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魔力枯渇と頼れる父親

2階層


スライムはじわじわと形を変え、こちらに向かって這い寄ってくる。

円形の広場から岩壁の間を縫うように続く細い通路。


壁際には白く細長いキノコが群れ、垂れ下がるぬめった蔓からは腐敗臭が漂う。

湿気と臭気が肌にまとわりつき、胸の奥までじっとりと冷たい空気に染み込んでいくようだ。


「ぬるぬるしてて、やな感じだな……」

ジークが剣先を下げ、肩越しに俺へ視線を投げる。次の瞬間、足元の泥がぶくりと泡立った。


ぬっと這い出した半透明の塊。ぐずぐずと形を定めぬまま、地面を波打つように這い寄ってくる。

しかも一匹ではない。暗がりから次々と姿を現し、通路を埋め尽くそうとしていた。


「うらぁっ!」

ジークが力任せに剣を振り下ろす。ぶよぶよとした感触――しかし切り口は即座に再生し、元通りに。

リーナも剣で押し込み、横から飛び出してきたスライムを盾で防御し、突き立てるが結果は同じだった。

核があるのは分かるが、刃が届く直前にずるりと避けられる。


「コアを狙っても……逃げるのね!」

リーナが眉をひそめる。盾にまとわりついた粘液が重く、ずしりと腕を沈めていく。


「スライムは雑魚だが、コアを仕留めるにはコツが要る。慣れればサクサクいけるがな」

ガイが短く言い放ち、剣を突き入れて見事にコアを砕いた。


だが、まだ暗がりからぞろぞろと湧き出してくる。


「この数は面倒だな……松明の油で焼くか」

ガイが道具袋を探りかけた。


「父さん、待ってくれ!」

俺は首を振る。(洞窟で火を使えば酸欠や煙で危険かもしれない……スライムには魔法が有効なハズ!)


