断唱と覇声
カタリナが湖畔を歩き、ガイとジークの前に立った。湖面から吹く風が彼女のマントをはためかせ、金髪が光を弾いて揺れる。真剣な気配に、二人も自然と背筋を伸ばした。
カタリナは腕を脇に置き、腹の底から声を張った。
「――さて、ガイ、ジーク! 魔導騎士と戦うとき、一番警戒することってなに?」
突如飛んできた問いに、ジークは腕を組んで眉をひそめる。
「……魔導騎士とやり合うときに、一番気をつけるのって……やっぱ“魔法”だろ?」
隣でガイがうなずき、静かに言葉を重ねる。
「まあそうだな。正確に言うなら“詠唱”だ。魔導騎士と戦うときは、詠唱が始まる前に距離を詰めるのが鉄則……だが、相手もそれを承知で詠唱に入る。盾を構えた魔導騎士ならなおさら、詠唱を止めるのは難しい」
ジークは唇を尖らせ、肩をすくめた。
「つまり“詠唱させないようにする”ってのは、みんな同じことを考えるってことか」
カタリナは腕を組み、にやりと笑う。
「その通り。……ねえ、二人とも闘気はどのくらい扱えるの?」
ジークは少し気まずそうに頭をかいた。
「俺は……この前親父に聞いたばっかりだな」
ガイは落ち着いた声で答える。
「多少なら使える」
「私は武器に纏わせられる程度。魔法に比べればまだまだね」
カタリナは淡々と言葉を続けるが、その声音にはほんのわずか自嘲も混じっていた。
「王国や法国では闘気の研究は遅れている。魔法主義の影響で、鍛錬する人も少なかったからよ」
彼女の視線が二人を捉え、じり、と熱を帯びる。
「詠唱を止める手段として魔法があるのは知ってるでしょ?」
「断唱だな」
ガイが即答する。
カタリナは口元をわずかに吊り上げ、目を細めた。
「じゃあ――詠唱を止める“闘気”の技があるのは?」
その一言に、ガイの瞳が驚きで大きく見開かれる。
ジークは思わず息をのんだ。
「王国や法国の教育じゃ、詠唱妨害といえば魔力による“断唱”だけ。けど帝国には新しい闘気の技があるの」
カタリナはそこで一拍置き、胸の前で腕をほどいた。
「“覇声”。――私が法国を飛び出したあと、帝国で学んだ技術よ」
真剣な眼差しを二人に向ける。
「私はまだ習得していないけど、原理は理解してる。だから今日は実際に試してみましょう」
ジークが目を丸くする。
「え、俺たちがやるのかよ?」
「そうよ」カタリナは唇に笑みを浮かべる。
「私がマナを込めて詠唱するから、あなたたちは“声”で妨害してみなさい。闘気を声に乗せて、マナを揺さぶる。それが覇声」
ジークはあきれ顔で肩を落とした。
「声って……何でもいいのかよ」
「何でもいいらしいわよ。要は、思い切りぶつければいい」
ジークはわざと真剣な顔をつくり、大声を張り上げた。
「好きだ! 愛してる!」
「……とかでもか?」
……空気が一瞬凍りつく。
「……」
「……」
ジークは真っ赤になり、両手をぶんぶん振った。
「いや冗談だって! こんな本気で言うわけねえだろ!」
ガイは口元に小さく笑みを浮かべる。
「いや……真面目に詠唱してる最中に、いきなり男から好きだなんて叫ばれたら……確かにちょっと“えっ”とはなるかもな」
カタリナは吹き出し、肩を震わせて笑った。
「あー、それはありそう!」
和やかな笑いが収まると、彼女はすっと表情を引き締めた。
「――さて、本番に移りましょう。ジークは闘気が未熟だから見学ね。ガイ、あなたは闘気を飛ばす斬撃が撃てるんでしょ? そのレベルなら多分できるはず」
ガイは軽く息を吐き、剣を握り直した。
「……わかった」
湖畔に静かな風が流れ、訓練の始まりを告げる。