魔法と闘気
小さな火皿の炎に、スープの湯気がゆらめいていた。湿った岩の空気に、干し肉の匂いがほのかに混じる。
ジークが豪快に肉をかじりながら、不意に切り出した。
「……なあ、オヤジ。魔法、使えたのかよ?」
一瞬、沈黙が落ちる。
ティナがスープを持つ手を止め、カミナも疑問があるように父を見上げた。
ガイは淡々と答える。
「魔法じゃない。……闘気だ」
「闘気?」ジークが眉を寄せる。
リーナが椀を置き、静かに補足した。
「体に宿る力を、武器や技に転化するもの。魔力が精神から湧き出るものなら……闘気は体力そのものを燃やして扱う力よ」
ティナが不安げに声を漏らす。
「じゃあ……体に負担が大きいんじゃ?」
ガイはうなずいた。
「その通りだ。使えば体力を大きく消耗する。筋肉や関節に負荷がかかりすぎれば壊れる。修練を積めばある程度は耐えられるが……無茶をすれば命取りになる」
ジークは苦々しげに唇を噛む。
「そんな危ない力を……」
カミナは父の横顔を見つめ、胸の奥がざわついた。
――あの斬撃が、魔法じゃないとしたら……。自分の雷とは全く別の道。
(……俺も、あそこまで辿り着けるのか?)
『おい相棒、焦んなって。魔法は魔法、闘気は闘気だ。お前の雷にはお前にしか出せねぇ力がある』
ボルトの声が脳裏で響き、カミナは小さく息を吐いた。
ティナが心配そうに身を乗り出す。
「……カミナ、大丈夫?」
「う、うん。大丈夫だよ」
笑顔を作ったが、その胸の奥では焦りと憧れが渦を巻いていた。
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スープをすすりながら、ジークがまだ納得できない顔で父を睨む。
「……闘気ってやつ、なんで今まで教えてくれなかったんだ。王国の騎士団でも使うんだろ?」
ガイは静かに干し肉を置き、低く答える。
「国を守る上位の騎士には、大きく二種類ある。ひとつは魔導騎士。貴族の家に生まれ、教育を受けてマナを扱い、魔法で戦う」
ティナが「あっ」と声をあげる。
「つまり……村を襲ってきた帝国の双子みたいな人たちだよね」
ジークが眉をひそめる。
「じゃあ、闘気を使うのは?」
「もうひとつが武闘騎士だ。血筋に関わらず、三大流派を極めた者が到達できる。体を練り、闘気を操り、己の力そのもので戦う。膨大な鍛錬が必要だが、帝国では重宝される」
リーナが言葉を継ぐ。
「でも法国や王国では“野蛮な力”と忌み嫌われているわ。理由は簡単――魔法を独占してきた貴族の立場を脅かすから」
ティナは胸を押さえ、不安そうに。
「……そんな理不尽な……」
ガイは淡々と続ける。
「だから闘気を扱える者は、多くが帝国に仕える。破剣式を極めた者は“斬覇騎士”。鉄壁式は“盾覇騎士”。迅玉式は“疾風騎士”。それぞれの型で呼ばれている」
ジークは拳を握った。
「……じゃあ、オヤジは“斬覇騎士”なのか?」
少しの間をおいて、ガイはわずかに笑みを見せる。
「もう騎士団にいるわけじゃないし、名乗る気もない。ただ――今は家族を守るために剣を振るい更に上を目指す。それだけだ」
その言葉に、ジークの目がわずかに揺れた。
(オヤジ……まだ強くなろうとしてるのか……やっぱりすげぇ……)
カミナは胸をざわつかせる。
(魔導騎士に、武闘騎士……この世界には本当に強いやつが多すぎる……)
ガイが最後に低く告げる。
「そして――まれに現れる“覚醒者”。魔法と闘気を両方扱う者だ。魔法に闘気を乗せれば、威力も効率も桁違いに跳ね上がる。……七神将ヴォルグがそうだ」
一同は息を呑んだ。ヴォルグの姿を思い出し、ティナは小さく震え、ジークは悔しそうに歯を食いしばる。
カミナはごくりと唾を飲み込み、脳内に声が響く。
『なぁ相棒、気にすんな。お前の道はお前のもんだ。焦らず進めば、その先にだって辿り着けるさ』
(……ああ。まずは魔法をものにしないと……!)
小さな休憩場の湯気の中、それぞれの胸に重い衝撃が刻まれていた。