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平行世界  作者: 返歌分式
三日目
32/34

夕暮

 義呂絵君の住む屋敷の門を前に、私はなんでこんなところに屋敷があり門があるのだろうと脱力を多分に含んだ心持ちで肩を落とした。

 昨日私はこの屋敷を訪れた。白い猫についてこいと言われたので(渋々ながら)ついていきここに着いた。

 商店街からここへの道のりは長かった。数十分は確実だ。

 なのに、私の家から屋敷への道のりは短かった。数分と経っていない。

 それはありえないと言ってもいいことだった。

 私の家から屋敷の一直線上に商店街があるような道筋で、商店街から屋敷へ行く道のりの方が時間が掛かるというのはとてもおかしなことだからだ。

 地図で見たわけじゃない、まったくの体感での話だけども、それでも曲がり道や曲線の道なんてほとんどない一本道だ。おかしい。


 私は不可解に眉根を寄せ、途端馬鹿らしくなって小さく息を吐く。

 おかしなことと言ってもこの場所ではそれほどおかしなことでもなさそうだ。私は深く考えることを放棄した。

 それを見計らった訳ではないだろうけども、私の足元で白い猫は随分良いタイミングでしっぽを張り上げ鳴いた。



「さーぁ、着いたわ! んもぅ義呂絵ちゃんったら可愛いわねうふふ!」



 白い猫の言動はいつも突拍子が無く分からない。

 ここまでの道で色々と語っていたが、どれもこれも脈絡がつかめないものばかりでうんざりする。

 幾分暗い気持ちで白い猫に目を置いていると、白い猫が私を仰ぎ「さぁ!」と鳴いた。なにが「さぁ!」なのか分からない。うんざりする。  



「もーぅ由宇ちゃん暗すぎ! さぁさぁ早く言いなさいな!」


「……何を?」


「あらもう! さっき言ったでしょう? 昨日は私が開門させたけども、今日は由宇ちゃんの番だからねって!」


「……そんなこと言ってたっけ」


「言ってましたー言いましたー」



 白い猫がぶちぶちと拗ねた風に門に手を置く。

 私は自分の背丈の倍々以上ある門を下から上へ見る。

 私が何か言わなくちゃいけないの? でも、何を言ったらいいか。

 しばらくの間何を言ったらいいのか分からず、希望を求めるようにインターフォンを探す。その行為は無駄に終わり、私は最後に白い猫に目を向けた。

 白い猫は両前足を門のレリーフに置き、開門はまだかまだかと待ちわびていた。

 私はたまらず白い猫に助けを求める。



「何を、言ったらいいの?」


「普通よ。普通に「遊びに来ました」でいいのよ。そしたら義呂絵ちゃん、開けてくれるから」


「あ、遊びに?」


「そーよ」


「で、でも義呂絵君が、私の言葉なんかで開けてくれるわけないよ……」


「何言ってんのよ。由宇ちゃん」


「だって……」


「だっても何も無いわよー。由宇ちゃんそれじゃあここに来た意味が無いし、それに義呂絵ちゃんは由宇ちゃんに会いたがってんのよ。義呂絵ちゃん言ってたでしょ? また会いたいって。なーに卑屈になってるのか知らないけど、由宇ちゃんが遊びに来たっていうんだから開けないわけも入れないわけも無いの! 分かった?」


