コップの中の嵐 ②
「そんなに緊張しなくても、ただの部屋だぞ」
傍から見ても緊張している様子が分かるヌクトウを誘って室内に入る。
場所はいつもの会議室だ。
「む、分かって・・・・・・
いや、こんな場所があるとは知らなかったからちょっとな。意外と・・・・・・狭いんだな」
「打ち合わせ用の部屋だからな。先に時間を確認してくれ、最長でも12時間しか使えない。それを過ぎて残っていると、残った奴が追加料金を支払う仕組みだ。今日は先に入ってる奴がいるから俺たちは少し遅い、気をつけろ」
「む、あぁ。分かった」
そう言って、腕の高級時計を見るヌクトウ。
差を感じちゃうぜ。別にこっちの世界じゃ無意味だからどうでも良いけどさ。
中には先に入っているいつもの七人がいる。
ヌクトウの〝ルーム〟設定が、外からしか入れないようになっていので、変更して来た。その間に先に入っててもらった。
「とりあえず適当に座ってくれ。俺は一度〝ルーム〟に入る。お前酒は?」
「は?」
「酒は飲めるのかって聞いてる。前世で三十まで生きたんだから試した事くらいあんだろ? あるなら自分が強いか弱いかくらいは分かるだろ?」
「いや、普通に飲んで・・・・・・ こっちに来てからは飲んでないが、別に弱くはないと思うぞ。普通だ」
自分で普通と言う事は弱くないだろう。飲めないなら俺も止めとこうと思ったが。問題なし、と。
「じゃービールでいいな」と言ってヌクトウを置いて〝ルーム〟に入った。
あの後結局、サユリサが逃げてくれなかった。
マドロアさんと女性メンバーは逃がしてくれたようだが、それを終えたあとに戻って来てしまった。
そしてチームジャパンと道明寺のグループを一人で相手していた俺に、ござると共に加勢に入った。
8 対 1 だったものが 8 対 4 になり、より騒がしくなった。
そしてそこにアオバたちも帰ってきて・・・・・・という訳だ。
おかげで公共の場である冒険者ギルドのロビーで、注目を浴びてしまった。
そんな俺たちにうんざりしたのだろう、先輩冒険者パーティが何組か仲裁に入ってくれた。
こちらとしては適当なとこで矛を収めたかったのでちょうど良かったのだが、自分の側の人数が多いと調子に乗る馬鹿が一人混じっていた。
そいつが先輩冒険者たちにも暴言を吐いてしまい、騒ぎを大きくしてくれた。
荒くれが職業の先輩冒険者だ、あっと言う間に切れて暴れだしそうになった。
何故かその状況で、俺やサユリサたちも仲間みたいな雰囲気を出して「ニフォン村をなめてるとやっちまうぞ」とか宣いやがった。多分人に押し付けるつもりマンマンで言ってたと思う。
だが、残念。仲裁に入ったパーティには先日ゴブリンの巣討伐依頼を一緒に受けた先輩冒険者パーティが混じっていた。
「見てた通り俺はこいつらと揉めてたので。そいつらの味方する気はないですよ」
と言ったら分かってもらえた為に、勝手に自滅していく感じに進んで行った。
さて期せずして、タコ殴りの機会キターーーーーー!! 訳だ。
だがワクテカしていた所に、騒ぎを聞いて件の副支部長が出て来てしまった。
ついでに道明寺のグループもやられちゃえば、それはそれで面白かったのに。とても残念だった。
「まったく、全員で集まる必要はなかろう。騒ぎにするな。どちらも代表者をたてて話し合いで解決したまえ」
という副支部長の言葉に従って俺がご指名し、あちらの代表者はヌクトウになって今に至る。
「ほれ、飲めるなら付き合えよ。こんな話、飲まなきゃまともに話す気にもならねぇ」
そう言って買ってきた六本パックのビール缶から一つ取り出して、残りを真ん中に置く。
勿論冷えた奴を新しく。シラフで話したくなかったので、2パックで12本。
ついでにつまみをコンビニと、寿司もパックで適当に買って来た。
こういうことするから次の拡張が遠いのは分かっているが、仕方が無い。我慢する方がストレスだ。
すると早速サユリんがに来て一本確保してプシュ! 次いでござるも取ってプシュ! ござるは、遠慮しているのか取らないヌクトウの前にも置いてやっていた。
「それ、もらっていいっすか?」
「えっ、あ、ああ」
置かれたビール缶と睨めっこしていた抽冬が、屋台で買ってきた食べ物をホクトが受け取る。俺が買って来た物も合わせて持って行った。
先に入ったメンバーが持ち込んだ食べ物と一緒にして、マシロと手分けして人数分の紙皿へと振り分けいった。
ここを使うって話をする時は、食べ物をシェアするルールだ。そうしたく無い物は各自〝ルーム〟で食べる。
それは事前に伝えてある。一緒に部屋に入る以上、ヌクトウにもいくつか持って来させた。
自分の前にも置かれた公平に選り分けられた食べ物を見て、少し驚くヌクトウ。
俺たちだけ食べて、ヌクトウだけ何もナシ。なんて真似はしないよ。
するくらいなら説明しないで連れて来ただろう。
