09 聖女と人形 〈02〉
「──ソフィア。聖女フィア本人よ。六十四人目は私じゃないわ。パティエンスよ」
アルドー閣下にそう告げたと同時にパティとジョイルがなだれ込んできた。
「うわ。タイミング最悪」両頬を手で覆い天を見上げてしまったわ。
「パティ! 大丈夫? 落ち着いて!」ジョイルがパティを抱きとめている。
安堵した瞬間、「まずは落ち着きなさい。パティ。S64P──」
やだ、待って、ハルト!
「駄目! ハルト! コマンドは容赦なさすぎよ! 落ち着くのは貴方の方よ!」
慌ててハルトの口を塞ぐ。
何してるのよ! そんな事したら駄目よ。
「ソフィア様、ハルト様は一体何を? パティは落ち着いた?」
パティの頭をジョイルが優しく撫でている。
あー、優しいなあ、ジョイルは。
「すまない。パティの自我を奪ってしまうところだった。ああ、本当に非道い事をしてしまう所だった」
ハルトの声がとても悔恨に満ちてる。ついやっちゃったって感じなのね。
今までの人形はそれでいいけど、パティは駄目だよ。
ハルトは公の場では『私』で冷静沈着風だけど、実はプライベートは『僕』で案外おっとりな人。
慌ててしまうと地が出ちゃうんよね。
パティはジョイルの腕の中からこちらを伺ってる。
──そりゃそうだよね。
サピエンティア公爵アルドー閣下は腕を組み立っていた。
「お兄様、もう大丈夫。ありがとう」
一足先にパティが落ち着きを取り戻した。ジョイルの背中に一度手を回して軽く抱きついてからゆっくり離れた。
なんか愛が溢れてる!
「神殿長、パティエンスは【聖女の人形】なのかい?」
アルドー閣下はタイミングを見計らっていたみたい。
「そうです。五歳までここで⋯⋯あの水槽で育てた後に、ルース家に託しました」
「わたくし、生まれてからずっとフローレスにいた記憶があるのです⋯⋯が」
「そういう風に育てたんだよ。空いた期間を埋めるように、ね。ごめんね、パティ」
ジョイルの言葉にハルトと私は頷く。
「どうしても六十四代目には私が対峙したかったの。私が逃げた結果だから。パティの前の子達は最小限の情操しかしていなくて、見ていてなんだか悲しくて。だって、自分と同じ姿なんだもの」
「いくつか質問してもいいかな?」
アルドー閣下は考え込むような素振りで、ハルトに向き直った。
「パティエンスが人形だとして、彼女には先程言っていた情報を精査するという物を脳に埋め込んでいるのかい?」
「ええ。五歳まで育てる過程で基礎的な設計を施しましたが。他の人形達は国王のもとで施策を練る為に、双方向に情報の出し入れをする術を教えていました。パティには人形ではなく人として育って欲しかったので、その機能は使われておりません」
「そう、先程のコマンドというのは?」
「基礎的な設計に、外部から強制的に実行させる為の言葉です。人形それぞれのSから始まる個体番号に命令したい単語を組み合わせたものです。意図しない動きを見せた時に使います。私はなるべく彼女達【聖女の人形】を人形として見るように心掛けていました。そうでもしないとソフィアが食い潰されるようで⋯⋯!」
ハルトは両手で顔を覆ってしまった。
そう、ずっとハルトは私を想ってくれてる。
「君達は婚約していたんだったね」
ハルトは私とずっと長い間、一緒にいてくれた。
アトリウムから落ちて大怪我を負った時、必死で治療してくれた。
そもそもダミー君に丸投げして【聖女の人形】の管理なんてしなくていい。
何より最後の六十四人目を見届けたい、と言い出した私を放り出しても良かったのに。
「コマンドで命令してしまうと彼女の尊厳を蔑ろにするばかりではなくて、下手をしたら今まで彼女が積み重ねてきた想いも消してしまうかも知れなかったんです。本当に迂闊でした。すまない、パティ。⋯⋯それとありがとう、ソフィア」
「パティ、貴女にはきちんと伝えるつもりだったのよ。こんな不意打ちではなく。昨日ディルクルムに私が会う前に話すべきだったんでしょうね」
「正直一度に色々ありすぎて訳がわかりませんが、とりあえず落ち着きました。謝罪を受け入れます、神殿長」
「ありがとう、パティ。昨日の陛下の態度は私達の予想を超えていた。ソフィアにあんなに反応するとは思ってなかったんだ。⋯⋯パティ、君と陛下はもう出会ってしまっていたから。やはり何か陛下に干渉するものがあるのかも知れない」
「ああ、それで【国王の間】なのだね。神殿長がパティエンスにしたみたいな『コマンド』で操作されていると?」
閣下は鋭い。でも、ちょっと惜しい。あれ?
