12 戴冠の儀 〈01〉
建国祭まであと三日。
祭りの準備はほぼ終わり開催を待つだけになった王都には、各地からギリギリになってやって来た観光客でごった返している。
遠方の貴族は建国祭から始まる社交の季節の為に、ひと月程前からタウンハウスで暮らし始める。
俺がいた頃は、そんな貴族の習慣なんぞなかった。
まだ星船の延長のような上下関係で、毎日が開拓と討伐ばかりだった。
それ故普段華美な装いは無駄で好まれなかったが、建国祭ばかりは派手に着飾って鬱憤を晴らしていた。
それが今では押し付けられた清貧を、年に一度ぶん投げる祭りになっているようだ。
マグノリアの花をモチーフとした飾りや模様を、普段は着ない華やかな色合いの服にデコレートする。
王都全てが浮き足立っているようだ。
建国祭や戴冠の儀は王城と並ぶ聖堂で行われる為、聖女を祀る大神殿は王都の喧騒とは縁遠い。
そんな大神殿に俺は降り立った。
「やぁ、久しぶりだねぇ。ハルト、ソフィア」
「ああ、その煩さは久しぶりだな」
ハルトの罵倒は生で聴くと余計に楽しいねぇ。
「それにしてもこの格納庫、よく動いたねぇ」
星船の格納庫のハッチにスロープを外側に付けて、艦内に格納した偵察機の出し入れをする。
上陸した当初はまだこの星の探査に偵察機を飛ばしていたからだ。
「極々稀にフローレスに高速で行かねばならない時に使っている。今回は作業用ロボット総出で貴方の小型機を入れるスペースを確保したせいで、電力がカツカツになった」
「おやぁ、貴様とは言わないんだぁ?」
「煩いな。呼んで欲しいならそうするが?」
「ちょっと、茶化すなら帰って。何企んでるんだか知らないけど、これ以上私達に関わらないでよ」
二人とも全力で嫌がっていて面白いよなぁ。
「ハハッ、怖いねぇ。ところで星船の俺の部屋は使える?」
「無理だ。ずっと封鎖している上に、私の生活圏内しか電力が回らない。無駄な電力使わせたのは誰だ? 大神殿の貴賓室にでも居てくれ」
「残念だねぇ。ちょっと懐かしくなっちゃったんだよぉ。カフェテリアは? ⋯⋯そこも駄目かぁ」
ちょっとばかり郷愁に耽っているとソフィアが首を捻った。
「その姿、加工無しなの?」
「多少手は加えてあるよぉ。俺はデザイナーズチャイルドだ。そのせいなのか寿命がちょっと長い。ああ、勿論ずっと起きていた訳じゃないよぉ」
「ふうん、一体いつ出ていったの?」
俺はドーン商会の交易船と連絡を取りつつこの星の地盤を作り上げ、即位後十年でアンドロイドに任せて出て行った。
交易船で本星の拠点に戻り、陰に徹してマグノリアの発展を見守った。
そんな話を大袈裟に美談風に語る。
「そもそもさぁ、こんな辺境で『自然に囲まれ清貧に』なんて俺にできる訳ないよぉ。【ステーション】生まれで静けさとは無縁な育ちなんだぜぇ? 我慢出来ないねぇ。ほら、副船長のあいつが『自然な暮らしがしたい』とか言い出したからお膳立てしてやっただけだよぉ」
「成る程ね、ここに来るまでの過程を楽しんだ訳だ」
我が意を得たりと両手の人差し指をハルトに向けて口の端を引き上げた。
死ぬ程嫌そうな顔を揃ってしてて楽しい。
「でもさぁ、君達っていう面白ピースが揃って出てきちゃったからさ、もうちょっとお付き合いしようかなって」
「貴様、本当に腹が立つ奴だな」
「あ、戻った。アハハハハ!」
「ねえ、面白ピースって何よ」
「ハルトの出自の珍しさと、ソフィアのギフトが恋仲ってさぁ! 面白すぎだろぉ!」
満面の笑みで両手を広げて中年の男がクルクル回る恐怖を味わうがいい。
「⋯⋯え、何? それだけで? 私のギフトなんて占い師並みの信憑性の無さなのに?」
「俺は愛だの恋だの、他人が好きってのがさっぱりわかんないんだよぉ。知識では知ってるよ? 哲学も心理学も恋愛小説も片っ端から頭に入れたけどねぇ、理解できないんだよ。感情として」
「千年も貴様にいいように遊ばれただけか。貴様は楽しい思いをしただろうが、私達には苦痛でしかない」
「それで貴方は理解できたの? 長い時をかけて、沢山の人の心をいいように動かして」
相変わらず綺麗な暁色の瞳で真っ直ぐ俺を見る。
「どうかなぁ。そうだ、ずっと拒否してるけど、俺の未来見てくれない? わかる時が来るのかどうか」
「⋯⋯」嫌そうに両手を握り、首を振り続ける。
「駄目かなぁ」
「嫌よ。そもそもこのギフトは、そうしたいと思って発動するものじゃないわ。⋯⋯それに良い未来でも悪い未来でも、貴方に私の想いが引き回されるのはお断りよ」
「残念、一度くらい見てもらいたかったんだけどねぇ」
触れる事で未来が見えると言うのは知っていた。
でもソフィアは初めて会った時から、ずっと俺に触れなかった。
こちらから触れようと試みたが、いつも躱されていた。
ただ嫌われているだけかと思っていたが、見た相手に共感してしまうとは考えが及ばなかったなぁ。
「シャハル、貴方はこれからどうしたいんだ? 私達は六十四人目まで見届けた。もう終わりにしたいんだ。これからは自分達の時を紡ぎたい」
「貴方に振り回されたくないの」
急に真顔になるのやめて欲しいなぁ。
これは冗談じゃなく本気で嫌がってるって事なんだよなぁ?