「色々ルールを押し付けて悪いが、ここだと防音魔法が掛かってるんだ。あんまり外で日本の話をしたくない。
あと見ての通り狭いからな、日本人全員が集まるのも無理だって理解してくれ」
そう言って毒見も兼ねて先に手を付けた。
今日はホクトも奮発して牛丼を三つ買ってくれたので、ご飯物があって嬉しいね。
外で動き回って帰ってきたら、余計な客がいてどっと疲れたよ。
牛丼をモグモグと食べていると、「お、おう」とか言ってヌクトウも手を付け始めた。
それを横目に寿司をつまんでビールで流し込む。
「ぷはぁ」
あー、今日も一日お疲れ様でした。
まだ終わってないけど。
「コウさん。会話に口出しはしないつもりですが、その人を選んだ理由を聞いておいても良いですか?」
他のメンバーには悪いけど今日は口出し無用でお願いしてある。
別に二人でここを借りても良かったんだが、全員で入ったのは単に賃料の問題だ。
その方が一人当たりの金額は安くなる。
あとは二人きりで話す事も反対された。殴り合いになるとでも思われたかな? しないよ。
「ん、消去法っちゃ消去法。色々あるんだけど多分一番話が通るから、かな。
チームジャパンの奴はどいつも論外だし、そっちの女性を一人連れ出すのも嫌だったろ?」
「当たり前だろうが」
アオバの問いに答えると、食べながらもしっかり聞いていたようでヌクトウも答えた。
だが目は周囲を伺っている。ここは敵地みたいなもんだし仕方が無いが。
それでもタカノと同席してなきゃ、こいつが一番話になると思ったんだ。こちらがそれなりの対応をしていれば、だけど。
「一度分けたもんを取りやしないし、ここに連れて来たからってなんかするつもりもないから落ち着いて食べろよ。
ま、警戒すんなって言う方が無理だろうけど。
身の危険でも感じたら〝ルーム〟に入ればいいよ。食い物を持ってても、一瞬で入って逃げられる。
それでお前を選んだ理由だけど。
さっき全員の前でも言ったが、別に俺は足の治療なんてしたい訳じゃねーからな。さっきの副支部長いるだろ? あれに歩み寄れって言われたから、仕方なくやるって言っただけ。
多分だけどあっちの面子の中じゃ、お前は別にどうしても足を治してやりたい、って訳じゃねぇと思ったんだよ。だから選んで来てもらった訳だ。
なんで特に害する気はない。だからこうやって酒を飲んで見せてる訳だ。まー俺が飲みたいからでもあるんだけどな。
逆に俺がそっちに行って話す、だったらこんな感じにはならないだろ?」
当初あちらは、俺に自分たちの方に来て話すことを要求した。
だが、引かなかったので代表者同士でどこか別の場所で話す事に変わり、最終的にヌクトウが折れてこの形になった。
繰り返しになるが、こちらは治さなくても構わない訳だし。話が進まなくても構わない。
向こうは副支部長が出て来た時点で俺にガツンと言って欲しかったみたいだが、そうはならなかった。
おそらく副支部長も状況を見て、空気を読んだのだろう。
「・・・・・・まぁこうはならないだろうし、確かに俺もどうしても治したいと思ってる訳じゃない。だがお前が突き落としておいて責任を感じていないってのはどうかと思うぞ」
「責任感じるくらいならやらねぇっての。それに散々人を傷つけるような事しといて、自分がやられたら大袈裟に騒ぎすぎなんだよ」
俺の言葉に周囲が頷いた。でも口は出さないでねと視線で合図を送る。
ブレザー学生服組がそんなことをした俺を、しょうがない無いなぁくらいで済ませてるのはそこが大きい。
サユリサのパーティメンバー然り、最初に騙されて手伝わされた日本人然り。
手伝わせた相手の怪我に、チームジャパンの連中は一切責任取っていない。
どころか、そのせいで効率が落ちたと文句を言うような奴らだ。
「ま、落とした事にも意味があるんだが、それはお前には関係ないから気にしなくて良いよ。俺にはやる必要があった。それだけだ。感情的なもんだしな。
それとも落ちた奴と仲良くて、お前も絶対に許せないって感じか?」
「フン。別に俺もどうしても治したい訳じゃない。そう言ったぞ」
「考えてみろよ、チームジャパンは回復魔法を使える奴がいないんだぞ? なのに前衛の役割を他のパーティに手伝えって言ってるんだ。都合良すぎだと思わないか? 前衛が欲しいなら自分らでどうにかしろって話だろ? 違うか?」
「それは・・・・・・そうかもな。
俺たちにもハルと二人で前衛をやれって言って来た。勿論拒否したが、引き受けてたら大変だっただろうな」
「は? 男にだけか?」
「あぁタカノと道明寺ちゃんは自分たちの方に入れば良いって。その方がレベルの上りが早いからってな。
ランクが上がったから二人は入れるんだそうだ。どうせその隙に口説こうとでもしたんだろうがな、そうはさせない」
「いや、何言ってんのお前?