「あ、あの! 閣下は聖女様と会っても、私と最初に会った時も何ともなかったんですか?」
⋯⋯クローンて同時に同じ様に考えるのかしら? 丁度疑問に思ったの。
「⋯⋯なんともとは?」
「開口一番『妃になれ!』でした」
「口をポカンと開けてジロジロ見たり、触ってこようとしたり」
パティと私は顔を合わせて「「⋯⋯気持ち悪い」」ああ、やっぱり同じなのねえ。
「⋯⋯そういうのは、ないね」
閣下は引き気味。ですよねー。
「【国王の間】の何かが、国王や王太子に干渉できるのでは無いかと、私達は考えたのです」
「成る程」
「元老院は良い顔をしなかったが、シャハルがどうしてもこれだけは譲れないと言って義務化させたのが、生体認証のイヤーカフです。貴族だけなので王都で登録が出来ますし、集めたデータは星船で管理しています。王族に限っては、もしかすると【国王の間】でも管理されている可能性もあります。私はシャハルから【聖女の人形】を依頼されてから二年、ここを離れる事を許されなかったので、王都で何が建設されたか知らないのです」
「でも、私達にはそれを確認する手立てがないの。閣下と同じように私達も入れないから」
「⋯⋯ディルクルムを何とかするか」
「!!」
私を含めた四人の視線が閣下に集中。
⋯⋯何とかって何?
視線に気づいた閣下が「あ、いや、そうではなく」ちょっと慌てた。
「物騒な意味ではないよ。あくまでも同行をお願いする。⋯⋯お願いして同行させていただく⋯⋯」
閣下は言い回しの罠に引っかかってしまったようです。
大丈夫です。理解しました。
「【国王の間】は東西南北の四方の塔の中央にある主塔にある。王の執務室から行けるはずだ」
「あ、地上にあるんですね。もしかして衛星と通信してるんですかね? だとしたら地下より地上の方が良いですからね。僕、衛星の解析までした事はなかったな」
「ジョイル、通信とは? 衛星?」
王族の閣下でもそういうのは知らないのね。不思議。
「僕の一族、ルース家の本当の仕事はフローレス神殿で聖女様を祀るんではなく、本星との中継ぎをしてくれている星間交易船との窓口なんです。この星には一つの国家しか無いので元老院に『外務』が無いのはご存知でしょう。でも実はルース家が『外務』なんです。交易船とはここにあるみたいな機械で文字や音声で会話してるんです。それが通信」
「そしてそれを中継するのが宇宙に浮かんでいる機械『衛星』です。星船が地上に降りる時に浮かべて、その後のメンテナンスは交易船が行っています」
「王族にいて知らない事だらけっていうのは⋯⋯、なんというか堪えるな」
「仕方ないわ。全部シャハルが悪いのよ」
「初代国王への認識がどんどん揺らいでゆくようだよ。⋯⋯何にしてもディルクルムを何とかしなければならないね」
それから夜が更けるまで会合は続いた。
それぞれ公務や戴冠の儀、建国祭の準備で忙しく次に一堂に会すのが難しい。
どうにか十日後には都合が付きそうなので、その時にディルクルムに会いに行く事になった。
───なかなか先に進まないわね。




