修行編開幕 ――滝のほとりの家
ガイとの模擬戦を終え、一度セリオスの部屋に戻った一行。
疲労と興奮が入り混じる中、これからの方針について話が始まった。
セリオスが腕を組み、真顔で言った。
「……カミナの雷鳴魔法だけは、国に知られる訳にはいかない。内密にカタリナが教えるとして……ダンジョンならまだしも、ギルドの訓練所では使えん」
ガイが頷きながら応じる。
「確かにな。ダンジョンなら人目につかねぇし、冒険者がいないのを確認してやればいい」
そこでカタリナがさらりと提案する。
「じゃあ、単純に訓練の時は私の家にくれば? 人も寄りつかないし、少し歩くけど遠すぎるわけでもないわ」
セリオスはしばし考え、頷いた。
「……カタリナの家か。あそこなら問題ないだろう」
その後もしばらく話し合いが続き、最終的に――
カミナの修行は“ダンジョン”と“カタリナの家”で行う、という方針にまとまった。
セリオスの部屋を出るとき、ガイがセリオスの肩をがしっと回し、にやりと笑った。
「いい師匠を紹介してくれて礼を言うぜ。……性格はクセモンだが、腕は間違いねぇ」
セリオスは軽く肩を振りほどき、淡々と答える。
「気にするな。……ただ、一つ覚えておけ。ザンドフェルンには“七神将の騎士団の一つ”が駐在している。冒険者ならまだしも、やつらに気付かれずに渡り歩くのは骨が折れるぞ。――用心するんだな」
その言葉に、一瞬場の空気が張りつめる。
だが、その緊張を断ち切るようにカタリナが口を開いた。
「七神将ねぇ……ふふ、まあ出てきたところで私が蹴散らしてあげるわ。――まあ何にしろ、とりあえず明日、私の家にいらっしゃい」
⸻
一行はミラから報酬をもらったあと、宿に戻り、汗と土を洗い流してから女将の手料理を囲んだ。
テーブルの上には香ばしく焼かれた肉と温かいスープ、焼きたてのパンが並び、腹を空かせた彼らは夢中で頬張る。
「明日、カタリナの家か……」カミナが肉を噛みしめながら呟く。
「麓の滝の近くらしいけど、道中の森に《ダスクハウル》の群れが出るって聞いたわ」ティナが不安げに眉を寄せる。
ガイはパンをちぎりながら、落ち着いた声で答える。
「《ダスクハウル》は賢い魔物だ。最初に“敵わない”と思わせる攻撃を見せれば、群れごと近寄ってこなくなる。……道を開けるのは、そっからだ」
「ふふっ、みんながいれば大丈夫よ」リーナが杯を傾け、安心させるように微笑んだ。
ジークはスープを飲み干して、目を輝かせる。
「なら明日は――訓練の前に、腕鳴らしってところだな!」
⸻
翌朝。
一行はザルドフェルンを出て下山し、深い森へと足を踏み入れた。
そこは、セリオスが釘を刺した通り――群れを成す狼型魔物の縄張りだった。
体高は馬に匹敵し、灰黒の毛並みは闇に溶ける。金色の双眸が木陰から次々と浮かび上がり、無音のまま獲物を囲い込んでゆく。
彼らはただの獣ではない。知恵を持つ狩人――一度牙を立てれば逃れる術はないと恐れられる存在だ。
「……来るわ!」
リーナが盾を構えた瞬間、黒い影が弾丸のように跳びかかってくる。
ティナの矢が閃き、先頭の一匹を牽制。
同時にガイの大剣が闘気を纏い、轟音と共に唸りを上げる。剣閃は空気を裂き、カマイタチのような斬撃が群れを薙ぎ払った。
「はああっ!」
ジークも大剣を振り抜き、正面の狼を叩き伏せる。
その背後から、カミナの雷鳴魔法が奔った。紫電の閃光が森を切り裂き、空気に焦げた匂いが漂う。
瞬間――金色の瞳たちが揺らぎ、狼たちは賢明に判断する。
これ以上は危険だ、と。
唸り声を残して群れは一斉に退き、森の奥へと消えていった。
⸻
やがて木々の切れ間から光が差し、滝の轟きが大きくなる。
その川の麓に――意外なほど立派でありながら、所々に苔むした古びた屋敷が現れた。
「……ここがカタリナの家か……どうやってこんな場所、見つけたんだ……」
ジークが感嘆混じりに呟く。
戸を叩くと、がちゃりと扉が開き――
寝起きで下着姿のカタリナが、あくびを噛み殺しながら顔を出した。
「ん? あら、早かったわね」
「ぶっ!!」
男陣が一斉に吹き出す。
「こ、コラそれはダメでしょ!!」
「ちょ、ちょっと師匠!!」
