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平行世界  作者: 返歌分式
一日目
5/34

恐怖

 走る。走る。

 予想外に速い速度で走れていることに驚く暇も無かった。

 呼吸も、少し苦しいけどまだ走れる。


 私は後ろを振り返った。

 何もいない。

 顔を前に戻してまた走る。

 逃げなきゃ。逃げなきゃ。


 でもどこに逃げるの?

 どこに逃げよう。

 どうしよう。家が分からない。

 人の家に入っていいんだろうか。


 どうしよう。どうしよう。

 そんなことが頭の中をぐるぐると回る。

 十字路を真っ直ぐ走り抜けるときに、さっきのゾンビが出てきそうで怖い。

 どうしよう。どこに逃げよう。


 無我夢中に走る。

 逃げなくちゃいけない。

 あれは私を食べようとしていた。

 死にたくない。逃げなくちゃ!!



「あっ」



 走っていると、何かに躓いた。

 目の前には地面。

 私は走っていたときと同じように、無我夢中で両手を前に突き出す。

 そのまま地面に転んだ。


 コンクリートの地面が冷たい。

 息が乱れている。呼吸が苦しい。息ができない。

 私が意識していなかっただけで、わりとぎりぎりだったのかもしれない。

 胸を押さえて地面を転がり続ける。


 起き上がって走る気力は私にはもう無かった。

 体が震える。


 さっきのことを思い出す。

 顔が抉られたように穴が開いていて、何かを――私の肉を――求めるように両手を前に突き出して、私に近づいてきて……。

 思い出すにつれて、その時の腐臭までもが再現される。

 私は口を押さえる。

 涙が出てきた。



「うぐっ…………ふぅっ…………」



 なんであんなところにゾンビがいたんだろう。

 私は映画の世界にでも入り込んでしまったのだろうか。

 リアルだった。

 あれは決して作り物じゃない。本物だった。



「ううぅ……ぁうっ…………」



 声がもれる。息が苦しい。

 誰か代わってよ。私の代わりに。

 こんな怖い体験、私はしたくない。

 代わって。誰か代わって。

 助けて。嫌だ。こんなのいやだ。

 体が震える。


 さっきのゾンビがまだ追っかけてきているような気がした。

 もしかしたら足が遅いだけで、まだ私のことを追ってきているかもしれない。

 そのことを考えると、言いようの無い恐怖と悪寒がした。



「嫌。嫌。いやっ……!!」



 地面をかきむしるように前に進もうとする。

 けど、身体が休むことを要求している。

 あまり進まない。

 その事実に、涙がこぼれる。



「うっ……ゴホッ、げほっ」



 体をくの字に曲げる。

 苦しい。呼吸が苦しい。

 体が痛い。あまり走らないから、筋肉を酷使しすぎた。

 浅い呼吸を繰り返す。

 私はその場で呼吸を整えることにした。




***




 体をくの字に曲げたままぼんやりと地面を眺め、私は考える。

 もう泣きすぎて泣く元気も無い。

 幸いなことにゾンビは私のことを追っかけて来なかったらしく、私は生きている。

 そう、私は生きてるんだ。

 生きてるから私は行動をしなければならない。

 ここでずっと寝転んでいてもお腹が空いたり喉が渇いたりするだろうし、さっきのゾンビが本当に来ないという確証も無い。


 そういえば、さっきの金属音はなんだったんだろう。

 金属で思い出したのは、ナイフ。

 私はそう考えると途端に不安になって、パジャマを捲り上げる。

 するとカランッ、とあの場で響いた音が聞こえた。


 私はちゃんと持っていたことに安堵した。

 ナイフを見ても地面に落ちていたままのもので、錆びていてとても汚い姿のそれにため息がもれる。

 私はそれを同じところに隠して、立ち上がることにした。



「…………」



 手を地面について私は起き上がる。

 起き上がった時に多少ふらついたけど、大丈夫。

 足を上げて、下ろす。手を目の前で開いたり閉じたりする。

 数回まばたきする。ついでに声を出したりする。


 うん。大丈夫。

 どこにも異常はない。

 パジャマについた砂を払って私は何回か深呼吸をした。

 早く逃げよう、と私は重い足を動かした。




***




 ふらふらしながら歩く。

 やっぱり私が今まで歩いてきた道に似ている。

 よく分からない言葉が書かれた塀。

 その他の見たことがあるもの。

 なんでこんなことになっているんだろう。

 家に帰りたい。

 頭の中はそれでいっぱいだった。

 それ以外のことを考えられない。一番安全であろう場所に、早く。


 角を曲がった瞬間、遠めに何かが見えた。



「ヒッ……!」



 私は急いで歩いて来た道に戻って身を隠す。

 黒い何か、だった。

 多分人だ。大きさからして人だった。

 もしかしてさっきのゾンビ?


 ゾンビだったらどうしよう。

 その時の恐怖が蘇る。

 体が小刻みに震える。

 怖い。怖い。怖い。


 ……怖い、けど。

 もしかしたらゾンビじゃなくて人間かもしれない。

 そ、そうだ。人間だ。

 これで、生きてて、ちゃんと話が通じる人だったら私の家まで付いてきて貰おう。


 大丈夫。知らない人にはついて行くなとは言われたけど、

 知らない人を連れてくるなとは言われてない。

 ……言われたことがあるような気がするけど、気のせいだ。うん。


 私は曲がり角から様子を伺う。


 黒い何か、はまだそこにいた。

 よく見るとそれは黒いコートを着た人間のようで、私は少し安心した。



――人間のフリをした得体の知れない生物かも……。



 私はそんな考えにかぶりをふった。

 わざわざ不安になることを考えなくてもいいじゃないか。

 私は、曲がり角からその人物に向かって歩き出す。

 ……できるだけ足音を立てずに。


 黒い、長めのコートを着た人は、そこに立ち尽くしていた。

 微動だにしない。

 私はそれに疑問を持ちながらも、ゆっくりと、確実に距離を詰めていく。

 髪が黒くて短い。それで背が高いから多分男の人。

 いや、全体的にほっそりしているから背が高い女の人かもしれない。

 ……さっきから黒いコートの人は動かない。


 一歩も動かない。

 だからといって、何かを探してる風でもない。

 何をしてるんだろう。誰かを待ってる? 誰を?

 さらにもう三歩歩いて私は立ち止まる。



 もしかして、私を待ってる?



 ……いくらなんでも考えすぎだよね。

 あのゾンビじゃあるまいし。

 ちゃんと頭が全部ある。半分に抉れてない。

 服もボロボロじゃないし。むしろ綺麗。

 うん。大丈夫。大丈夫。大丈夫……。



「あ……」



 黒いコートの人が、予備動作もなく歩きだした。

 自然に、立ち止まっていたなんてことを感じさせないぐらいに滑らかに。

 私は慌てて声をあげた。



「あ、あのっ!!!」



ピタリ



 とその人は立ち止まった。

 私は走った。

 その人は、振り返らない。

 私は、その黒いコートを着た人の前に回りこんだ。





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