胸の奥に熱を集め、両手を突き出す。呼吸を止め、魔力を一点に収束させた。

「――天裂く雷よ、槍となれ!」

「《雷槍らいそう》!」


眩い閃光とともに轟音が響く。一直線に放たれた雷がスライムを貫き、蒸発した粘液の匂いが鼻を突いた。

仲間たちが一瞬、息を呑む。


『いいぞ、相棒!真言も決まってる!』

ボルトが弾けるように笑う。


だがまだ奥から這い出してくる。数が多すぎる、一匹ずつでは追いつかない。


「――集え雷よ、奔流となりて焼き払え!」

「《雷鳴奔流らいめいほんりゅう》!」


青白い稲光が洞窟全体を駆け抜け、幾筋もの雷が床を這った。

スライムたちは痙攣し、黒く焦げ跡を残して崩れる。……だが仕留めきれない。


再び押し寄せる群れ。

息が荒い。胸が焼けるように苦しい。――魔力切れの兆し。


「カミナ!」ティナの声が鋭く響く。


『まだ甘ぇ!想像しろ、蜘蛛の糸だ!』

ボルトの声に背を押され、最後の力を振り絞る。


「――雷雲よ、その雷を蜘蛛の糸とし、大地に刻め!」

「《雷網細糸らいもうさんし》!」


稲妻が足元から奔り、壁や天井に走る。蜘蛛の巣のように広がった雷網が空間を埋め尽くし、スライムたちは逃げ場を失った。

轟音と熱に包まれ、黒焦げの塊へと変わる。


床に散らばる魔石が、ぱちりぱちりと音を立てて転がった。

視界が白く瞬き、耳鳴りだけが残る。俺は膝をつき、肩で荒く息をした。


『やったな!詠唱もイメージも完璧だ!……だが魔力の残し方はまだまだだな!』

ボルトが笑う。


「兄貴、マジですげぇ!」ジークが歓声をあげ、リーナとティナが心配して駆け寄る。

だがガイだけは、険しい眼差しを向けていた。


「……魔力切れは命取りだ。無茶すんな。お前だけの戦いじゃねぇ」

叱る声に混じる、心配と気遣い。


腕を組み、ガイは視線を逸らさずにカミナを見ていた。

荒い息、汗に濡れた額――。

攻撃魔法を使えるのはカミナだけ……。

背負わせすぎているのではないか。

そんな思いが胸を刺す。


「……一人でやろうとするな。家族がいるだろう」短くも、確かな言葉。


「……ごめん、父さん」

その声に、カミナは悔しさと同時に、不器用な父の心配をひしひしと感じ取っていた。


その後はガイの指導で着実にスライムを討ち、ジークやリーナも要領を掴んだ。

俺は魔力を失い、ティナに支えられながら階段を降りていく。


(……はりきりすぎたな。スライムは脅威じゃない、冷静にやれば倒せる相手なのに……)


『まあいい練習になったじゃねぇか、相棒』

ボルトの声が心に染みた。



3階層



階層を下ると、空気が一変した。

そこは迷宮というより、暗く入り組んだ地下水路だった。

黒々とした水面が鈍く光を反射し、足場は細く、苔でぬめっている。片足を滑らせれば即座に水底へと飲みこまれるだろう。


――ぽたり、ぽたり。

天井から滴る水滴が、いやに大きく響く。

時折「ぱしゃり」と波紋が走り、見えない何かが水中を動いている気配を告げた。

湿った冷気が肌を刺し、先ほどの戦いで消耗した身体に重くのしかかる。


「来るぞ!」

ガイの声と同時に、水面を破って銀色の影が跳ね上がった。鋭い歯を剥き出しにした魚人モンスター――マーマン。


「うわっ!」

口から放たれた水鉄砲がジークを襲う。飛沫が石畳を焦がし、ジュワと酸を浴びせたように溶かしていく。


「くっ!」続く連弾は、ジークが即座に剣を抜き、水飛沫を裂いて弾く。


だが、別の影が横から飛び出す。

リーナの盾に槍が叩きつけられ、金属を軋ませた。一撃離脱をしすぐに水面に潜るマーマン。

揉み合いになり、もし足を滑らせれば盾ごと水中に引きずり込まれる――。


「兄貴、いけるか!?」

ジークの叫びに、俺は唇を噛む。

「……ごめん、魔力が……まだ回復してない……!」

水棲の敵にこそ雷鳴魔法は有効だというのに、今の俺は役立たずだった。


ガイが前へ一歩踏み出す。

深く息を吐き、集中している。剣を構えたその背に、空気がびりつくような圧が宿る。


「――波動斬」


ザンッザンッ


振り抜かれた剣先から、目に見えるほどの斬撃波が奔った。

轟音。水面が真っ二つに割れ、マーマンたちが両断される。

赤黒い血が泡立ちながら水に混じり、濁流へと呑まれていった。


一瞬で戦況が変わった。

ガイは肩で息をしていたが、それを悟らせまいとニヤリと笑い、低く言う。


「よし、3階層はマーマンか。酸の攻撃は厄介だが水場に近づかなければ力はそれほどない。対処は楽なはずだ。水中にいる敵の牽制は俺と弓持ちのティナにまかせろ。――なるべく陸に誘い込んで叩け」


「了解。私が引きつけるわ。」

リーナが盾を掲げ、水路をにらむ。「飛び出してくる敵に注意して!」


「……親父も、魔法を……?」

ジークが呆然と呟く。


(魔法……?)

『違うぞ』ボルトの声が低く唸る。


『魔法には属性がある。あれは闘気だ。体の奥底から絞り出し、斬撃として放ったんだ。純粋な力を、身体の負荷と体力を削って使う技だな』


(父さん……やっぱり、ただ者じゃない)


ガイの作戦通りに無事に戦いを終えた俺たちは、水路を抜けて広場へとたどり着いた。


焚き火の跡、壊れかけた木箱、砕けた食器――かつて冒険者たちがここで休んでいたのだろう。

焦げた匂いと戦闘の疲れがまだ残る中、ガイが静かに言った。


「ちょうどいい。……ここで昼にするぞ」


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