女子陣が真っ赤になって怒鳴る。
⸻
カタリナが着替えを終え、腰に手を当てる。
「さあ、早速修行を――」
と言いかけたところで、リーナがふと室内を覗き込み、凍りついた。
そこには、散乱した荷物、積み上がった本、割れたカップ、舞い上がる埃……
まるで“昨日まで戦場だった跡”のような惨状が広がっていた。
「……これは放っておけないわね……」
リーナは溜息をつき、勝手に掃除道具を引っ張り出すと、テキパキと片づけを始める。
「いいお母さんねぇ……」カタリナは感心したように呟き、肩を竦めた。
「ま、家のことはリーナに任せるとして――修行は外でしましょう!まずはカミナとティナ!座学からよ!」
⸻
湖前の砂浜に集まったカミナとティナ。
ガイとジークは教えられているのを遠目に見ていた。
「こんなとこで座学すんのか?」
「あの師匠なに考えてるかわからねぇ……」
カタリナはカミナとティナの二人を真っすぐ見据え、指を鳴らした。
「魔法はイメージが重要よ。詠唱のパターンを固定して覚えれば、応用も利きやすい。
まずは――自分の“必殺魔法”を身につけること!」
そう言うと、彼女は大地に向かって声を張り上げた。
《剛岩よ、我が盾となれ――アースシールド!》
地面から浮かび上がるように、巨大な盾が展開する。
ガイとの模擬戦でも使ったあの防御技だ。
「剛岩魔法すげぇ……」カミナが思わず呟く。
カタリナは満足げに笑い、さらに剣を掲げた。
「次は攻撃。――マナを込め詠唱を加えイメージを強くすると、威力は跳ね上がるのよ!」
カタリナは剣を掲げ、湖の方角に狙いを定める。
剛岩の魔力が渦を巻き、轟々と音を立てながら剣身に収束していく。
「――見せてあげるわ! これが私の奥義!!」
≪大地を縛る鎖を砕き、我が剣に宿れ!!
岩を裂き、山を穿ち、全てを粉砕する牙と化せ――!≫
―― 大地裂滅轟牙衝!!
カタリナが剣を振り下ろした瞬間――
剣から大地の輝きを帯びた剣閃が轟音とともに湖へと叩き込まれる。
その衝撃で湖面が大きく爆ぜ、地底から鋭利な岩山が突き上がるように出現した。
ドガァァァァァァンッ!!
湖水は空へと水柱を立て、轟音と共に辺り一面に広がり……
――“鮮やかな虹“を描いた。
「うわぁ……!」
カミナとティナは同時に目を輝かせた。
だがその次の瞬間――
ドシャァァァァァァッ!!
水流が直撃し、二人は一瞬でびしょ濡れに。
「あばばばばば!」
「ぶべべべべべ!」
二人が必死に体を震わせていると、
後ろでガイとジークが呆れたように声を漏らした。
「……おいおい、やりすぎだろ」
「……マジですげぇ、師匠……」
カタリナはちゃっかり盾で水飛沫を防ぎ、濡れる気配もなく剣を軽々と担ぎ直す。
「さあ! あなたたちも、これくらいできるようになりなさい!」
ずぶ濡れのまま睨むカミナとティナをに気づくと二人を指差し、豪快に笑う。
「あははは!そんな顔しないで!」
ひとしきり笑った後、何か思いついたかのよう、急に澄ました顔になり、身振り全体で説明し出した。
「――魔法は“頭で戦う”の。
濡れたら? 雷鳴魔法で木に火をつけて乾かせばいい!
寒いなら? 聖光魔法のイメージで、暖かい魔法を編み出せばいい!」
そこでカタリナは一瞬、顎に手を当てて首を傾げた。
「…………まあ二つの属性が特殊すぎて、実際できるかわからないけど……可能性は、イメージ次第で無限に広がるのよ!」
「え、えぇぇぇ……」ティナは不安げに声を漏らし、
「完全に俺らに丸投げじゃねーか……」カミナが半眼でぼやく。
すると頭の中から、いつもの軽口が響いた。
『……いや、なんだかんだで分かりやすい教え方じゃねーか。さすが師匠、スパルタだけど理屈や筋は通ってるぜ』
だがカタリナは気にも留めず、ぐっと身を乗り出した。
「じゃあ――マナと真言、それに詠唱。どう組み合わせるか……二人で考えてみなさい!」
そしてバッと振り返り、今度はガイとジークを見据える。
「その間、私はそっちの屈強コンビに、“魔導騎士を相手にした場合の戦い方”を叩き込むわ!」
カタリナの大きな声が、湖面に滝の音に混じり、森全体を揺るがすように響き渡った――。