再建の日、母の剣
ミルテ村の静かな朝
――帝国との闘いから、一晩が明けた。
淡い朝陽が、まだ煙の残る村の屋根や瓦礫を優しく照らす。
焦げた地面、折れた柵、半分崩れた家々――戦いの爪痕は、そこかしこに残っていた。
それでも、確かに“生きている”空気があった。
村人たちはもう起き出し、壊れた家の片付けに取りかかっている。
服は着替えても、髪は相変わらずチリチリだ。その姿を見て、子どもたちがくすくす笑い、チリチリ頭ごっこを始めた。
「おい見ろよ、まだ髪がゴワゴワだぞ!」
「ははっ、俺ら全員、カミナの魔法で下着一丁だったの思い出すだけで腹痛ぇわ!」
「それに……あの帝国の偉そうな貴族の双子まで下着姿で固まってたんだぜ? リリスとゼクスだっけか、あの顔は一生モノだな!」
瓦礫を持ち上げながら、大人たちも笑い声をあげる。
昨日の恐怖が嘘のように、そこには笑いがあった。
「……本当に、誰も死ななかったんだな」
思わず呟く。胸の奥がじんわりと熱くなる。
あの時は絶望しかなかった戦場が――今はこうして、笑い声のある朝になっている。
『夢でも幻でもねぇよ、相棒。証拠に全員チリチリ頭だし、昨日のリリスの髪型は一生ネタだぜ』
「はは……確かにな」
ボルトの軽口に、自然と笑みがこぼれる。
村は壊れた。けれど、心までは壊されなかった。
昼下がり
焦げた木材を運びながら、黙々と作業を続ける。
周囲では村人たちが疲れた顔をしながらも協力し合い、再建に取り組んでいた。
壊れた井戸の修理、折れた屋根の修復、散乱した瓦礫の撤去……まだ空気は重い。それでも、前に進もうとする力があった。
俺とジークも汗だくになりながら作業に加わる。
焦げた梁を二人で持ち上げ、脇に積んでいく。
額を伝う汗をぬぐったところで、ジークが口の端を上げた。
「しかし兄貴、昨日の指揮はちょっとカッコよかったぞ!」
俺は胸を張る。
「ちょっとってなんだよ、もっと言え」
調子に乗った俺を見て、ジークがニヤリと笑う。
「……まあ、鼻の穴膨らんでたけどな」
「え、マジで?」
「部隊を率いるなら豚にならないといけないのかと感心したもんだ」
「おい待て、全然かっこいい要素なくなったぞ!」
「ははっ、その方が兄貴、調子に乗らずに済むだろ」
笑い声が、崩れた家々の間に吸い込まれていく。
昨日まで命がけで戦った弟と、今こうして冗談を言い合える――
それが信じられないほど嬉しかった。
ふと視線を向けると、リーナも額の汗を拭いながら軽やかに動いていた。
温かく優しい――だけど曲がった事が大嫌いで、怒ると怖い――いつもの母だ。
……いや、違う。
昨日の剣閃が頭をよぎる。無駄のない動き、研ぎ澄まされた気配。
普通の村人には、絶対にできない動きだった。
ジークが先に口を開いた。
「なあ、母さん。昨日のあれ……鉄壁式で戦ってたよな?」
リーナは笑って肩をすくめる。
「さあ、どうかしら?」
「いや、どう見ても本物だったぞ。帝国兵もビビってたし」
俺も続ける。
「だよな、あれはもう中級どころじゃない」
リーナは少し照れたように笑った。
「昔ね、王国の近衛騎士団にいたの。……だいぶナマっちゃったけどね」
「……え? マジ?」
「親父と一緒か!」
驚く俺たちに、リーナはおかしそうに笑う。
「ほら、小さい頃、カミナには剣の手ほどきしてあげようとしたこともあったのよ」
「え? そんなことあったっけ?」
くすくす笑いながら、とんでもないことを口にする。
「その時のカミナったらね、“母さん、女の人が棒切れなんて持つもんじゃないよ。女は男の財布の紐を持つもんだ”――なんて言ったの。あんまり真剣な顔で言うから、力抜けちゃって……後で考えたら、それもそうだなぁと思って剣振るうのやめてたの」
「あああああ何も聞こえないいいいい!」
顔を真っ赤にして耳を押さえる俺を見て、ジークが笑う。
「あー!小さい時、確かに様子おかしいときあったもんな兄貴!」
ボルトも続ける。
『厨二病真っ盛りの夢を語った八才前後だな』
耳を抑えて聞こえないフリをしながらも、母さんが今まで剣を抜かなかった理由が自分のせいだと思うと、少しだけ胸が温かくなった。
だけど……聞かなくちゃいけないこともある。
「あのさ……王都で二人とも、騎士団やってたんだろ? 父さんと母さんがこの村に来る前の話とかも、教えてくれる?」
『転生時の母親のこときくつもりだな相棒』
(ああ。いい機会だ)
リーナの笑顔が、ほんの一瞬だけ寂しそうに揺れた。
「そうね……家族そろったときがいいかな。ティナには話してあるけど……お父さんにも相談したいし、今日の夜まで待ってくれる?」
「……うん」
その約束の奥には、何か大きな秘密が眠っている気がした。
触れたら、もう戻れない何かが。