まいったね。
俺と合わない奴は大抵凄い勢いで逃げて行くから、どう返していいか解らないなぁ。
「⋯⋯あー、とりあえず戴冠の儀に出たら、商会の方に帰るよ?」
「そうか。私達は星船を出る。儀式が終わったら、さよならだ」
「ディルクルムの人形はどうするつもりだ?」
「サピエンティア公爵がディルクルム陛下に全て明らかにした。頭の中の貴方の声が消えた事でかなり落ち着きを取り戻している。【聖女の人形】もパティエンスも手放すそうだ」
なかなかの逸材だったんだがなぁ。
思い込みが激しくて、思考を誘導するのも楽だったんだよなぁ。
「それに⋯⋯」
ハルトが天井の一角を見上げた。
「今、あそこのカメラから全部見聞きしているよ」
「⋯⋯は?」
「格納庫に監視カメラがあるのは当たり前だろう? かなりの年代物だけど」
ガタリ、と奥の扉が開き険しい顔でディルクルムとアルドーが入って来た。
「ディルクルム共々全部聞きました。自分にその血が流れてるのかと思うと世を儚んでしまいますね、オルトゥス陛下? ドーン商会長の方が良いですか?」
「繋がっていると言っても、かなり薄まってるだろぅ?」
「私の母は『農務』エピ公爵家の出ですからね、一周回って濃くなってますよ」
「あ、あー、副船長は『農務』になったんだったなぁ。俺はオルトゥスの役を演っただけだからドーンでいいよ。それが一番長い」
ソフィアのクローンを妃に据えたが、三年経っても孕まない事に周りが騒ぎ出した。
『農務』担当になった副船長のエピが、娘を側妃にと差し出してきた。
クローンに生殖能力はないし、行為自体する気が起こらないんだから孕まなくて当然だ。
農務の娘には人工授精で妊娠してもらった。
「陛下、ここではなんですから、大神殿の貴賓室へ移動しましょうか?」
「いや、いい。すぐに王城へ戻らねばならん。⋯⋯聖女様、今までの事を謝罪します。さぞご不快であったでしょう」
すっかりいい子になっちゃってるなぁ。ちょくちょく様子を見て弄ってたのにな。
「こちらこそ酷い態度をとった事をお許し下さい。王族の男子は全員おかしいと思い込んでました。⋯⋯シャハルのせいなのに」
ギロリと睨んでくる。本当、気が強い。
「ドーン商会長、私の戴冠の儀には必ずお越しください。良い席をご用意致しますので」
「ああ、勿論。陰ながら行く末を案じていたが、こんなに発展しているとは大変喜ばしいねぇ」
「⋯⋯お待ち申し上げます。では私はこれで。叔父上、戻りましょう」
意味ありげに俺を見て何かを言いかけたが、ぐっと口を引き結んでディルクルムは去って行った。
アルドーはハルトに小声で何か呟き、ディルクルムの後を追った。
「ではシャハル。貴賓室に案内しよう」
それを合図に、陰から出てきた若い男が荷物をカートに乗せ始めた。
名前はなんだったか、ソフィアの弟によく似ている。
「あいつらは何で君らと一緒に出てこなかったんだい?」
「『初代国王の人となりが見てみたい』と言われたのでね。王族の命令だ。逆らえないだろう?」
「偉そうだな」
「貴様の子孫だからな。こちらは見た目若造の平民だ」
「子孫て言っても俺は子種を渡しただけで、行為も子育てもしてないしねぇ」
何だか嫌な流れだな。
さっさと逃げ出したい思いに駆られるが、それをするのはもっとヤバい気がするねぇ。
仕方ない。
戴冠の儀まで情報収集して過ごすか。




