夕飯を食べる前に
ダリーシタの街近くの村、ミケア邸の離れ。
その庭ではアオバ、ナグモ、サユリが料理をしていた。この三人今夜の料理当番で、夕飯のメニューは冷やし中華となっている。
料理といっても麺とタレは日本製のパック品を使うので、上に乗る具材の準備だけで済む。そちらは大半をこの世界のモノを使う予定だ。
買い出し当番が買い集めて来ているが、既製品のハムだけが先日の野営からの使い回しで、この世界で買った塩辛い保存食だ。
日本と季節が連動しているようでこちらでも暦は七月になると、日本ほどでは無いが気温が高く暑くなってきている。
暑い中での食べやすさと、ハムの使い道を求めてこのメニューになった。
庭に作った即席の竈の一つでは、アオバが四苦八苦しながら薄焼き卵を作っている。その姿をエルフの美丈夫二人と胸部に厚い装甲をした兎耳の魔法使いが見つめていた。
チームジャパンの狐人が、サクマと言う女回復魔法使いのパーティを連れて訪ねて来ている。
そんな話は誰も聞いておらず、夕飯は人数分しか用意していない。
追加で買いに行く気もないコウヨウは、自分には関係無いとばかりに知らん顔をしていた。
調理担当のメンバーもそれに倣って知らん顔をしている。
(まさか翌日にはすぐ来るとはね。アレがいないとこだけは評価できるが。それだけあっちも焦ってるのかね?)
そんなコウヨウはリサと庭の外れでレジャー用に作った簡易なテーブルでティータイムをしている。
先日料理当番をしたばかりなので、今日は料理には手を出さないことになっている。
この集団はそういった約束をして一緒に行動している。
働かざる者は食うべからず。
この集まりで外で泊まる時は当番制で、必ず全員が一巡して食事を作るルールになっている。
なので急に訪ねて来た者たちの相手はマシロとホクト、そしてござるの三人が受け持っていた。
こちらは当番は関係無く、元より今回訪ねて来た件はマシロとホクトのカップルが主導で動いているからで、ござるは顔見知りだという事で一応同席していた。
マシロ・ホクト と サクマのパーティメンバー三人 が同じ高校の同級生で
ござる と チームジャパンの狐人 が 知り合いだった。
ござるだけでなくサユリも同じだが、あまり関わりたくないということで、ござるが請け負った。彼女は麺を茹でる為の竈の火を見て、手持無沙汰を誤魔化している。
他の野菜などは既に切り終えており、後は薄焼き卵が出来れば麺を茹でで、盛り付ければ食べられる状態だ。
本来の予定ならばとっくに茹で始めていてもおかしくなかったのだがそれが出来ない。勿論急に訪ねて来た者がいたからだ。
これは動いていたマシロもホクトも予定外だったらしく、夕食前に急な対応を余儀なくされていた。
とっくに沸いている湯の置いてある竈の前で「なんとかしてヨ」と目で訴えて来ているサユリ。
その視線を無視して、アキノは聞き耳を立てていた。
彼女と同じく話はしたくはない。なので混ざりたくない。
だが内容は気になっていた。
この訪ねて来た件は昨日、副支部長の部屋での話を他の七人に報告したことが発端ではある。
「一度連絡を取らないとどうにもならないですね」という結論になり、今回はマシロとホクトが動く事になった。
そして翌日、つまり今日の夕飯時にはもう訪ねて来た、という素早い展開である。
だからって飯時に来るなよ、というのがアキノたち八人の素直な気持ちだろう。
(ふむふむ、ほうほう。
俺がそれに当たるだろう、元中学の同級生のグループ。
アオバ、リサリサ、マシロらの現役高校生だったグループ。
ござる、サユリんにチームジャパンの狐人らの大学生で、サークルが一緒だったグループ。
それにチームジャパンのリーダーや、今来てるエルフになった男らが恐らくそうだろうというグループの四つに元日本人は分けられるのか。なるほど、なるほど。
一応向こうでも探ってはいるんだな。感心感心。何の役にも立たねぇだろうが、疑問は一つ解けた。
これが○×大学の卒業生、だという事が共通している、と。
そりゃ当人に確認しなきゃ分からんからな。俺には一生分からない分類だった訳だ)
「ねぇ、難しい顔をしてどうしたの? あとお菓子、食べないならもらってあげるわよ?」
自分と同じく聞き耳を立てているだろうと放っておいた筈のリサに声を掛けられ、アキノは少し驚いた。
大事な内容が紛れてるかもしれないんだから邪魔はするなよなー、と思いつつも返事をする。
「あー、あっちで話してる四つ目のグループの大学名が気になってね。
『死んだ時に一緒に車に乗ってた人らがその大学出身だった筈』
なんだよね。あとお菓子は人数で分けたんだから欲張るんじゃありません」
「もう、いつもそんなこと言って食べないじゃない。勿体ないわよ。
あとあっちの話は聞いてなかったから、後で詳しく教えて」
「帰ったら」と軽く頬を膨らませながらも、逆に顔を寄せて言われる。ここの、やりとりに小声を混ぜるの事にも二人はすっかり慣れていた。
