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平行世界  作者: 返歌分式
一日目
8/34

家中

 血が舞った。


 どこが出所か分からない。

 壁に飛び散り、天井にまで届く血飛沫。

 自分の身体にもそれは飛び散って、服に染みを作る。


 私の視界に入ってくるのはただただ凄惨な光景。

 人間『みたい』な物が狂ったように踊っている。

 白い? 黒い? 透明? ダメだ。見えない。

 人間『みたい』な物、と認識しているのに、『それ』が見えない。


 ああ、これはなんだ。

 いきなりのことすぎて思考がついていけない。

 家の中から悲鳴が上がった。

 甲高い、耳が痛くなるような声――いや、これは音かもしれない――に顔をしかめる。


 玄関先で何者かに斬られているように踊る人間『みたい』な物。

 よく見たらそれは笑っているように見える。

 身体が無い、不透明な存在が笑っている。

 顔は無い。身体も無い。手も無い足も無い。

 人間のパーツが全部無い人間『みたい』な物。


 そんな存在が私の玄関先で踊っている。

 意味の分からなさに笑いが込み上げてくる。

 ゾンビや気持ち悪い犬の時とは全然違う。

 恐怖を感じているのかさえ分からない。


 口から漏れて出そうになる声を抑える。

 さっきから踊っている人間『みたい』な物のせいで、私の視界に入る全ての床と壁が見えなくなった。

 赤色のペンキで塗りたくったように、赤い床、壁。

 それのあまりの血なまぐささに、吐き気を覚える。


 赤色の液体が玄関から溢れ出す。

 それは私の足元を濡らして、外に流れ出る。

 液体に浸っている足元が生ぬるい。

 人間『みたい』な物が何かを持っていた。


 包丁。


 それを振り回して何かを切っている。

 さっきまで血を撒き散らしていたのに、今度は切りつけている何かから血が噴き出す。

 私はそれを恍惚(こうこつ)と感じた。

 うすぼんやりとした存在に、色がつく。

 赤色で着色された存在。

 赤色が少しずつその人間『みたい』な物の輪郭をかたどっていく。


 それは、笑っている。喜んでいる。楽しんでいる――――私の顔だった。




「おい、どうしたんだ」




 その声に、私はゆっくりと顔を後ろに向ける。

 目の前、とはいわないけど、予想以上に近い距離に居る司さんが怪訝そうに私を見ている。

 なんで家の中に入らないんだ、とその目が言っている。

 私はしばらくその場に立ち尽くす。



「お前の家じゃなかったのか?」



 何も言わない私にイライラした風に聞いてくる。

 私はその雰囲気に少し怯えながらも、首を横に振った。



「私の家です、けど…………」


「けど?」



 司さんにはこの凄惨な光景が見えないのだろうか。

 そう思って顔を玄関に向きなおすと、そこには何も無かった。


 私の家だ。

 壁にも天井にも赤色が無い。

 玄関先で踊っていた人間『みたい』な物も無い。

 足元を見下ろすと、生ぬるい感覚も無いし、さっきまで浸っていた血の跡も無い。


 変だな、と足を上げたり下ろしたりする。

 あんなに赤色が噴き出ていたのに……。

 なんでだろう。


 そこまで考えて私は我に返った。


 なんでだろう…………?

 私は何を考えているんだ。あんなことが日常的にあるわけがない。

 そうだ。あんな事が日常にあるわけがないじゃない。

 なんでこんなにも普通に受け入れようとしていた?


 なんで私の足に血が付いていないことに疑問を持った?

 それにさっきの人間『みたい』な物の顔はなんだ? 

 私だった。楽しそうに笑っている自分だった。

 何かを切って愉快そうに笑っていた自分。

 すとんっ、と私の中で何かがはまったような感覚がした。

 なんだか分からないけど、あれを見た時に妙にスッキリした自分が怖かった。


 それに、なんで私は『あれ』を人間『みたい』な物と思った?

 人間らしい部分も何も無かったのに、見えなかったのに、なんで私はそう思ったんだ?

 そう考えてみたら変だけど、でもあれは確かに人間『みたい』な物だった。

 見えなかった。でも見えていた。


 確かにそこに居ると思った。

 実際そこに居た。

 けどその姿は見えなかった。

 でも私には見えていた。


 ……あぁ、矛盾だらけだ。


 家の中を見てみる。

 何も無い。

 さっきまでの痕跡が無い。

 私が昨日寝る前に見た光景そのものだ。

 私が外から帰ってきた時に一番最初に入るところ。

 昨日と同じ風景。

 だけど静かにそこに在ることが不気味に感じた。


 私は少しだけ考える。

 家に入るべきか、入らないべきか。

 このまま入らないでおこうか、と後ろに退ろうとした瞬間、頭に痛みが走る。

 その微かな痛みに、私の足はその場に留まる。

 ……というか、家に入らないと学校に行けない……。

 なんでここまで学校に執着しているのか自分でも分からないけど、とりあえず家には入ることにした。


 改めて家の中を見てみると、電気が点いていなかった。

 私の家の玄関には日の光が入るような窓が無いので、少し薄暗い。

 一歩足を踏み入れてみると、外の温度より少し暖かい気がした。



「お母さぁーん…………?」



 ただいま、と声を上げても返事は返ってこなかった。

 それに寂しさを感じながら再度声をあげる。

 返事は返ってこない。

 寝ているのかもしれない。

 出かけているのかもしれない。

 どっちにしろ無用心なことは変わりないけど。


 そもそもお母さん自体がここにいるのかどうかさえ……。

 そんな不吉な考えが過ぎる。

 いや、お母さんはいる。

 変なことが起こってばっかりだけど、ちゃんといる、よね……?


 私は靴を脱いで、近くに置いてあったスリッパを履く。

 今脱いだ靴以外の靴がない。

 やっぱりお母さんはでかけているんだろうか。

 でも、こんな朝早くになんの用事があって外に出かけたんだろう。


 大丈夫なのかな。

 お母さんを捜しに行こうかな。

 ……でも、学校を休んだら怒られるし……。



 違和感。



 私、誰に怒られるんだろう。

 お母さんは温和な人で、めったに私に対して怒ったりしない。

 昔はそれを少しだけ寂しいと感じたけど、今はそうでもない。

 それに、お父さんは亡くなっている。

 だからお父さんに怒られる、ということは無い。


 私、誰に怒られることを怖がっているんだろう?


 ……別にいいや。

 今は学校に行くことだけを考えよう。

 私は躊躇なく2階にある自分の部屋に向かった。







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