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ライブハウスにて

「それは災難でしたね」


 リーンに向かう途中でまた倒れたりしたら危ないので、僕は念のため麻里を呼ぶことにした。僕が倒れたから念のため迎えに来てほしい、とメッセージを送ると麻里は息を切らして僕の家まで迎えに来た。相当急いで来たようだ。僕の説明を聞かず救急車を呼ぼうとしたので、僕が先程神様から役割を与えられたことを伝えると麻里はようやく落ち着いてくれた。


「しかし、役持ちに選ばれることはやはり大変なのですね。神様がいてくれて良かったです」

「そうだね。神様が僕に治癒魔法かけてくれなかったらまだ倒れてたかも」

「ちなみに、時雨は何の役割を与えられたんですか?」

「鬼だって」

「鬼?……ということは、ツノが生えているのですか?」


 麻里は僕の姿をまじまじと見つめた。


「んー……なんか力を使おうとすると姿が変わるんだって。だから今は普通なんだよ」

「なるほど……」


 そんな話をしていると、ライブハウス「リーン」に着いた。麻里がドアを開けてくれたのでそれに続く。


「凛音さんこんにちはー」

「いらっしゃい時雨ちゃん。倒れたって聞いたけど大丈夫?」

「はい、もう大丈夫です。あれです、神様から役割もらったので、その影響だけなので」

「あら、そうなのね。時雨ちゃん役持ちに選ばれちゃったかぁ。これからはお手伝い頼みづらくなるわね」

「僕で良ければオシゴトの暇見つけて来ますから。僕はここが好きですし」

「ありがとね時雨ちゃん。そう言ってもらえると嬉しいわ」


 凛音さんは僕の頭を撫でてくれた。血の繋がりはないけど、凛音さんは娘が欲しかったそうで僕を実の子どものように可愛がってくれている。本当に良い人だ。今日もお手伝い頑張らねば。


プルルルル……


「あら、ちょっと待っててね」


 開店準備を麻里と手伝っていると、凛音さんのスマホが鳴った。僕と麻里はそのまま準備を続けていたが、遠くからでもわかる凛音さんの深刻な表情につられて不安な気持ちが広がっていた。


「……困ったわねぇ」

「どうしたんですか?」

「それがね、今日ライブをやる予定だった子たちが遅れるらしくて」

「え!それ大丈夫なんですか?」

「どうかしら……。最低でも三十分は遅れるらしいのよ」

「三十分……」


 麻里がぽつりと呟く。さっき外を見てきたらすでに何人かお客さんが待っていた。今日のライブも楽しみ〜なんて友達と話しているのも聞こえていた。それなのに、待たせるなんて。たかが三十分でも、ファンからしてみたらされど三十分。きっと一刻も早く好きなバンドの曲が聞きたいはずだ。


「残念だけど、開場時間ずらすしかないか……」

「時雨」

「ん?なに、麻里」

「今日のバンド……レクイエスの曲歌えますか」

「何曲かは歌えるけど……それがどうし──」

「上々です。僕たちで場を繋ぎましょう」

「……え!?」

「良いですか、凛音さん」

「え、えぇ……。場を繋いでくれるなら」

「いやいやいや、待ってよ麻里!?」


 突然の提案に、僕はついていけず思わず麻里にツッコんだ。麻里はいつもの落ち着いた態度を崩さずに僕の方を見た。


「僕たち素人も同然だよ!?それなのに場なんて繋げないって!!」

「時雨がいるなら大丈夫です。君、歌うまいじゃないですか」

「僕の歌なんて素人に毛が生えた程度だって!」

「あら、そんなことはないわよ。時雨ちゃんの歌は本当に上手だもの」

「あ、ありがとうございます……じゃなくて!!僕じゃ無理だよ!せめて違う人に……!」

「……それなら」


 麻里は僕に耳打ちした。


「これでも駄目ですか?」

「いやそれ結局僕じゃん!?」

「お願い、時雨ちゃん!本当に場を繋ぐだけで良いのよ……!」


 凛音さんにまで縋りつかれ、僕は口を噤んだ。外で待ってるお客さんのことを考えたら、駄々をこねてる僕が急にみっともなく思えてきたからだ。……きっとライブをしたことのない僕じゃ力不足だろう。でも、場を繋ぐだけなら。


「……凛音さんの頼みなら」

「ありがとう、時雨ちゃん!」

「麻里、準備に入ろう」

「そうですね」


 麻里がマイキーボードの調整に入ったのを見て、僕もまた準備に入った。



「前座?」

「ええ。今日はレクイエスの子たちが来るまで、うちを手伝ってくれてる子たちが繋いでくれるの」

「へぇー……」


(早く来たの間違いだったかな……)


 時坂零次はこっそりため息を吐いた。レクイエスのベースであり零次の友人がライブのチケットをくれたので来たは良いものの、ライブは遅れて行われると聞き零次はがっかりした。


 零次には、ある目的があった。それは彼の所属するバンド、ミスターチョコレートのボーカルを探すというものだ。レクイエスのライブを聞きに来たのだって、彼らの交友関係をツテにボーカルを見つけられないかという目的があってのことだし。要はレクイエス以外に用はない……のだが。


(ん……?なんだ、意外と演奏するやつ少ないんだな)


 ステージに上がった二人を見て、零次は目を丸くした。

 一人は、背の高い青年。黒い髪を後ろで束ねた飾り気のない青年は、キーボードに触れる前にこちらに向かって一礼した。

 そしてもう一人は、室内だというのにパーカーのフードを目深に被った少年だ。サイズの合ってないオーバーサイズのパーカーに、これまたサイズの合ってない伊達メガネをかけた少年は、レンズの向こうから青い眼光を放っていた。少年がマイクの前に立ったことから、少年がボーカルを務めるらしい。


(……一応聞いてみるか)


「あー、うんうん。マイク、良し」


 少年は軽くマイクに話しかけると、一礼した。


「……前座、なんで。あんま期待しないで」


 初めてステージに立っているのもあってか、少年は言葉が致命的に少なかった。零次は苦笑をこぼした。


「でも……レクイエスの人たちが、来るまでは。僕に、夢中になってね」


 少年は口角を吊り上げた。その挑発的な笑みに、零次はなぜか惹きつけられた。


「それじゃ、聞いてください。……レクイエスで、『キミのための歌』」


 青年がキーボードを演奏し始めた。バラードらしくしっとりしたイントロで始まった演奏に、少年の声が重なる。

 ……衝撃だった。零次の心は少年の口から発せられた一文字で掴まれてしまっていた。


 この歌は、主人公が片思い相手を想って作っていた曲があったが、相手に好きな人がいると知り、相手の幸せを願って曲を作るのをやめる、という内容の曲だ。この曲はラブソングであり、切ない想いがこめられた曲なのだが……少年の甘く今にも泣きそうなほど切ない歌声は、零次の心をこれでもかと締め上げた。


──なんだ、これは?


 その感想とともに、零次の口角は自然と吊り上がっていた。


「見つけた」

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