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平行世界  作者: 返歌分式
一日目
4/34

逃走

 わけも分からず歩いた結果、こんなところに行きついてしまった。


 家と家の間の路地裏。

 妙に広いそこは、普通に大人が三人ぐらい横に並んで歩いても大丈夫なぐらいに広かった。

 けど、実際に三人並んで歩いても無理だろうな、と私は思った。


 路地裏には、ゴミが散乱していた。

 かろうじてゴミ箱はあるけど、思いっきりゴミがはみ出していて、それはもう凄惨な光景だった。

 それに、もう使わなくなったのか小汚い子供用の三輪車が、ちょうど真ん中でいかにも捨てられましたという風に倒れている。

 その他にも何が入っているか分からない、背の高い木箱が壁際に置いてあった。

 こんな場所では、ゴミに足をとられてまともに歩けない。


 もういや。

 同じ道が多すぎる。いくらなんでも多すぎる。

 あれから――何かがいたような気がした曲がり道を進んでいったら――、同じような落書きを5個も発見してしまったし、もうやけくそになりながら歩いていたら、こんなとこに行き着いてしまったし。

 なんで私はあれを追いかけようとしたんだ。

 痛む頭を抱えてため息をつく。


 また来た道を引き返さなきゃ。なんてめんどくさい。

 だいたいなんでこんなに同じ道を作ったんだろう。

 恨むよここらへんを作った人たち……。おかげで私は迷子になったんだから。

 またため息をつく。


 頭に置いた手を下ろして前を見ても、さっきと同じように視界に入るのは薄汚い路地裏。

 当たり前のように、人はいない。人の気配も無い。

 というより生き物の気配が無かった。


 耳を澄ましてみても――ここに来る間もしたけど――何も聞こえない。

 なんでもいいから生き物の存在が欲しい。

 鳥のさえずりでもいい。カラスのゴミ袋をつつく音でもいい。知らない人の家から鳴り響く目覚まし時計の音でもいい。

 冷たい空気が張り詰めた場所での静寂が、身を切るように私を責め立てる強迫観念が止まらなくなる。

 なんでもいいから、私以外が立てる音が欲しかった。


 重い重いため息を、長く長く吐く。

 なんでこんなに人がいないんだろう。

 人がいないならまだしも――というかそっちの方が今の格好の私にとっては都合がいいんだけど――他の生き物もいない。

 最初はこういうものなのか、朝は鳥たちも寝ているのかと思っていたけど、どうも違うような気がしてならない。


 朝鳥が寝ていたら、じゃあなんで私がいつも起きる時の音が鳥のさえずりなのか、説明がつかなくなってしまう。

 私の部屋の窓から聞こえる鳥の声と目覚まし時計の音。それが記憶をかすめ、不安に思う。

 朝鳥が起きているんだったら、なんでさっきから鳥の鳴き声が聞こえないんだ。

 鳥が空を飛んでいないか、空を仰ぐ。案の定、鳥なんて飛んでいなかった。

 不安が積もっていく。不安の上塗りをするように、私の頭にある映画が思い浮かんだ。


 前に見た、私の今いる町に似た場所を舞台にした映画。

 確かその映画の中でも町から人や生き物が消えて、私と同じ境遇に陥った主人公が、やっぱり私のような行動をとっていた。

 それで……、やっと人を見つけることができた主人公が、自分の前を歩く後ろ姿に気づいて、駆け寄って…………。

 そこでその映画の一番初めのホラーシーン。

 前を歩いていた人は、実はゾンビで、駆け寄ってきた主人公を食べようとしたんだっけ。

 それで命からがら逃げた主人公は…………。


 そこまで考えて、唸る。

 ……思い出せない。

 このあとどうなったんだっけ?


 うんうん唸りながら思い出そうと頑張る。

 あぁ……、そういえば、その時の私は寝不足で途中から寝たんだっけ。

 ……ホラー映画を見ながら寝る私ってどうなんだろうか。自分に呆れた。



「あぁーっ!! もうやめたやめた!! こんなこと考えてたら怖くなってくる!」



 今、まさにその映画の中のような状況なんだ。

 自分で自分を怖がらせてどうするんだ。

 「あー、もう!」と自分の頭を掻き毟った。

 こんなことを思い出すんじゃなかった!

 手をばたばたと振り回す。

 早く忘れよう!


 しばらくイライラして悪態を吐いていたが、急に寂しくなって暴れるのを止めた。


 ……いい加減、生き物が恋しくなってきた。

 まだ数時間……多分数時間、しか経っていないのに。

 私は本当に寂しがりやだな、と自分を笑う。

 もう今更パジャマのことなんかどうでもいいから、人に会って、道を聞きたい。

 疲れからか、ため息が出た。


 今日一日で何回ため息をついたんだろう。

 幸せがものすごい勢いで逃げていってるような気がした。

 あぁ、ダメだ。

 これ以上運が逃げていったら、この先きっと嫌な目にあう。

 あーぁ、と呟いてうな垂れた。


 少しの時間、落ち込んだ気分のまま地面を見つめていたが、こんなんじゃだめだと思った私は決めた。

 よし! 気を取り直して早く来た道を戻ろう!

