平和な日常と、忍び寄る影
朝焼けの光が、村外れの小さな道場をやさしく照らしていた。
踏みしめられてすり減った床、壁に刻まれた無数の傷跡。五歳のころからここで汗を流してきた俺の原点だ。
「はいっ! もう一発、気合い入れてこーい!」
父さん――ガイの豪快な声が梁まで響く。元・騎士団の父は筋骨隆々で、ガハハと笑えば子どもも泣くほど迫力がある。でも村では一番頼られてる人だ。
「へいへい、行くぞジーク!」
木剣を構える俺に、弟のジークがニカッと笑う。褐色の肌に筋肉モリモリ、力任せに突っ込んでくるバカ正直な剣筋。けど、いつも全力でぶつかってくるから憎めない。
木剣がぶつかる音が鳴り響く。俺は必死に体捌きでかわすけど、結局は押し切られて床に転がった。
「やっと一発で倒れなくなってきたな、兄貴!」
息を切らす俺に、ジークは子犬みたいに笑う。
壁際でタオルを差し出してくれるのは母さん――リーナだ。おっとりした笑顔の裏には鋭い眼差しを隠している。村の誰よりも優しいけど、筋が通らないことには一切妥協しない。剣を抜かなくても、その静けさが底知れない強さを感じさせる人だ。
そして、いつも控えめに水を運んでくれるのが、三つ年上の姉ティナ。細い腕で兄弟喧嘩を止め、困ってる人を放っておけない。笑うとやさしいけど、ときどき驚くほど大人びた目をする。
俺たちの家族はいつも笑って、泣いて、叱って、支え合って――
けれど、この家族にはひとつだけ秘密がある。
七歳の頃、母さんが料理で指を切ったときのことだ。
ティナがそっと手をかざすと、指先から淡い光があふれ……みるみる傷が消えていった。
(……魔法だ)
そのとき俺は息を呑んだ。
「ティナには不思議な力があるの。でも村のみんなには内緒ね」
母さんの言葉に、ティナも笑って言った。
「カミナ、秘密守れる?」
あの日から俺は、この秘密を胸に抱えている。
たまに俺やジークが怪我をすると、ティナは誰にも気づかれないように、そっと光で癒してくれる。
『相棒。誰にでも“知られたくない秘密”があるもんだ』
脳内のボルトが呟く。
(……ボルト。たしかに、そうだな)
俺にとって、この家族はかけがえのない“居場所”だ。だからこそ――絶対に守ると決めている。
⸻
この道場は村の“居場所”でもある。
大人も子どももガイから“戦う技”を学ぶ。
流派は三つ。
・【破剣式】……パワー特化
・【鉄盾式】……守りとカウンター
・【迅玉式】……スピード、回避、遊撃
「ジークは破剣式の申し子。ガイは何でもできる。でも俺はまだまだ……」
自分の手を見る。(筋肉も魔法もダメ。でも、体の動きだけは前より速くなってる。ボルトの助言も大きい)
『悩むな悩むな。お前には、迅玉式の才能も、“考えて戦う力”もちゃんと身についてるぜ』
ちょっとだけ自信が湧いてきた。
⸻
稽古が終わると家路に着く。
ジークは腕を振り回し、ティナは控えめに微笑えむ。
朝の川沿いには洗濯するお母さんたち、子どもたちのはしゃぎ声。
一見、どこまでも平和な朝――
でも俺だけは、静かに気を張っていた。
『今日も安定の厨二思考だな、相棒』
「何も起きてない今だからこそ、備えなきゃダメなんだよ」
“覚悟を決めた日”から、俺は村の役に立つものを作り続けてきた。
最初は「変なことばかり言う子供」だと煙たがられてたけど、
松明や水車、乾燥庫、塩漬け法、帝国兵用の罠や止血キット……
だんだん村の生活が変わって、
「カミナが言うなら」とみんなも認めてくれるようになった。
(スマホも辞書もない。“現代知識”は断片だけ。ボルトもAIだけどネットに繋がらない。“チート”なんてとても呼べない)
『まあ、現地の知恵と組み合わせりゃ何とかなるさ。な、相棒』
「……ああ、俺たちでやるしかねぇ」
⸻
ふと森を見ると、黒い煙が空に昇っている。
「……あれ、なんだ?」
村人がざわつき始める。
「帝国兵か?」「法国の巡礼じゃねえのか?」「隣の村、帝国に襲われたばかりだぞ……」
ざわめきが、村を飲み込む。
(来る……)
『相棒、準備しといてよかったな。あの煙、たぶん魔法だ。ヤベーやつ来る予感しかしねぇぞ』
(分かってる)
重い鐘が、村じゅうに鳴り響いた。
(今日のために準備してきた。この村は――俺が絶対に守る!)
『“一人”でやろうとするなよ?まずは村のみんなに周知だ。落ち着いていけ、相棒』