この世界の歪み
ーーアーク王国北方のミルテ村ーー
この世界は、どこか歪んでいる。
村の入り口にある丘の上で、村全体を見下ろしながら、俺は考えていた。
静かで穏やかなこの村――けど、その裏には、理不尽と不平等が当たり前の現実が広がっている。
『お〜い相棒、八歳児がその目つきはやべぇぞ。また考察モードか?』
「うるさい、ボルト。勇者だったお前がこの世界をどう見てたかは知らないけど、俺には納得できないんだ」
ボルト――脳内のAIアプリであり、五百年前の“雷の勇者”ロウ=ボルトの魂。異世界の元勇者がスマホAIアプリに転生し、今度は俺と一緒にニ度目の転生。
……ギャグみたいな話だ。
そんな前世の“英雄”は、この世界の理不尽さには慣れてたのかもしれない。
だけど――
「俺には無理だ。日本じゃ、どんな家に生まれても“自分の努力しだいで未来を変えられる”っていう空気があった。
良く言い過ぎかもしれないが、少なくとも、子供の頃はそう信じて生きてきたんだ。」
朝の冷たい空気の中、自分の細い腕を見下ろし、拳をぎゅっと握った。
「でもこの世界は違う。生まれで人生が決まる、“才能”や“血筋”がすべて。どれだけ頑張っても、それだけでゴミ扱いだなんて――マジでやってらねぇ」
——この大陸には、三つの主要な国がある。
◆【アーク王国】
中央にある最大の国。“平和と自由”を掲げるが、現実は貴族の腐敗と血筋至上主義。
血がなきゃ一生平民。努力しても農民や兵士止まり。“生まれガチャ”社会の完成形だ。
◆【ゼルファス帝国】
北方の軍事国家。「力こそ正義」。武力と魔法の強さだけが評価基準で、弱ければ人権もない。奴隷制度が横行している。
俺が住むミルテ村を含んだ王国北方の村々は、この帝国の侵略や人攫いの脅威にさらされている。
◆【イシュ=バルト法国】
南の宗教国家。魔法が使える者は貴族や聖職者として優遇。使えなきゃ“信仰”で生きるしかない。逆らえば異端として粛清。結局「神に従え」が全て。
ボルトは懐かしそうに言った。
『俺が生きてた頃は、王国は一つだけだったんだ。あの頃は――みんなで戦って、必死に守った国だったのにな』
「へぇ、昔は大陸に王国ひとつだったのか。何がきっかけで三つになったんだ?」
『そこまでは知らねぇ。俺が“勇者”やってた時代で止まってる。たぶん俺が死んで、魔王もいなくなってから色々あったんだろ。……ま、そのへんは歴史書でも読んでくれ』
「……なるほどね」
丘の坂道を下り、家に帰る小道を歩きながら
今迄の異世界生活を振り返る。
俺を赤ん坊の頃から育ててくれているのは、
転生した時にいた母親じゃない。
ミルテ村の道場を営む夫婦――ガイとリーナ。
俺は転生していて赤ん坊から意識があるので知っているが、この夫婦と血の繋がりはない。
だが、ガイとリーナは、俺が“預かり子”だと気づかせないように、本当の息子として――いや、本当の親以上に俺を大切にしてくれている。
姉と弟もいる。この二人はガイとリーナの実の子だけど、俺だけ変に気を使われたり、逆に遠慮されたりすることもなかった。
みんなで笑って、ケンカして、泣いて……気づけば、本当の家族になっている。
そして、この村で暮らして八年。
最初は不便ばかりで、正直うんざりしてた。
だけど――この家族みたいに、村の人たちも助け合い、ぶつかりながら、毎日を生きてる。
その光景が、いつしか俺にとっての当たり前になっていた。
気づけばこの村がーー俺の“居場所”になってたんだ。
だが、この”居場所”には、時折王国から役人や騎士団がやってくる。
役人は税の取り立てで村に来る。
その態度がまたひどい。
「今年は収穫が少ない? それでも税はきっちり払え」と嫌味たっぷりに、米俵や麦束をろくに検品もしないであらかた持っていく。
村長がちょっと抗議でもしようもんなら、「平民が王国に盾突くのか?」と睨みつける。
騎士団は見回りのついでに、「もてなしをせよ」といい村の家でのうのうと茶を飲む。干し菓子を出せば「こんなまずいもん食えるか」と机ごと皿をひっくり返す。それでいて、帰り際には村一番の鶏や果物を勝手に持っていく。
……あんな連中を見てると、本気でやるせなくなる。
一見、平和な“居場所”は、たしかにここにある。
でも一歩外に出た瞬間、身分も血筋も才能も――
“生まれ”ですべて決まる社会。
努力も夢も、運と家柄がなければ、ゴミみたいに扱われる。
(……やっぱ無理だわ。俺の感覚じゃ、どうしても納得できない)
気づけば、拳をギュッと握りしめていた。
肩に力が入り、歯を食いしばる。
胸の奥がじわりと熱くなる――
「血筋も、力も、魔法も関係ない。
誰だって、自分の人生を選べる世界」
「この異世界を、日本みたいな平等な世界に、必ず変えてみせる!」
拳を固く握ったまま、空を睨みつけた。
――この覚悟だけは、絶対に曲げない。
『……黄昏てるけど、相棒。その目、悪くねぇぞ。お前ならやれるさ』
ちょっと照れくさくなって、俺は言った。
「あてにしてるぜ、勇者様!」