 勢いよく自分の両の頬を叩く。

 小気味のいい音を周りの壁が反射した。

 勢いをつけすぎて両頬が物凄く痛かった。

 慣れない痛みに私は涙目になって自分の行動を少し後悔した。


 家に帰ってのんびり寝よう!

 そう意気込んで、思い出す。

 ……今日学校だったんだ。

 同時に、出かかっていたやる気が失せた。

 一日ぐらい休んでもいいかな……。あー、でも学校は行かないとだめだし。

 ……ズル休みはできないよね。

 そうだよね。学校は休めない。

 ただでさえ人より記憶力が悪くて頭も悪いんだから、一日でも学校を休んだらもしかしたらついていけなくなるかもしれない。

 ……それは流石に無いかな……?

 私は、心の中で泣きながら、来た道を戻るために踵を返した。



 ドサッ



――…………ッ!!!



 後ろから、何かが倒れる音がした。

 いきなりのことにびっくりして、私は動きを止める。

 私は、何が倒れたんだろうと思い、後ろを振り向こうとした。



 ペチャッ



 その音に、また動きを止める。

 何、今の。

 水気を含んだ雑巾を、地面に落としたような音。

 背筋が冷える。



 いる。


 何か、いる。



 私の脳裏に、さっきまで考えていた映画がよぎる。

 怖い。

 何かいる。

 得体の知れない、何かが。

 急激的に冷えた体に、冷や汗が背中を伝う。



――ゾンビ……?



 その考えに、笑う。

 顔の筋肉が引き攣った。

 違う。あれは空想上の怪物だ。

 現実にいるわけが無い。

 じゃあ、さっきの音は?

 私の後ろでした、音は?


 そうだ。確認すればいい。

 振り向いたらいい。

 振り向いて、私の後ろに何がいるか確認すればいいんだ。

 これで、猫とかだったらきっと私は笑う。

 そうだ。猫だ。きっと猫だ。

 幽霊の正体見たり枯れ尾花ということわざもある。怖いと思うからいけないんだ。

 猫だ。絶対猫だ。

 良かったじゃないか。

 恋しがっていた生き物に会えるんだから。


 私は意を決して…………

 振り向いた。



「………………え?」



 私は我が目を疑った。

 なんで『こんなもの』がこんなところにいるんだろう。

 そう思った。

 『それ』は、今、まさに立ち上がろうとしていた。

 人の姿をしている。

 服は見るも無残にボロボロで、髪の毛がない。

 頭皮が、何かに溶かされたようにぐずぐずで、白い、骨みたいなものが見えていた。


 『それ』は、立ち上がった。

 人間のように二足歩行。

 ひどい腐臭。

 『それ』は、顔をゆっくりと上げる。



――『それ』には、顔がなかった。



「…………うわああああぁぁぁぁあぁあ!!!!」



 私が振り向いた先には、人の姿をしているけど人では絶対ありえない姿だった。

 何かを求めるように突き出された両手も酸で溶かされたようにドロドロだった。

 顔は、何かに食べられたようにごっそりと抉られ、陥没していた。

 陥没しているところから、何かがはみでている。


 分からない。

 私はその赤黒い何かを理解することはできない。

 頭が理解することを拒否している。

 私は思わず口を押さえた。

 ひどい腐臭。

 吐き気が込み上げてくる。

 『それ』は、映画で見た歩く死体そのものの姿だった。


 ゾンビが歩く。

 何かを求めるように、両手を前に突き出して。

 私に向かって、歩き出す。

 歩くたびに、ぐちゃっ、と嫌な音がする。


 動けない。

 怖い。怖い。怖い。怖い……!


 得体の知れない『それ』に、恐怖する。

 身体がガタガタと震える。

 今にも膝が折れそうで、でもそれを必死にこらえる。


 怖い。

 怖いけど、『それ』から目が離せない。


 足を動かせ。簡単だ。足を上げて下ろす、それで歩けるんだ!

 逃げろ。逃げろ。逃げろ。

 早く早く!! 早く動け!!


 ゾンビは、私の目の前にまで迫ってきた。


 腐った両手が、私の肩を――――――




 金属が地面に落ちた音で私は我に返る。




 早く逃げなきゃ!!

 私は、肩に触れようとしている両手を寸でのところでかわす。

 勢いよく後ろに振り向いて、駈けた。

 さっきまで恐怖で動かなかった体が嘘みたいに動く。

 思いきり地面を蹴って、私はその場から逃げだした。






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