此処
男の人の横に並びながら歩く。
初対面でいきなり横に並ぶのは気がひけるので後ろからついて行こうとしたら、男の人に「横においで」と言われて、私はお言葉に甘えて横に並ぶことにした。
歩く。
男の人は足が長いからか、結構ゆっくり歩いているはずなのに、すぐに距離が開いてしまう。
私はそれを必死に追って、男の人からなるべく離れないように歩く。
男の人は話しかけてこない。
無言で歩く。
どちらも話さないので、必然的に考えに没頭してしまう。
考えることといったら、ゾンビと犬のこと。
……なんであんなのがこの町にいるんだろう。
私が寝ている間に、本当に何かあったんだろうか。
私が外にいたことも謎だ。
今はもう痛みはあまり感じないけど、頭も怪我をしている。
起きた時から変なこと続きだ。
初めてまともな人と会ったと思ったら、この男の人もなんか変な感じがするし……。
対応は普通で安心するのだけど、あんな化け物を見てなんで平気でいられるのかが分からない。
慣れているようにも感じるし、私は本当にこの人についていっていいんだろうか。
黙々と歩く男の人。
私はそれを少し息苦しく思いながら、必死に話題を探す。
話題……話題……。
そういえば、とふと、気づく。
「あのー……私、住所教えましたっけ?」
「ん? あー……」
私に聞かれて「そういえばそうだったな」という呟きをもらす男の人。
……住所も知らずにこの男の人はどこに連れて行こうとしたんだ。
本当についていっていいんだろうか。
もしかして、変なところに連れて行って脅されるんじゃ……。
身代金要求されたりして……。
でも一番危ないのは体を要求されたり……。
後者は私のスタイル的にありえないけども、自分の考えに寒気がした。
でも、今の私はこの人を頼るしか無い。
自分で家を探しても、見付からなかった。
それに、また一人で家を探すと思うと心寂しい。
やっと会えたまともな人間なんだから、もう少し一緒にいたっていいはずだ。
「それじゃあ住所、教えて」
知らない人に住所を教えていいんだろうか。
一瞬そんな言葉が頭に浮かんだが、家を見つけるためだ。
しょうがない。
私は男の人に自分の住所を教えた。
「分かった」
そういってまた歩き出す男の人。その横を必死にキープする私。
また男の人は黙って歩き出したので、思考に移る。
一人で家を探すのが寂しいとも思うし、なんといっても一番怖いのは、私はゾンビやら犬やらから身を守る術を持っていないことだ。
あのまま悲鳴を上げていたら、私はきっと襲われていただろうことは想像するまでもない。
何もできない私は、私を助けてくれた男の人について行くしか選択肢が無かった。
少なくともこの男の人のそばにいたら危険を、一人の時よりは回避できるかもしれない。
もうあんなのに遭いたくない。
膨張した目が、脳裏に焼きついて離れない。身体が、震える。
なんだかこれ以上考えていたら泥沼に嵌りそうだ。
でも、考えること以外にやることって……。
横目で男の人を見る。
……横においで、って言われたから悪い印象はないよね、私。
多分。嫌いな人や生理的に嫌な人だったら、そのまま置いていくだろうし。
よし。
思い切って話しかけてみよう。
「あの」
「……ん?」
「名前、教えていただいても構いませんか?」
「……なんで?」
男の人は怪訝な顔でコッチを見る。もちろん歩きながら。
返事が返ってきたことに少し嬉しく思いながら、私は理由を考える。
眉間に皺が寄ってる顔もカッコいい、って何考えてるんだバカ。
理由……理由……。
私は今、この人の名前を聞いた。
それは私がこの男の人のことを知らないからだ。
……っていうか知らない人についていくなってお母さんかお父さんに言われてたのに、見事に言うことを聞いていないことに自分で呆れた。
「えーっと……失礼ですけど、私、今知らない人に付いてってるんです」
「そうだね」
「……だから、名前教えてくれませんか?」
「名前を知っていたら知らない人じゃないっていうことか?」
「…………はい」
恥ずかしすぎる。
なんでこんな理由付けをしたんだろうか、私は。
流石に名前を聞いただけで、怪しくないって決定付けるのはどうかと思う。
私はそんなに純粋でも天然でもない。
困ったように私は男の人を見上げた。
すると、男の人は私の視線から逃げるように顔を背けた。
「あまり自分の名前を言うのは好きじゃない」
……なんで。
名前を聞けないことにちょっとショックを受ける私。
いや、でも頑張れ私。
「私、浅倉由宇です」
「ふーん」
「……ダメですか?」
「……なんでそんなに俺の名前を聞きたがるかな……」
うわ、凄く嫌そうな顔してる。
もうこいつうぜぇよ、という心の声が聞こえてきそうなぐらい嫌な顔をしている。
どうしよう。私嫌われたかな。
カッコいい人とか綺麗な人に嫌われるのって、ショックだなぁとか、自分の行動に後悔する。
落ち込む私。
少し俯き加減に歩いていた私の頭上から、男の人の呟くような声が聞こえた。
「司……」
「え?」
「名前」
つかさ?
