焚き火の告白、父の想い
家の庭で焚き火を囲む。
赤い炎が、疲れた顔をやわらかく照らしていた。静かな虫の声と、薪がはぜる音だけが闇に響く。
ティナが俯き、小さな声で呟く。
「……なんだかごめんね。魔法、みんなにバレちゃって……」
ぱち、と火が弾けた音が妙に大きく響く。
ジークと俺は、思わずティナに視線を向けた。
焚き火の向こうで、リーナがゆっくり口を開く。
「ティナが魔法を隠していたのには、ちゃんと理由があるの。
カミナもジークも、もう理解できる年齢だし……最初から話すわね」
ガイがうなずき、炎越しに語り始める。
「俺が王国騎士団にいた頃、母さんと出会った。別部隊だったが意気投合し、結婚してティナが生まれた。
母さんの実家は道場をしていてな、ティナが生まれてからも、母さんの実家を頼りつつ、俺たちは夫婦そろって騎士団を続けていたんだ……」
ガイは薪をくべながら続けた。
「……ある日、怪我をして家に戻ったとき、まだ二歳のティナが――不思議な光で俺の傷を癒やした。あの時は、本当に驚いた……」
ジークが目を丸くする。
「何故魔法が使えるのか?俺と母さんの親族を調べても、魔法を使える貴族の血筋はなかった。……だが、魔法について調べたら一つだけ、貴族でなくても使える魔法がある事がわかった」
炎が揺れ、影が伸び縮みする。
「“聖光属性”――女神に選ばれた、ごくわずかな人間だけが使える力だ。この大陸でも千人いるかどうかって話だ」
リーナが淡々と補足する。
「しかも、そのほとんどは教会や貴族の保護下にあるわ。
平民で見つかれば、必ず取り立てられる。家族も引き離され……二度と自由には会えなくなるの」
その目は、遠い記憶を見つめていた。
「だから魔法のことは誰にも言わず、騎士団もやめ、この村に来た」
ガイの声が少しやわらぐ。
「ティナには普通の子として――のびのび暮らしてほしかったんだ……」
ティナは唇を噛み、申し訳なさそうに言う。
「私がこんな魔法なんて使えるから……みんなに迷惑かけてると思う。本当にごめん……」
俺は思わず声を張った。
「ティナ姐が謝る事はない! 悪いのは、魔法を搾取しようとする国の体制のほうだ!」
ガイは焚き火を見つめ、深く息を吐いた。
「……だが問題は、ティナだけじゃない」
ぱち、と薪が爆ぜる。
赤く揺れる炎が、皆の顔を照らした。
「カミナ、お前は帝国七神将のヴォルグを“雷の魔法”で退けた。それ自体はよかった……」
一拍置き、低く続ける。
「……しかし帝国は今、北の王国領にこれまで以上に攻め込んできている」
ガイの視線が焚き火越しに鋭く突き刺さる。
「村人の半分は、この村を離れるつもりだ。
もし“雷の魔法”の噂が各地に広まれば……お前は帝国、王国、法国――すべてから狙われるだろう。……なぜなら、雷鳴魔法を使えるのは“勇者の血筋”だけだからだ」
「勇者……の、血筋……?」
思わず息を呑む俺。
『おそらく、転生時にいた母親がそうだ』
ボルトの声が、珍しく冷静に響く。
ガイは間を置き、低く落ち着いた声で告げた。
「……なぜお前が勇者の血筋なのかは、まだ話せない」
そしてゆっくりと視線を上げ、焚き火越しに鋼のようなまなざしで俺を射抜く。
「だが――なにがあろうと俺たちは家族だ。それだけは、絶対に忘れるな」
ぱちり、と炎がはぜる。
「……わかった」
俺は短く答えた。胸の奥が、熱くなる。
「復興が終わったら、この村を出よう。魔導騎士にまた狙われたら、命がいくつあっても足りない。しばらくは目立たずに動くべきだな」
短い沈黙のあと、ガイは少しだけ口元を緩めた。
「……幸い、俺たち一家は攻守のバランスもいい。だから――生活のためにも、この村から帝国に行って、冒険者をやってみないか?」
その言葉に、ジークはぱっと顔を輝かせた。
けれど、俺と母さんとティナは視線を交わし――揃って、戸惑いの色を浮かべる。
炎が揺れ、互いの表情を赤く染める。
焚き火の温もりは確かにそこにあったが、その奥には、これから向かう未知の道の冷たい気配が潜んでいた。