雷鳴が告げる勇者の血
ティナと一緒に森の近くで魔法の訓練をしていたカミナ。
服を乾かそうと枯葉を集め、そこに雷を落とすが――ただ黒焦げになるばかりで、火は一向に生まれない。
「……くそっ、やっぱダメか」
汗をぬぐい、膝に手をついて肩で息をつく。
ティナも光を出すことはできるが、暖をとれるほど安定させられない。
「……光は出るけど、あたたかさを保つのって、難しい……」
彼女もまた額に汗を浮かべていた。
(やっぱり俺たちには、無理なのか……?)
そのとき、脳内にボルトの声が響いた。
『なあ相棒、黙ってたけど――実は俺、“雷鳴魔法”と“聖光魔法”の素質があるんだ。しかも……お前の体、少しなら動かせる』
(はああ!? ヴォルグの時みたいにか!?)
『イメージをつけるためにも魔法を一度見るのが重要なんだ。試しに意識、チェンジしてみるか? 安心しろ、すぐ戻せる』
(おい、待っ――!)
視界が一瞬かすみ、全身が痺れるような感覚に包まれる。
次の瞬間、カミナの身体を満たすのは――別の意識、別の感覚。
『…………これが、ボルトの感覚か……』
その声は同じなのに、響き方がまるで違っていた。
ティナは目を見開き、背筋がぞくりと粟立つのを感じて思わず一歩後ずさる。
「カ、カミナ……? なんか……顔つきが、違う……」
「顔つき?ティナは心配性すぎるな!まだ魔力は全然大丈夫だぜ!」
カミナ――いやボルトは、自信に満ちた笑みを浮かべた。
『ボルト!ティナ姐だ!』
(ああ、そうだったな悪い悪い)
「ティナ姐!よーく見てろ!これが聖光魔法だ」
掲げられた槍から、淡い銀光があふれ出す。
金の髪は静かに色を失い、月光を映したかのような銀へと変わる。
瞳は稲光のように煌めき、周囲の空気さえ凍りつくほどの緊張感を帯びていた。
「なっ……! か、髪が……!? 目まで……!」
ティナは仰天して声を上げる。
重厚な詠唱が紡がれる。
「白き輝きよ、凍える影を祓い、温もりの衣を与え給え――《聖陽光》!」
柔らかな聖光が降り注ぎ、身体の芯までじんわりと温めていく。
濡れた服はみるみる乾き、光を浴びたティナはただ呆然と立ち尽くした。
「……すごい……カミナも聖光魔法を……」
ボルトは冷静に脳内でカミナに語りかけた。
(どうだ?魔法はカタリナがいうように、イメージがすべてだ。ティナが使う聖光魔法は回復や浄化、結界が主で、最高の補助魔法……後は不死族を払う。だが――攻撃には向かない。
……そしえ相棒が使う雷鳴魔法は別だ)
『……雷鳴魔法……』カミナの心が揺れる。
空が急速に曇り、黒雲が渦を巻き始めた。
雷鳴が轟き、稲光が槍に集まる。
地鳴りのような圧が全身を押し潰す中、ボルトの声が天を裂くように響いた。
「雷帝よ、古の契約に応えよ。
天を裂き、大地を穿ち、万の闇を打ち払え。
我が魂は稲妻、我が腕は雷帝の槍。
――来たれ、終焉の閃光!
《雷帝一閃槍》ッ!」
稲妻が天空から直線状に降り注ぎ、槍を中心に一直線の雷の奔流が森を貫く。
ドオオオオォォンッッ!!
轟音。閃光。風圧。
耳が裂けそうな爆音と、鼻を刺す焦げ臭さ。
森は一瞬で裂け、広大な樹々が焼き切られたかのように一直線に禿げ上がっていた。
枝葉はまだ燻り、煙がゆらめき立ちのぼる。
「カ、カミナ……」ティナが信じられないものを見た目で怯える。
ボルトが説明する。
(雷鳴魔法は威力も随一だが――何より、魔族に特効を持つ)
『ま、魔族?』
少し離れた場所で模擬戦をしていたガイもジークも、そしてカタリナまでも駆けつけ、ただ息を呑むしかなかった。
「……っ!」
カタリナは前へ一歩踏み出す。森の惨状を見て震える声で叫ぶ。
「これが……雷鳴魔法……! 伝説の勇者レイが使ったといわれる……! 本当に、目の前で……っ」
彼女は胸を押さえ、冷静さを忘れたかのように感激を隠せなかった。
「おじさん……いえ、ガイ!……この力を扱えるなら、もう何も心配ないじゃない!」
ジークは呆然と口を開き、ガイは低くつぶやく。
「あ、兄貴……この雷の魔法が村の時に……」
「……間違いねぇ。イレーヌ様の勇者の血……本物だ」
一方、銀髪となったカミナ――ボルトは、肩で息をつきながら苦笑した。
「――あー……ちょっとやりすぎたか」
「か、カミナ……? 本当に……カミナなの……?」
ティナが震える声を漏らす。
『ボルト! やりすぎだ!!』
カミナが脳内で怒鳴る。
次の瞬間――カミナの顔つきが戻り、髪も元の色に染まっていく。
空気が弾けるように軽くなり、周囲の圧がスッと消えた。
『……はぁ。交代しろ!』
空気が一気に落ち着き、仲間たちは顔を見合わせた。
カミナは頭をかきながら、気まずそうに笑った。
「ごめん。雷魔法を集中して使うと……意識が飛んじゃうみたいだ……」
脳内で、相棒の声が響く。
『悪ぃな相棒。ちょっと調子に乗っちまった』
――家族とカタリナに、なんて説明をすればいいのか悩むカミナだった。