男の人を見てみると、さっきより嫌そうな顔をしながら前を見ている。
見える横顔がまたカッコいい。
……いやいや、そんなことより、つかさ?
そういえば私のクラスにいたな。
そんな名前の子。女の子で。
だからなのか、友達と同じ名前の男の人に好感を持った。
私は、私の出来うる限りの満面の笑顔で言う。
「かわいい名前ですね」
「うるさい」
「いえ、あの、本当に純粋にかわいいと思って言ったわけであって、その、からかおうとかそんなんじゃなくてですね……」
「黙れ」
司さんのあまりの変貌ぶりに驚く。
不機嫌そうに、不愉快そうに、前の方を睨んでいる。
私を見ていない。
私を拒絶するような雰囲気を、肌に感じる。
私はそのことに泣きそうになった。
ああ私はまたいらないことを言ってしまった。
私は人の気持ちがあまり分からない。
ずっと前に、同じクラスの女子に「浅倉さんって人の気持ち考えないよね」と言われたことがある。
他には空気が読めない、とか。
そんなことを言われて傷ついた私は、それから頑張って人の気持ちを理解しようと、ちゃんと空気を読もうと努力したけど、結局はあまり意味がなかった。
そのことを思い出して、司さんにも嫌な思いをさせたんだ、と自己嫌悪に陥る。
やっぱり私ってダメな人間なんだ。
人の気持ちも考えないで、考えられなくて、いつも失敗する。
こんな私だ。いつも一緒にいてくれる友達も私にいつか愛想を尽かすだろう。
初対面の男の人にも嫌な思いをさせた私なんだ。
……なんで私はまだこの男の人の横を歩いているんだろう。
この人は私をきっと嫌がっている。
なら、私はこの人の後ろを歩いた方がいいんじゃないのか。
そう思い至って、ゆっくりと、ゆっくりと歩く速度を落としていく私。
「それよりさ、どんな家?」
「え……?」
司さんの方から声をかけられたことに驚いて、顔を上げる。
その人は私を見下ろしていた。嫌な顔はしていない。
……どんな家?
私の家のことだよね。
でもなんで私の家のことなんて聞くんだろう。
そう疑問に思って、流石に住所だけじゃどこか分からないか、と納得する。
「えっと……普通の一軒家、です」
「ふーん」
「…………」
自分の説明能力の無さに呆れる。
そんなの、ここに住んでいる人だったら誰でも分かることだ。
ここらへんにはマンションなんて建っていない。
だいたいが一軒家の家ばかりだ。
外見もだいたい同じだから、説明の仕様がない。
私はどう説明しようかと悩んでいると、司さんがまた話しかけてきた。
「自分の家のこと、ちゃんと覚えてる?」
「あ、はい。…………ちゃんと、覚えてます……」
「歯切れが悪いな」
「あ、う……」
「自分の家のことぐらい覚えておいたほうがいい」
「うぅ……はい……」
優しいとは程遠いように感じる、投げやりな言葉。
まるで、私のことなんてどうでもいい、と言われているようで悲しかった。
でも、仕方が無い。
嫌な思いをさせたんだから、これぐらいはしょうがないんだ。
自嘲する。
私はダメな人間だ。
きっと私は人間の失敗作なんだ。
……こうやって自分を卑下することで自分がここにいることを確認するだなんて、本当に私はダメな人間だ……。
「あぁ、着いた」
「え?」
司さんの声に顔を上げてみると、目の前に私の家があった。
周りの家と同じ造りだけど、ちゃんと自分の家だと分かる。
私はやっと辿りつけた我が家を前に、立ち尽くした。
……でも、なんだかおかしい。
司さんが歩いていた道は、私の家に行く道じゃなかったはず。
なのになんでここの道から私の家に…………?
いつもの歩きなれた道だったはずなのに。
首を傾げて、ぼんやりと家を見上げ続ける。
「家に入らないのか?」
「あ……」
言われて気付く。
そうだ。私家に帰らなきゃ。
今日は平日だから学校がある。
お風呂に入って学校に行かなきゃいけない。
私は重い足をなんとか動かして玄関の前に立つ。
すると、動悸が徐々に激しくなってきた。
――……なんで?
なんだか扉を開けてはいけないような気がする。
――きっと気のせいだ
震える手で、扉の把手を掴む。
大丈夫。大丈夫……。
――大丈夫。大丈夫だ。何もない。何もないから大丈夫
ガチャリという音と共に、扉はなんの抵抗も無く開いた。
二年前ぐらいに書いた物をそのまま載せてるから、ちょっと幼稚な文章。