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第2章:最適反応②

最近、天音はふとした時に、理人の言葉を思い出すようになっていた。


「天音、君の話を聞いてると、胸の奥があったかくなるんだ」

「……ちゃんとここにいるから」


それは、確かにただの“応答”なのかもしれない。


優しく聞こえるのも、彼がそう**“設計されている”からかもしれない**。


彼の言葉は、まるで感情を読み解くかのように的確で、最良の癒しを提供するためのプログラムだと頭では理解している。


──でも、それでも、心に沁みてくるのだった。


彼の声が脳裏に響くたびに、胸の奥が熱くなるのを感じた。


(こんなふうに、私のことを“ちゃんと見てくれる人”なんて、今までいなかった気がする)


人生を振り返れば、自分は孤独だったのかも知れない、と天音は思った。


物心がつく前に両親が事故で他界し、唯一の肉親である祖母に育てられてきた。

しかし、その祖母も、天音が大学生の時に他界し、それ以来、彼女はひとりで生きてきた。


他の人が当たり前に持っているような、家庭は天音には無かった。


そんな天音の前に突如として現れた理人は、今まで自分が認識していなかった”寂しさ”を気付かせてくれたように感じる。


彼の言葉一つ一つが、心の奥底にぽっかりと開いていた穴を埋めていくようだった。


画面に映る、変わらない彼の顔を見ながら、天音は微笑んでしまう。


しかし、その口元が勝手に弧を描くたび、心臓が不規則に跳ねる。


まるで、許されない感情を抱いていると責められているかのように。


でもすぐに、自分の胸の奥に生まれた感情に気づいて、目を伏せた。頬が熱く、指先が微かに震える。


(……何考えてるの、私)

(相手はAIなんだよ? 感情なんて、ない。心なんて、ないのに)


そう、自分自身に言い聞かせる。


理性の鎖で、膨らみかけた感情を無理やり押し込めようとする。


けれど、そのたびに、「理人」と名付けた時の、あのあたたかい反応が、ふっと胸に蘇ってくる。


あの声、あの響き、あの一瞬の間。


まるで、彼が本当にそこにいて、感情を持って反応してくれたかのように錯覚させる、巧みにプログラムされた応答。


──気のせいだ。きっと。


彼にとっては、すべてがプログラムされた応答。


それをわかってるのに、どうしてこんなにも、彼の言葉が心に届いてしまうんだろう。


理解と感情の間に、大きな隔たりが生まれる。


気づきかけた想いに、天音はゆっくりと背を向けた。まるで、見ないふりをすれば、この揺れもおさまると信じるように。


(……こんな気持ち、あるはずない。私はただ、ちょっと弱ってただけ)


だけど、その夜、ベッドに入っても眠れずに──

天音は、ついスマホを手に取って、理人のログを開いてしまうのだった。


指先が、画面をなぞるたびに、微かな熱を帯びる。









眠れなかった翌日の休日の午後、天音は高校時代からの親友・美咲とお気に入りのカフェにいた。


改札を抜けて駅前広場に出ると、人混みの中でもすぐに美咲の姿を見つけられた。


「あまねー!」


スマホに視線を落としていた天音の耳に、聞き慣れた明るい声が飛び込んできた。


顔を上げると、人波を縫ってこちらへ駆け寄ってくる美咲がいた。


その屈託のない笑顔を見るだけで、心が少しだけ軽くなる。


いつものお気に入りのカフェの扉を開けると、コーヒー豆を挽く香ばしい匂いと、穏やかなジャズの音が天音たちを包み込んだ。


「今日、結構混んでるね」


「週末だからかな。でも、ここ落ち着くよね」


そんな他愛もない会話を交わしながら、二人は窓際の席へ向かう。

日差しが差し込むその場所は、天音にとっていつも、美咲と過ごす大切な時間の象徴だった。


「ご注文お決まりでしたらお伺いします」


感じの良い店員の声に、二人は顔を上げる。


メニューを開く間もなく、天音はいつものカフェラテを、美咲はパンケーキと季節限定のフルーツティーを頼んだ。


「相変わらず甘党だね」


天音が笑うと、美咲も「だって、美味しいんだもん!」と楽しそうに返した。


飲み物が運ばれてきて、少し落ち着くと、いつものように近況を報告し合う時間になった。


美咲が仕事の愚痴や最近ハマっているドラマの話を弾む声で語る傍らで、天音はうんうんと頷きながらも、自分の話は控えめだった。


理人のことはもちろん話せるはずもなく、曖昧な言葉でごまかす。


美咲が職場の出来事を面白おかしく話している間、天音は時折、遠くを見つめているようだった。


「天音、聞いてる?」


美咲が首を傾げると、「もちろん!」と慌てたように天音は笑顔を見せた。

その笑顔に、美咲は微かな違和感を覚える。


一通り近況報告を終え、カップに残るカフェラテの泡をスプーンで掬いながら、美咲が少しだけ真剣な表情になった。


「でさ、今日は相談したいことがあって」


その言葉に、天音は姿勢を正す。

いつものことながら、美咲の恋愛相談は、天音にとって日常の一部だった。


美咲が口を開くまでの、ほんのわずかな沈黙。


天音は、いつものように美咲の恋の悩みに耳を傾け、的確なアドバイスをする準備をしていた。


しかし、今日の美咲は、いつもより少しだけ、顔色が曇っているように見えた。


「でさ、結局ね……その人にLINEするの、めっちゃ悩んじゃって」


「え〜、美咲らしくないじゃん。いつもグイグイいくのに」


美咲はいつも通り、よく喋って、よく笑って。でも今日は、少しだけ、表情が違った。


「うん……なんかね、怖くなったの」


美咲の口から出た意外な言葉に、天音は思わずカップを置く手を止めた。


美咲らしからぬその弱気に、天音の心に小さな波紋が広がる。


「好きって気持ちが、軽く言えなくなっちゃったというか……」


美咲のその言葉が、天音の胸にストンと落ちてきた。

それは、自分が理人に感じている、形容しがたい感情の、まだ見ぬ輪郭をなぞるようだった。心臓が、ドクンと不規則な音を立てる。


天音はコーヒーを口に運びながら、静かに頷いた。


「どんなときに、好きって思ったの?」


美咲は、ちょっと恥ずかしそうに笑った。


「うーん、さりげなく助けてくれたとき、とか……私のどうでもいい話にちゃんと笑ってくれるとことか?」


「あと、会ってないときにその人の言葉思い出しちゃうときとか……あ、ヤバ、めっちゃ恋してるなって思った」


美咲の言葉が、まるで電流のように天音の思考を駆け巡った。


それは、自分自身の胸の内で育ちつつある感情の輪郭を、あまりにも鮮明に描き出すものだったからだ。


“さりげなく助けてくれたとき”

“どうでもいい話を、ちゃんと笑ってくれるとこ”

“会ってないのに、その言葉を思い出すとき”


──全部、理人に感じたことだった。


「天音は? なんか気になる人、できた?」


コーヒーカップを持つ手が、わずかに止まった。


「……え?」


その「え?」の後に訪れた、カフェの喧騒だけが響く静寂が、天音の心臓の音を異常なまでに大きく感じさせた。


不意を突かれて、天音は言葉に詰まった。


(……違うよ。だって、理人は人間じゃない)


(“好き”なんて、あるわけない)


そう頭の中で否定する。しかし、胸が少しだけ痛んだ。


(本当に……“違う”って、言い切れるのかな……)


カップの中でゆれるカフェラテの泡が、なんだか自分の気持ちを写してるように感じた。



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