく生活の全てを教えてくれました。
お兄様とは一緒にお勉強をしたり、遊んだりしましたが、時折度を越したお転婆をしてしまってお母様に叱られた事もありました。
お兄様はいつもにこにこと私に微笑みかけてくれたし、嫌な事があると抱き留めて頭を撫でてくれました。
そんな楽しい生活が五年程過ぎたある日、派手な馬車がフローレス神殿の前に停まりました。
降り立って来たのも派手な服を着た、お兄様と同じ位の少年でした。
その方はディルクルム王太子殿下との事で、両親に促されてお兄様と一緒にご挨拶に伺いました。
目を伏せつつ、殿下の御前で膝を折ろうとしたその時でした。
突然両腕を掴まれガクガクと揺さぶられました。
「私の妃になれ!」
やめてください。痛いです。
そう言えたらどんなに良かったか。
『王族に逆らってはいけない』と教えられていたので、なすがままです。
グッと堪えていると、横からハルト様が止めに入って下さいました。
嫌です。恐ろしいです。
私は意識を手放してしまいました。
私が意識を取り戻した頃には王太子殿下はお帰りになっていました。
三日も起きなかったそうで、お兄様が「よっぽど嫌だったんだな」と物騒な目で笑っていました。
それからは本当に酷い日々でした。
王城とフローレス神殿の間で繋がっている機械で、毎日のように王太子殿下からメッセージが送られてきました。
失礼に当たるので一応短い返信をしましたが、苦痛でしかありませんでした。
王太子殿下は一年に一度、フローレス神殿の点検にハルト様とやって来ましたが、それ以外にも訪れる事もありました。
馬車で往復ふた月もかかるというのに、王太子と言うのはそんなに暇なのでしょうか。
そうこうしているうちに四年の月日が過ぎ、王家から婚約を命じられました。
婚約者となったからには、翌年王都の学園に通うために王城へ上がれと言い渡されました。
私の気持ちや都合など一度も聞かれませんでしたし、どうでもいいようです。
お父様やお母様、何よりお兄様と離れて暮らすのは寂しくて、王太子殿下と毎日顔を合わせなければならないなんて悲しくて仕方ありません。
お兄様は時々王都近くの大神殿でお手伝いをされるので、その時にお会い出来たらと思っていましたが、王太子殿下は私の行動範囲を王城と学園のみと決めてしまいました。
どれだけ狭量なのかと腹が立ちましたが、口には出せません。
もっとも学園のカリキュラムと王太子妃教育が山のように私に覆いかぶさってきましたので、先の二箇所以外、足を踏み出す余裕さえありませんでしたが。
わたくしは学ぶ事は好きですので忙しくも楽しみつつ出来ました。
ですが、それ以外の、特にディルクルム様との交流は何一つ思い出せません。
おそらくその頃には、ディルクルム様のわたくしに向けられた狂気に満ちた執着は無くなっていた⋯⋯様な気も致します。
学園を卒業し、成人となればいよいよ婚礼です。
この頃にはすっかり諦めの境地に達しておりました。
子をなすための行為も、作業だと割り切って臨みました。
ディルクルム様はなかなか子が出来ない事に苛立っておいででしたが、クレプスクルム陛下が壮健でいらっしゃるので、どなたもわたくしを責める事はありませんでした。
セーレナ王妃陛下は凛として厳しそうなお顔立ちではありますが、とてもお優しくわたくしに接して下さいました。
婚礼から一年経った頃、とてもお元気でいらしたクレプスクルム陛下が崩御されました。
自死だったそうです。
思い出してみれば、少し挙動がおかしかったかも知れません。
ここ最近はわたくしを見るなり踵を返して走り去って行ったり、ディルクルム様や王妃陛下を罵倒している姿をお見かけしました。
わたくしの理解の範疇を超えておりましたし、血縁だけの問題かと思いあまり気に留めませんでした。
クレプスクルム陛下の葬儀は、主塔の隣の聖堂で執り行われました。
とても美しいバラ窓があり、繊細な意匠の建物です。
神殿長のハルト様とその後ろに補佐としてお兄様を見つけた時には、こんな場であるのにも関わらず嬉しく感じました。
葬儀の後、ハルト様とお兄様にご挨拶しておりましたら、鬼の形相でディルクルム様がやって来て、わたくしは無理やり主塔に押し込められました。
何年ぶりかでお会い出来たお兄様ですのに!
諦めて聖堂の出口を主塔の上階から見ておりましたら、お帰りになるお兄様が私に気が付いて手を振って下さいました。
やっぱりお兄様はお優しいのです。
葬儀が終わりますと、次はディルクルム様が即位されるわけです。
そうしますと必然的にわたくしが王妃になるのです。
今までよりも更に国民に寄り添い、より良き社会を目指さねばなりません。
⋯⋯が、フローレスと王城と学園しか知らないわたくしに、何か出来ることなどあるのでしょうか。
ディルクルム様はわたくしと内政の話などされませんので、⋯⋯というより、とにかくわたくしを見つめるばかりで話などされませんし。
気分が悪くなるので、セーレナ王太后陛下に教えを請うことにしましょう。
約一年後、とんでもない事態になりました。
ディルクルム陛下は初代国王陛下もろとも聖堂の塔から身を投げて、この世を去りました。
反射的に皆様とお二人の後を追ったのですが、正直只々呆然と見送っていたという感じです。
手摺から落ちてゆくディルクルム様は、わたくしを見て微笑まれた様な気がしました。
いえ、でも、わたくしの隣にはソフィア様がいらしたので、わたくしでは無いのかも知れません。
ディルクルム様はわたくしこそ人形だとおっしゃいましたが、確かにそうなんだと思います。
事実複製なのですし。
人形だからこそ、こんなにディルクルム様の死を悲しむ事が出来ないのです。
解放された、そんな気持ちが大きいのです。
ひとでなし。人でないんです。きっと。
そうお兄様に零しましたら大変悲しそうなお顔をされました。
そっとわたくしを包んで下さって、
「誰が何と言おうとフローレスに連れて帰るから」
そう言ってさらに強く抱きしめて下さいました。
目が熱くなって何かが流れ落ちてきました。
ああ、わたくし泣いているんですね?
これが涙を流すという現象。
初めての経験です。
⋯⋯。
それからハルト様とソフィア様が新しい国王アルドー陛下に掛け合ってくださって、私は王族から籍を抜かれフローレスへ帰ることとなりました。
ジョイルが私に求婚してくれたので「子供は望めない」旨を話しましたが、それでも構わないと言ってくれました。
フローレスのお義父様、お義母様も了承しているとの事です。
私は再びパティに戻ります。
まだまだ沢山学ばなければならない事があります。
王都での引き継ぎを終えたら、ハルト様達もフローレスへいらっしゃるそうです。
その時までにもっと人として成長して、お二人を驚かせたいです。
ヒロインの筈が影が薄いパティエンス。
それもその筈、な回想録です。