だが聞いてない、という事にガックリしつつコウヨウは頷いた。
紙皿に乗ったお菓子を自分の方に寄せながら。
こうして外で食べる必要が有る時は、事前に用意する量を決めている。
買い出しの為には食事のメニューと分量の計算をする必要がある。
食材は使い切る事が望ましいからだ。
それと同時にその日に摘まんでも良いお菓子の数も決めて、きっちり八等分で分けている。
制限しないと際限がなくなって食べる事になるし、外での食事はこうやって外部の人間が声を掛けて来る事があるからだ。
先日の野営時も、周囲に他の冒険者がいた。ここでの食事もミケアの弟妹や、時に村人が顔を出す事がある。人によっては遠慮なく、人の食糧だと分かってても求めて来たりするものだ。それが駄目元で言ってみただけ、でも言われる方は困るモノ。
求められて渡すかどうかは、個人の取り分からの裁量とし、その上でお菓子の追加はしないと決めていた。誰かがもらうと、他の者ももらいに来る。
なので今の所アキノ以外は全員、確実に自分で消費することを選ぶ。リサの皿は当然、既に空だ。
アキノはあまりお菓子を食べないタイプなので、いつも最後まで残っている。
(お菓子は別に欲しがる奴いくらでもいる。あとでリサが目線を切ったらしまっておこう。女子組は結構俺の皿を見てるからな。面倒くさい。
俺は要らんが亀のシキも食べるし、手伝わせてる門のとこのガキにやってもいい。ミケアの弟妹も喜ぶ。だから自分の取り分がある奴にはやらん。自分の取り分で我慢するべきだ。
あんまりお菓子ばっかり食べるのもどうかと思うしな。とはいえその辺を言うのもおっさんの説教臭くなるから言えないが・・・・・・
さてそれは兎も角、せっかく小声で言ったのに話を聞いてないんじゃ無意味じゃねーか。どこに何のヒントが隠れてるか分かんないから、ちゃんと聞いといて欲しいんだけどなぁ。脳筋の駄サムライめ。まぁいいや。
その大学が同僚くんと新人くんの出身大学と同じなのは間違いないが、学部までは分かんねーんだよな。他にも細かい共通点があるのかどうか。
一緒の車に乗ってたもう一人のおっさんも同じ大学だったはず。何しろ社長も同じ大学だしな。
それでおっさんを採用したって聞いたし、その縁で固めてたんだろう。会社組織内でも大学派閥とかで分かれるらしいし。最も還暦定年の話が出る年齢だったから、二度目の人生は無いと思うが。一応頭に入れとくか。
ふむー。となるとやっぱ、他の場所に日本人がいる説が信憑性出て来たか。同僚くんがこっちにいるんなら、連絡は取りたいな)
システムのアナウンスは何度か流れたが、固有名称が出た事はコウヨウの件の一度しかなかった。その為にダリーシタの街に送られた日本人は、他の日本人について確信を持てていない。
だが最初の選択肢の数から逆算すると、いるんじゃないか? くらいの話は出るし、していた。
〝今は確証が無い話は断定しない〟
という事を、コウヨウが基本方針としている為にそれ以上の話になっていないだけだ。いると断定する理由がないだけで、コウヨウを含む八人全員に心当たりはある。
ブレザー学生服組は宿泊訓練で数台のバスで移動中だったし。
サユリとござるはサークルの(強制参加)BBQの帰り道だった。
共に、他にも人がいたのになんで自分だけが? という気持ちが個人差こそあれど、ない訳ではない。
(んー、俺には不要だったから考えなかったけど・・・・・・ 一応元日本人のリストを作っといた方が良いのかね?
特に高校生チームは現行の同級生がいる可能性があるなら、誰がどこにいるか、知りたいだろうなぁ。再会した時の為に、持たせておいてやりたいとは思う・・・・・・だが下手に流用して、悪用されるのが怖いんだよなぁ。
ただあれば、誰かが、何か、他の繋がりとかに気づく可能性がある、かも?
俺の思いつかない事を思いつく奴がいる。その為に情報交換の集まりなんてやってる訳だし、やるだけやっておくべきか? んー。独断でやりたくねぇなぁ、これ。一応奴らが帰ったら聞いてみるか。
それよりも、だ。そろそろ夕飯だから、話す事済んだらさっさと帰ってもらいたいんだがな)
コウヨウが聞いている限り話は終わっている。
相手が自分でなかったからか、それとも女性だったからか、もしかしたらマシロが相手だったからか、チームジャパンの狐人はペラペラと内情をぶちまけていた。
そんなことまで言うのか? という気持ちから、こいつ適当言って嘘ついてるんじゃねーの? と疑ってもいる。おそらく対応したマシロが一番困っているだろう。
なので一度切り上げて帰らせ、その後に八人で話合わないとこの件は先に進まない。
対応を引き受けてくれてはいるが、マシロとホクトは別に全権を任された訳ではない。
そもそもはアポを取る為に動く事を、引き受けただけだ。
だがチームジャパンの狐人が引きのばそうと話を続け、一緒に来たサクマも止める気配がない。
このままだと帰る事は無いだろう。
ではそれは何故か。
問題の張本人が、話し合いの場に出ていないからである。