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冒険者の世界へ

帝国南西――山岳都市ザルドフェルン。


岩山を削って築かれた城壁が、鋭く空を切り取っていた。

門をくぐった瞬間、鼻を刺す鉄と煤の匂いが押し寄せる。


大通りには、鉱石を積んだ荷馬車と、それを引く商人たちがひしめき合う。

両脇には赤茶けた石造りの建物や簡易テントの露店が立ち並び、

香ばしい肉の匂いと、武具や装飾品の鈍い光が視界を飾る。

客寄せの呼び声と値切り交渉の声が、絶え間なく耳を賑わせていた。


…だが、一歩脇道へ踏み込んだ瞬間、空気はひやりと濁った。

頭上を覆う建物の壁が陽を遮り、湿った石畳に溜まった水が鈍く光る。


耳に飛び込むのは、鍛冶場から響く鉄槌の鈍い衝撃音。

その合間を裂くように、奴隷商人の怒鳴り声と、鎖がきしむ金属音が刺さってくる。


視線の先――奴隷商人の足元では、やせ細った獣人の少年が膝を抱え、

そのさらに奥、路地の影の中で、エルフの女が鎖を引かれ、無言のまま歩かされていた。


胸の奥で、どす黒い熱がじわじわと膨らむ。

「……許せねぇ」――気づけば、声が漏れていた。


『落ち着け、相棒』

脳内のボルトが、低く笑うように諭す。

『今のお前じゃ鎖一本すら切れねぇ。力を持て――それが全てだ』


視線を路地の奥から逸らせないまま、すぐ横でガイが吐き捨てる。

「帝国じゃ珍しくもねぇ光景だ。見て見ぬふりが生きる知恵ってやつだ」


リーナは唇をきゅっと結び、目を逸らさずに言った。

「でも……ああいう惨状は、やっぱり見たくないわ」


ティナが俺の袖を不安そうに握る。

「……あの人たち、助けられないの?」


ジークが拳を握りしめ、俺を見据える。

「兄貴……いつか絶対、こんな真似する奴らぶっ飛ばそうぜ」


それぞれの言葉が、胸の熱をさらにかき立てる。

歯を食いしばり、俺は視線を前へ戻した。

――力を手に入れる。それまでは、ただ進むしかない。



俺たち家族五人は村の復興を終え、残った村人に別れを告げて旅立つ。

道中に立ち寄った王国北の城塞都市バステリアは、もはや帝国兵の影に覆われていた。

国境越えではひと悶着あるかと思ったが、難民申請をすると驚くほどあっさり通される。


来る者は拒まず、力ある者が集まる――それが帝国のやり方らしい。



行き先は、帝国冒険者ギルド・ザルドフェルン支部。

尖塔と大時計を備えた三階建ての巨大な建物が、通りの先に堂々とそびえている。

石壁には古代文字の装飾がびっしりと刻まれ、色あせた旗が風にたなびく。

まるで物語から飛び出したような威容に、胸が高鳴った。


「おお……」思わず声が漏れる。


その瞬間、横からジークの大声が飛び込んできた。

「おー! これが冒険者ギルドか!」

目を輝かせ、拳を握るジーク。


ガイと俺はニヤリと笑い返し、ティナとリーナは呆れたように小さくため息をついた。


巨大な扉を押し開けた瞬間、木の香りに混じって酒と油の匂いが鼻を突く。

人々のざわめき、笑い声、時折響く怒号が耳をかすめる。


壁際の掲示板には「ゴブリン討伐」「鉱山の魔獣退治」「行方不明の鉱夫捜索」――危険と金の匂いをまとった依頼が、所狭しと貼られていた。


中央のロビーでは、鎧やローブを身にまとった男女が、酒を片手に談笑しつつも、ギラリとこちらを値踏みする。

視線が突き刺さるたび、空気の温度が一段下がったように感じた。


片目に眼帯をした大男が、腰のナイフを抜き、指先でくるくると弄びながらティナを舐め回すように見た。

刃先がわずかに光を反射し、いやらしい笑みがその口元に浮かぶ。


ティナが小さく肩をすくめた瞬間、リーナがそっと肩に手を置く。

「大丈夫……お父さんに任せなさい」


その言葉と同時に、ガイが一歩前へ出る。

巨体が影となって男の視界を塞ぎ、無言のまま眼帯越しの視線を射抜いた。

まるで獣に睨まれた獲物のように、男の背筋が硬直する。

数秒後、額にじっとりと汗を浮かべ、数歩後ずさり――視線を逸らした。


周囲の冒険者たちも、酒や依頼書に慌てて目を落とし、誰一人としてガイと視線を合わせようとはしない。

ガイはその静まり返った空気の中、堂々とロビーを横切り、受付の女に落ち着いた声で告げる。

「セリオスはいるか? ガイが来たと伝えてくれ」


ほどなく現れたのは、鋭い灰色の瞳を持ち、深緑のマントを肩に掛けた細身の男だった。

その立ち姿には無駄がなく、視線は鋼のように冷たく研ぎ澄まされている。


「……久しぶりだな、ガイ」

口元に皮肉げな笑みを浮かべ、低く響く声が耳に届く。

「今更お前が、帝国まで来るとはな。何かあったか?」


ガイは鼻で笑い、口元をわずかに緩めた。

「家族で冒険者をやろうと思ってる。だが、少し込み入った話があってな。……どこかで話せるか?」


セリオスは短く頷き、顎で奥を示す。

「歓迎するぜ――ようこそ、帝国の冒険者の世界へ」


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