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平行世界  作者: 返歌分式
一日目
6/34

人間

「ん?」



 声をかけたら返答があった。

 たったの一言だけだったけど、今の私にはとても嬉しいことだった。

 良かった。ようやくまともな人に出会えた。

 思わず涙がでそうなところをすんでのところで堪えた。


 その人は、驚いた顔で私を見下ろしている。

 思ったより身長差が大きいようだ。

 私は顔をできるだけ上に上げて、その人を見上げる。

 その顔に、絶句する。


 …………な、なんというか…………



「どうしたんだ? こんなところで」



 か、カッコいい……!!

 心の中で私はそう全力で叫ぶ。

 中学校で見る男子よりは絶対にカッコいい。

 私はそう確信する。


 私を見下ろす男の人は、モデル雑誌に出ていてもおかしくないほどの美男だった。

 髪の毛は肩より少し上までに切りそろえられ、所々はねているが寝癖やパーマではないようだ。

 少しツリ目気味で、本当だったら怖いという印象を持つものなのに、顔には少し幼さが残っているせいか、その印象を持つことはなかった。

 20歳は超えてないかもしれない。

 黒いロングコートを着こなす長身の男の人に、私はガラにもなく見惚れた。


 世の中にこんなカッコいい男の人がいたんだ。

 いや、世の中にはいると思ってたけどこんなに身近にいるとは思わなかった。

 私は呆けてその顔を凝視する。



「……どうしたんだ?」



 男の人は、いきなり黙った私を訝しむように、低い温かみのある優しい口調で話しかけてきた。

 その声に身震いしそうになる身体を必死に抑える。

 男の人はその長身を折るようにして屈み込み、私に目線を合わせる。

 慌てて一歩後ろに下がって、勇気を出して声を出してみた。



「あ、ああ、ああの!!」


「あ、あぁ」


「私を家まで送ってくれませんか!」


「あ、うん。…………え?」



 言って、気付く。

 初対面の人に何を言っているんだ私は!

 私はカッコいい人に対しての免疫が無い。

 男子とすらあんまり話したことがないのに、モデルのような人と話をするだなんて……!


 あぁどうしようどうしよう。

 頭の中がパニックになる。

 とりあえず何かを言わなきゃ。

 何かを……。何かを……。

 初対面の人に対して言うこと……



「は、初めまして!!」


「ん? あぁ。初めまして……?」



 うあもう嫌。私は何を言ってるんだろう。

 ダメだダメだ。もっとまともな会話を。

 でもまともな会話ってなんだっけ。

 なんだったっけ。思い出せ私!

 男の人も、私の言葉に混乱気味だ。

 まともに話さなきゃ……。

 でもどうやって?



「あ、あの! 私迷子なんです!」


「そう」


「さっきから同じところをグルグルしてるんです!」


「そう」


「私の家の住所教えますんで、案内してくれませんか!?」


「自分の家なのに場所が分からないのか?」


「はい!」



 やった言えた! ちゃんと言えた!

 まともな会話とは程遠いけど、ちゃんと話せた。

 あぁ、でも今の私ってすっごく怪しい。

 小さい子供が迷子になりました、とか言うんだったら分かる。

 でも私はどこからどう見ても、幼稚園児とか小学低学年の子供には見えない。

 中学生の私をこの男の人はどう思ってるんだろう。

 ……変な子と思われてないといいな……無理か……。



「そうか。君、自分の家が何処か分からないのか」


「あ、はい……」



 今更だけど、本当に恥ずかしい。

 一応私はこの辺りに住んでいるはずなのに、人に道を聞くだなんて……

 ……でも、私が知っている町にはゾンビはいない……。

 ゾンビのことを思い出して、少し薄ら寒くなった。



「…………」


「…………?」



 何も喋らないことに不安を感じた私は少々俯き加減だった顔をあげる。

 男の人は私の顔をジーッと見ている。

 いや、私の顔を見てるんじゃない。

 どこを見てるんだろう?