・・・・・・え? 本気でそんなのんきな事いってんの? 下手したら殺されてたぞ?」
「・・・・・・は? いや、待て。いくらなんでも突拍子じゃないか?」
「いやいやいやいや、前衛をさせる。それだけなら引き離したら意味ないじゃんか。前にこそ回復魔法を使える奴が必要だろ? 怪我の心配もないし、レベル上げの効率だって上がるだろ?
じゃーなんでわざわざ引き離すんだよ? お前らが怪我しても構わないと思ってるからだろ?
殺すは言い過ぎだとしてもだ、それでお前らが動けなくなったら誰に取って都合が良いか、考えてみろよ」
「・・・・・・」
「あいつら怪我させても何の責任も持たないぞ?
なのになんで一緒に行動してんのお前ら? そんなにゴヘイと仲良かったっけ?」
「それは・・・・・・日本人同士で揉めたくないって。
特にアキノ・・・・・お前がゴヘイと揉めたから仲間外れにされただろ? そういうことを繰り返さないようにさせたいって。こっちに来てる日本人はこれしかいないんだから仲良くした方が良いって」
「それは道明寺さん? タカノ? どっちの意見だよ」
「カノだ。ナオちゃんはどっちかと言うと距離を取りたがってる。
だけどカノはほっとくとお前が対立を煽るからって、今度はゴヘイを仲間外れにしようとするからって。分かるだろ? 昔から優しいんだよ、カノは。
揉め事なんてなく、みんな仲良くやりたいと思ってるんだ」
「道明寺さんも同調してるの? ハル・・・・・・スズシロくんも?」
「そこは別にハルで良いだろ。どっちもカノを単独であいつらと接させたくないだけだ。勿論俺もな。
ただハルとナオちゃんはだから、お前に戻って来て欲しいと思ってると思う」
「あー・・・・・・俺がそっちに入れば付け入る隙もなくなるし、仲間外れにもさせないように出来て一石二鳥って訳か」
ついでに揉め事を丸く収めた功績と、問題児の俺を制御してるって実績も付く。
その辺をアピールして日本人の中で発言力を持とうとしてくんだろうな。
ただこの辺はヌクトウには言わない方が良さそうだ。
だが、困ったな。ヌクトウとは多少会話が出来そうだが、道明寺のグループと意思疎通が出来そうにない事が分かった。
そもそも日本人全員仲良くなんて出来る訳ないじゃんか。合う合わないある訳だし。
それでも代表者としてこいつとは会ってるから、多少話が進まないと困るんだけど。
「言っても信じないと思うけど。俺はそんなこと考えてない。ゴヘイなんぞ相手にする気もない。
はぁ~・・・・・・ お前ら勘違いしてるぞ。って言っても理解してもらえないだろうけど。
一応、考えてくれ。日本人全体の比率を。圧倒的に魔法使い系が多いだろ? つまり後衛って事だ」
「そうかもな。それが何だ?」
「お前は自分のパーティがバランスが取れてるから気にしないんだろうけど。日本人が集まると結局『前衛不足』が問題になるんだよ。そっちに話を持ってく奴がいる。分かるだろ?
自分は前衛なんてやりたくないって奴らが、適当な条件を持ち出して、他の日本人に前衛をやれと言っている。変に纏めたりしたら、日本人全体の関係の悪化を持ち出してくるようになるぞ?
ちょっとでいい、真剣に考えてみろって。これ、お前と話すことを選んだもう一つの理由でもあるんだ。
俺とお前、あと他に何人前衛の装備をもらった奴がいる? 後衛過多、前衛不足のままで全体が纏まって苦労するのは誰だ?」
「・・・・・・いや・・・・・・それは、前衛と言わせたいんだろう? そう思わなくもないが・・・・・・その時になってみないと分からないだろう?」
「そうか? 魔法使い、後衛寄りのスキルを選んだ奴がこの先、積極的に前衛の真似事をすると思うか?
俺は思わない。
何かしらの有意義な条件を提示する必要が有るだろう。それでもやるとは思えない。
既に一度、約束を反故にしてる奴らがいるんだぞ? 条件をつけたからってやるか?
誰もやらなきゃどうなる? 既に前衛を出来る人間、装備を持っている人間を貸せって言って来るんじゃねーの?
お前、それでチームジャパンの所に一人だけ移動してって言われたら素直に従うのか? 俺は絶対手伝わないぞ?」
「わたしは絶対いかないわよ!」
「俺もごめんですね」
ここには前衛装備を最初にもらっている人間が四人揃っている。
俺、ヌクトウ、ナグモ、リサリサだ。
日本人にはあと一人だけいて、サクマのパーティにいるチミっ子だ。
誰もやる訳がない。
ところで今日は口出ししない約束だったんですけど?