表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

8/27

迫り来る危機と決断のとき

皆を集めたその日の午後。


村の空気は、朝とはまるで違っていた。


遠くに見えていた黒煙は、今やはっきりと濃い影となり、焦げた臭いや鉄のような匂いを村まで運んでくる。


見上げれば、あの赤黒い旗――帝国のものだ。


「……帝国、だ」


村人たちの顔が、不安と恐怖に曇る。


畑から戻った男たち、家事の手を止めた女たち、子どもを抱きしめる母親。


誰もが声を潜め、どうすればいいのかと顔を見合わせていた。


村長は額に汗を浮かべ、震えた声で叫ぶ。


「もうダメだ……! みんな、逃げるんだ! 戦ったって勝てるわけがねぇ!」


ざわめきが村中に広がる。


帝国――ゼルファス帝国。


奴隷制度が合法で、武力こそ正義。弱者は切り捨てられる、冷酷な国だ。


「あいつらに見つかったら、どうなるか分かってるだろ……」


小さく誰かが呟く。


「男は抵抗すれば殺される。運がよくて奴隷にされる。


女や子どもも、連れて行かれて、もう二度と戻れなくなるって……」


恐怖が村全体を覆い尽くす。


“帝国に目をつけられた村”の末路は、昔から噂になっていた。


『帝国に踏み荒らされた村は、何も残らない……』


誰もが、次は自分たちの番かもしれない――そんな絶望に飲み込まれそうになっていた。


――その時、道場主のガイが堂々と前に出た。


「まだ諦めるな! 道場の連中なら多少の戦い方は身についてる。


カミナの作った罠や防御策もある。俺たちで村を守る手は、まだ残ってる!」


村長は震える声で食い下がる。


「ガイ、お前……なにを言ってる。相手は帝国だぞ、村の人間だけでどうにかできるはずが――」


だが、その言葉を遮るように、俺も一歩前に踏み出して叫んだ。


「――逃げてるだけじゃ、何も守れない!


この村で生まれて、この村で育った俺たちだからこそ、できることがあるはずだ。


絶対に、ここを守り抜こう!」


一瞬、村人たちは息を飲んでこちらを見た。


しばし沈黙――


ふいに、リーナが前に出て、静かに言う。


「私も、この村を守りたい。みんなで力を合わせれば、きっとできるわ」


やがて、一人がぽつりと呟く。


「カミナなら、なんとかしてくれるかもしれん。村のために色々作ってくれたし……使ったことはないが、村の周りにも色々置いてただろ?」


すかさずジークが声を上げる。


「変なものじゃないぞ。あれは帝国が来た時の対策の罠だ。兄貴は、いざって時のためにいつも準備してたんだ。俺も暇な時に手伝ってたしな。」


「よし、やるか!」


最初はぽつぽつだった声が、「俺も!」「私もだ!」とどんどん広がっていく。


村の空気が、一気に変わった。


村長の許可も下り、すぐに作戦会議が始まる。


ガイが中心になって役割を分担し、道場の仲間や若者たちが罠や防御の準備に走る。


ティナはおずおずとみんなの輪に加わり、


「私……道場で怪我をした人の手当ては慣れているので、包帯や薬草の準備なら任せてください」と、小さな声で手を挙げた。


その一言に、周りの女性たちも「ティナがいれば安心だね」「ありがとう、頼りにしてるよ」と、自然と笑顔がこぼれる。


カミナはすぐに、用意していた治療道具をティナたちに託し、「ティナ姐頼んだ!」と背中を押した。


こうしてティナを中心に、治療班や物資の管理を任せることが決まった。


俺は村の地図を広げると、脳内でボルトが即座に指示をくれる。


『相棒、準備してきた通りだ。この村の入り口に見立てた柵、丘を上手に使え。進入ルートを絞って、落とし穴に誘い込め。火攻めの準備も忘れるなよ』


(わかってる。投石用のスリングや油も揃えてある)


村人たちは、役割分担のもと、次々と作業に取りかかった。


ガイが陣頭指揮を執り、ジークは最前線のリーダーとして仲間を鼓舞する。


みんなの顔には、不安ではなく決意の色が浮かび始めていた。


やがて夕刻。


遠くの道に、帝国兵の姿がはっきり見えた。


赤黒い旗、鈍く光る武器、揃った軍靴の音が大地を震わせる。


森の鳥たちは鳴き声を止め、空気が張り詰める。


誰かがごくりと息をのむ音が、やけに大きく響いた。


けれど――


俺たちはもう、逃げない。


ただひとつの信念を胸に、村を守るために立ち上がった。


『相棒、いよいよだな。ここまで来たら後はやるだけだ』


「ああ。俺”一人”じゃない。みんなで、この村を守り抜く!」


冷たい風が頬を撫でる中、


俺は震える拳を強く握りしめた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