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初陣前夜と滝壺の邂逅

セリオスに紹介された宿は、冒険者ギルド御用達の古びた石造りの宿屋だった。

厚い石壁と木枠の窓が重厚で、入口の上には大きく「蒼狼亭」と彫られた看板が掲げられている。

扉を押し開けると、油と焼きたてのパンが混じった香ばしい匂いがふわりと漂い、旅の疲れを一気にほぐした。


カウンターに立っていたのは、恰幅のいい女将。

冒険者ギルドの紹介状を見るなり、ぱっと笑顔になり、

「おやまぁ、セリオスの紹介かい! なら、一か月まとめて払ってくれるなら三割引きでいいよ!」と豪快に言い放つ。


ガイが迷わず先払いすると、女将は重そうな鍵束を器用に捌き、カチャカチャと音を立てながら鍵を選び取った。

「ほら、これがあんたたちの部屋の鍵。風呂は夕方に沸かすからね」

そう言って、家族それぞれに部屋を割り振ってくれた。


その夜は、久々に家族そろって心から気を抜ける時間だった。

男湯ではジークと俺が「どっちが長く湯に浸かっていられるか」を競い、

最後にはガイまで加わって三人まとめて真っ赤な顔でのぼせる始末。

湯気の中に響く笑い声は、石壁に反響してなんとも心地よい。


風呂から上がると、女将が大鍋で煮込んだシチューと、香ばしい焼き立てパンを運んできてくれた。

とろりとしたルーの湯気と、バターの甘い香りが食欲をくすぐる。

皆で頬張りながら、初めて訪れた帝都の印象や、昔の笑い話を次々と披露し合い、

夜更けまで笑い声が絶えることはなかった。


──翌日。

ガイは代表として冒険者ギルドへ向かい、昼過ぎに宿へ戻ってきた。

「担当者はミラっていうやつだ。口調はきついが、説明はわかりやすかった。明日、いよいよ初めて潜るぞ」


そう告げるガイの顔には、少しの緊張と、抑えきれない高揚がにじんでいた。


明日の初ダンジョン攻略に向け、まずは装備を整えることにした。

村から持ってきたリーナとガイの古い装備を引っ張り出し、手入れをしながら試着していく。

ジークは帝国軍が置き去りにした剣を、カミナは同じく残された槍を手に取り、ぎこちなく構えを確かめた。

『俺も勇者時代は槍を使ってた。助言くらいはできるから、がんばろうな』とボルトが脳内で声をかけてくれる。

ティナは弓を手に、昔ガイに教わったときのことを思い出すように、懐かしげに弦を弾いた。


午後は武器屋と防具屋を回り、予算に見合った装備を新調する。

ガイは王国騎士団時代に愛用していた大剣を手直しし、リーナは新しい盾と片手剣を購入。

安物ではあるが、鍛冶屋の親父いわく「仕事はする」代物だ。

防具も最低限のレザー装備を全員分揃え、ひとまず戦える形は整った。


夕食後、皆は明日の準備を終え、

期待と不安が入り混じる思いを胸に、それぞれのベッドへと潜り込んだ。




–––




一方セリオスは、仕事が終わると、早速ガイの子供たちの師匠になり得る人物のところへ向かっていた。


ザルドフェルンの山並みは、青空を裂くように連なり、その威容は王国の城壁からもはっきりと望めた。

だが、その麓に広がる深い森に足を踏み入れる者はほとんどいない。

理由は明白――そこは、群れを成す狼型魔物ダスクハウルが支配する縄張りだった。


 体高は馬並み、灰黒の毛並みと光る金色の瞳。群れで連携し、侵入者を音もなく囲い込む狩猟者。

 セリオスは一人、帝国の街道を外れ森道へと進んだ。

 足音を殺し、剣の柄に添えた右手は微動だにしない。

 背後で草を踏む音――一瞬で振り向き、黒い影を斬り払う。


 跳びかかってきたダスクハウルの首が宙を舞い、他の個体が怯んで距離を取る。

 セリオスは追撃せず、そのまま森の奥へと歩を進めた。


 やがて木々の切れ間から光が差し、滝の音が近づく。

 視界が開けた先――そこに彼女はいた。


 滝壺の前、金髪の女が法国の紋章が入った騎士剣を振るっていた。

 陽光を受けて煌めく髪、緑の瞳は獲物を狙う猛禽のよう。

 上半身は鎧ではなく黒い戦闘用ブラトップ、そのわずかな布地の下で形の整った谷間がわずかに覗く。

肩や腕には金属防具を備え、脚部には実戦仕様の鎧――守る場所と見せつける場所を計算し尽くした装いだ。

 振るわれる剣筋は鋭く、隙など一切見当たらない。


 剣先が静止すると、女は振り返り、にやりと笑った。


「……珍しいじゃない。あんたがわざわざここまで来るなんて」


「カタリナ。頼みがある」


「頼み? 嫌よ。面倒なことならごめんだわ」


 セリオスは一歩近づき、真っ直ぐに言い放つ。

「――雷鳴魔法の使い手の師匠になってほしい」


 あまりに唐突な言葉に、カタリナは思わず眉をひそめる。

 ……雷鳴魔法?

……勇者の血筋って事……?


冗談かと思い、訝しむようにセリオスの目を覗き込む


――だが、その瞳は微塵も揺らいでいない。

 どうやら本当らしい。


「……ふふっ。面白そうね」


 滝の水飛沫の中、二人の視線が交わる。

 好奇心に輝くその眼差しを見て、セリオスは心の中で小さく頷いた。

――やはり、この女なら食いつく。

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