 顔よりはるかに下なような気がする。

 何を見ているんだろう、と思っていると、男の人が口を開いた。



「君さ、ここは初めて?」


「え……、あ、いや…………この町に、住んでます……」



 目を逸らしながら言った言葉は、どんどんと小さくなっていった。

 最後の方なんて口の中で呟くぐらいに小さい。

 男の人は私の反応に、ふーん、と返すだけだった。

 ……なんか、とてつもなく居た堪れない。

 もう帰りたい。

 そう思ったとき、男の人の後ろの、数十メートル先の曲がり角から何かが出てきた。


――何、あれ……



 さっきとは違う意味で絶句する。

 曲がり角から出てきたのは、犬だった。

 けど普通の犬じゃない。

 大型犬より二まわりぐらい大きくて、背中から虫の足みたいなものが数本生えている。

 犬は、曲がり角を曲がらずに真っ直ぐにのろのろと歩いている。

 横から見た犬の目はありえないぐらいに膨張していて気持ちが悪い。

 その犬はしばらくキョロキョロと辺りを見まわして…………。



私のほうを、見た。



「…………き、……!」


「静かに」



 鬱血したその目で見られた時、私は恐怖で叫びそうになった。

 それを男の人が私の口を手で押さえて止める。

 私の視界に横目で犬の方を見ている男の人と、遠めに見える私がいる方向を凝視する犬。


 体が震えそうだ。

 なんで、なんでゾンビがいてあんな気持ちの悪い犬がいるの!?

 心の中で叫ぶ。

 男の人が私の口を押さえてなかったら私は思う存分に叫んでいただろう。

 犬は私の方をしばらく見た後、元来た道をすごくゆっくりとしたスピードで戻りだした。



「…………」



 犬が完全に見えなくなると、体から一気に力が抜けて、私はその場に座り込んだ。

 心臓がバクバクいってる。

 さっきからなんなんだ。

 映画で見たようなゾンビやら、さっきの気持ち悪い、生きているとは思えない犬。

 あれはどう見ても生きている、とは表現できない。

 いうなれば…………動いている、だけ。

 あんなものが生きているわけないじゃない!


 なんで?

 私が寝ている間に何があったんだろう。

 頭が混乱する。

 内心パニック状態の私に比べて、あくまで冷静な男の人。

 ……この人はなんでこんなに冷静なんだろう。



「大丈夫か?」



 男の人がそう声をかけてきた。

 普通の人間。

 ちゃんと会話はできてる。

 普通の人間だ。


 目が覚めてから会えた普通の人間。

 ……だけど、この人もなにかおかしい。

 あの犬を見て、平然と立っている。

 私は恐る恐るといった風に聞く。



「あ……あの犬、なんなんですか……?」



 私の問いに、軽く目を開く男の人。

 何この反応。

 私は何か変なことを聞いたんだろうか。



「さぁ? 俺にも分からないな」



 男の人の答えに私は驚いた。

 なんで分からないの?

 だって、あんなに対応に慣れているのに……。

 私は男の人の言葉を嘘だと思った。


 この人は嘘をついている。

 知らないなんて嘘に決まってる。

 なんでこの男の人は嘘をついてるの?

 私はこんなに不安なんだ。

 あれがなんなのか教えてくれたっていいじゃない!

 理不尽な怒りが私の中で巡る。



「まぁ、とりあえず立って」



 目の前に差し出された手。

 私はそれに条件反射のように縋った。

 私が手を掴んだ時、その手が震えたような気がしたが、男の人はそのまま軽く引っ張ってくれて私の足がちゃんと二足で地面を踏みしめる。



「あ、ありがとうございます……」


「君、迷子だったっけ」


「あ、はい……」


「じゃあ、俺についてきたらいい」



 まだ放心状態から立ち直っていない私に、男の人は私に背中を向けて歩き出す。

 私は置いてかれたくなくて、慌ててその背中を追いかけた。






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