11 初めの王と終わりの王 〈02〉
リノリウムの床と、変なポップな柄の壁紙。
樹脂と金属で出来た角の丸いテーブルは、四人掛けのイスと一体化している。
ニコニコ笑う配膳のおばさんが渡してくれるのは、トレイに乗せらせたペースト状の何か。
もう遥か昔のことなのにすぐにでも思い出せる、俺の過去。
本星の軌道上に据えられた交易船との中継窓口、通称【ステーション】。
俺の父は【ステーション】の所長だった。
モノの良し悪しはきちんと嗅ぎ分けられる男だったが、いかんせん気が小さかった。
いつもオドオドしていたが、しっかりやる事はやって小銭を稼いでいた。
積もり積もって、俺みたいな子供を作ることが出来た。
デザイナーズチャイルド。
遺伝病や染色体異常、免疫疾患なんかはもう基本的に避ける事は出来ていたが、頭の出来なんかは付加価値が付いていてちょっとお高め。
ちょっとだけ魅力的な金色の髪に紫色の瞳も付け加える。
そんな感じで出来たのが俺、ジェームズ・ジョンソン。
金を積んだ割には、何ともどこにでも居る名前。
何を思って作ったのか知らないが、生活の場が【ステーション】の中では大した刺激もなく、茫洋とした暮らしで宝の持ち腐れだった。
リノリウムの床とロリポップ柄の壁紙のカフェテリアで、外宇宙から来た大人達に混ざって下品に笑う俺。
流石に親も高い金を出して天才を作ったのに、こんなボンクラではまずいと思ったらしく、本星のカレッジに俺を放り込んだ。
初めのうちは慣れるだけで精一杯だったが、気付けば周りに人が集まっていた。
【ステーション】と同じ様なカフェテリアで、学友どもを侍らす日々。
このあたりから解ったのだが、どうやら頭が良い事の他に人を使う事に長けていたようだ。
自分でも面白くなってきて心理学を学んだり、宗教やら哲学やらエセ科学やら自己啓発本、本という本を読み漁った。
情報は武器。
どんなにくだらなくても何かに役立つ。
カレッジの人間も情報だ。
使えそうだと思ったモノは何でも手に入れた。
そこからは起業しては廃業、そしてまた起業。
その頃、俺はシャハル・ドーンと名乗った。
シャハルもドーンも夜明けだ。
いつだったか、どこかの女が俺の瞳をそう言っていた。
起業するにはもってこいの名前かなぁ? 軽い気持ちだった。
商会が大きくなれば圧力がかかってくるが、人心掌握とちょっとしたプレゼントで無事解決。
そんな中、商会の従業員の中に「自然の暮らしがしたい」なんて夢物語を語る奴がいた。
本星は汚染だらけ、近隣の移住星もジワジワと汚染されつつある。
惑星探査人達が移住可能な惑星を探し出しているが、星船に乗る金もない。
従業員の嘆き方が何だかツボに入って面白くなってきて、「俺が稼いでやるよぉ!」なんて大見得切ってしまった。
カレッジで繋げたあらゆるネットワークで事業を拡大した。
損切りも早く、リスクは少なく、最大限の利益を。
そこそこ時間は掛かったが、辺境の安い惑星と小さな星船を手に入れた。
渡航は長いが方法はある。
星船は小さくても設備に金は惜しまない。
そんな折やって来たのがハルト・カツラギだ。
生命維持に重要なカプセルのエンジニアだった。
俺の暁と真昼の太陽の色合いとは全く逆の、夜の帷の瞳と髪。
あらゆる人種が混じり合った人間が当たり前の世の中で、未だに特定の国でしか使われなかった名前とその地域特有の特徴を持つ人間など初めて見た。
むやみやたらと手に入れたくなったが、どうにも他の奴らと違う。
出向先の社長に対する礼はきちんとしているが、一歩引いて分厚い壁を感じた。
こんなに手こずった事はない。
さくっと実力行使して星船に乗せて、そのまま出航した。
目覚めたハルトは激昂したが、既に本星は遠く目的地まで中継なしだ。
しばらくすると大人しくなった。
なべて世は事もなし⋯⋯だ。
とはいえ、全く事件事故が無かったわけでもない。
艦長として定期的に艦内を視察するのは職務でもあり、新たな人心掌握だ。
あの日、機関室で無骨な室長に会っていると少女が飛び込んできた。
艦内で動きやすいように作られた緑のジャンプスーツに、ふわりと淡い金髪を纏わせていた。
なんでも機関室で火災が起きるだろうから点検しろ、と身振り手振り忙しくまくし立てている。
その動きが面白すぎてニヤニヤ笑っていたら父娘に白い目で見られた。
そこにいる全員で機関室の点検をするとボヤになりかけを発見して事なきを得た。
なんだ、そのギフト、その娘が気に入った。
嫌そうな顔をこちらに向けているが、俺と同じ暁色の瞳が美しくてますます欲しくなった。
人の意識は面白い。
気になるものが定まるとそれの情報が自然に耳に入ってくるようになる。
・ソフィア・ルース
・機関室長の娘
・予知のギフト持ち
・医療室のエンジニア ハルト・カツラギの恋人
最後なにそれ。
面白いに面白いが重なっちゃったよ。
もうちょっかい入れるしかないでしょ。
女の体に興味もないし性欲もなかったが、何としてもソフィアを手にしたくなった。
毎日の様にソフィアに会いに行っては交際を迫った。
十五歳は離れている小娘に纏わりつく船長など笑いの種になったが、そんなものお構い無しだ。
「予知のギフトはこれからの航海と開墾に役に立つぞ」
とか言えば、皆何も言わなくなった。
目的の惑星の軌道上でどの辺りに着陸するか調査していた折、
「あの白い花が咲いている所がいいみたい」
そうソフィアが言った。
俺の取り巻きどもはそれを聞き逃さず、予知でそこを指定したと言って責任を取らせようとした。
つまりは俺の求婚を受け入れろと言う訳だ。
その気のないソフィアは、勿論反発した。
それにしてもハルトといい、ソフィア父娘といい、俺に靡かない奴はとことん靡かない。
カフェテリアのあるアトリウムの3階でソフィアを口説いていたら、あの娘、身投げしやがった。
吸い込まれるように墜ちていった。
髪がキラキラ光って綺麗だった。
─────リノリウムの床に横たわるソフィアの足があらぬ方向に向いていたのを覚えている。
それからソフィアは医療棟に運ばれて行った。
ハルトの口から危篤状態を告げられた。
それならば、と、
「ソフィアの複製を作れ」
ハルトに命じた。
「意思はいらない。予知は発現するならそれに越したことはない。無いなら副脳を付けて管理しろ」
ハルトは相当ムカついていたようだが、受け入れた。
何か思惑があるのかも知れないねぇ。
「クローンは六十四体。最初のは俺の妻にする。生殖能力も必要ない。その後は代々の妾だ。人型コンピュータとして活用させろ」
眉間に皺を寄せて俺を睨んでくるハルトなんて、珍しくて面白いねぇ。
「準備期間は二年。お前は上陸する事はゆるさん」
従順なハルトが何となく気に入らないから星船に閉じ込めて、俺は俺でハルトをおちょくる何かを作ろうかなぁ。
楽しくなってきたよぉ。