「…………」



 無言で再度門を下から上へ見上げる。

 開けて、くれるのだろうか。私の声で。私なんかの、言葉で。

 とても不安だった。なんでここまで不安になるのか理解できない。ただ、なんとなく義呂絵君は開けてくれないだろうと思う。

 あの強気な姿勢や声を思い出すだけで、心臓が痛いような気がする。義呂絵君はきっと開けてくれないだろう。

 私は自分の考えにかぶりを振る。

 いや、義呂絵君なら開けてくれる。大丈夫。大丈夫だ。

 私は息を吸い、呟くように猫の言葉を復唱した。



「遊びに、来ましたー……」



 私の声は空気に溶け消えていった。

 数秒、数十秒、数分。時間が経ち、依然として目の前にある門に私は泣きそうになった。



「あーもう由宇ちゃんそんな小さな声で聞こえるわけないでしょ!?」


「え」


「もー! 私の時は強気に出るのになんでこんなところで弱々なのー? 私泣いちゃうわよ?」


「そう……」


「どうでも良さ気な感じがやだわー……。もー。由宇ちゃんもっとおっきな声で言って!」


「遊びに」


「もっと!」


「あ、そびに来ましたー!」



 あまり出したことのない音量でそれは私の口から出た。

 私が自分のしたことに恥ずかしさで赤面するよりも早く、門が開いていく。

 昨日白い猫が鳴いた時よりも早い速度で門が開かれていきとうとう全開になったにも関わらず、勢いあまった門が盛大な音を立て衝撃に何回かゆらめいた後止まった。

 私はその様にただ唖然とするしかなかった。



「義呂絵ちゃんもかわいいこと。由宇ちゃんが来たのがそんなに嬉しいのねー」



 白い猫が上品に笑い、門の内側にへと足を踏み入れた。

 私は昨日と同じく白い猫の後ろをついていく。庭の真ん中にある噴水は、今回は自分で避けた。

 屋敷の扉の前。把手を握り、引く。


 ギリギリギリギリ、


 年季のいった鉄製の扉を開けた時のような音を起こす木製の扉。

 開け始めは重く、そして段々と軽くなっていくその不思議な扉を開けて屋敷にお邪魔する。



「……お邪魔します……」



 怯えや不安を帯びた私の声が、玄関ホールに虚しく響いた。

 相変わらずの寂しく冷たい空気に臆しながら壁に沿う階段を上る。

 白い猫はもう二階の扉の前にいた。私がその扉を開けるのを待っているのだ。私は急かされるように扉を開ける。そして驚いた。



「あ、あれ……?」


「あら。今日は白の気分なのね。まったく普通だわ」



 黄色く続くはずの廊下は、白に変わっていた。

 白い猫は悠々となんの不思議にも思わず廊下の先に行く。

 私はそれに置いていかれまいと追いかけた。

 左側だけ壁が無い廊下。庭は昨日見たままで、廊下の壁の色だけが違った。元々その色だったというように自然だ。歩き様に壁に触れる。不自然なおうとつも無く冷たかった。

 これもこの場所だからなのだろうか。ここまで変えることができるなんて。


 不気味さに憔悴する。今更なのだろうけども。

 白い猫の後ろについていきながら考える。

 視認できる範囲の壁は白い。その壁は昨日確かに黄色かったはずなのに。それなのに私が今見るのは白だ。

 私はこの白は人の手によって塗り替えられたものではないと感じた。屋敷には義呂絵君と老人以外に人がいないと、何故だか確信した考えがあったからでもあるが、それ以上に人の手によって、という部分がこの箱庭に相応しくないように思えたからだ。

 塗り替えられたと考えるよりも、一瞬の時間で変わった、という方がしっくりくる。


 いつも通りどんな原理かは分からない。分からないけども、現実ではありえない化け物達がいるように、そんなことも可能だと思った。

 私はここまで考えて不安が噴き出る。

 一瞬の時間で。屋敷の壁を変えるだけといっても、十分大掛かりのことを一瞬で。

 一瞬という時間は私の想像だ。じゃあ一瞬じゃなかったら、と考えても意味は無かった。

 変わった。換わっているのは事実。


 もしかしたら人も変えることができるのだろうか。

 不安がよくない考えを引き出す。

 もしそうだったとしたら、私を変えることだって。

 いや、私は変わっていない。そもそも私のどこを変えるというのだろうか。私は私だ。それは間違いない。間違いないはずだ。……変える? 私を変える?

 なんで私はここにいるんだろう。なんでこの箱庭にいるんだろうか。

 私は、日常生活を送っていた私を『ここ』に呼び出したことが、私を変えるといった行為じゃないのだろうか。

 背筋が冷える。そうだ。もしかしたらここ、箱庭では意識を持っているものは変えられないのかもしれない。意識を持っている私を変えることができないのなら、私が自分で変わっていくように、それがさも自分で望んだ変化のように、そう仕向ければいいのだ。


 なら、もしそうなら、黄色だった壁が白い壁に変えられたように、私も『変えられた』のか?

 私は、



少女(リトルレイディ)



 ハッと我に返った私は白い猫を見る。



「義呂絵ちゃんはね、この屋敷から出られないの」


「え?」



 白い猫の唐突の言葉に面食らう。

 間の抜けた声しか出ず、そんな私に白い猫は慈愛に満ちた微笑みを見せた。



「なーんでも願いを叶えてくれるかもしれない箱庭は、義呂絵ちゃんにだけは厳しいのよ。屋敷を好き勝手に組みかえられるだけで、他は何にも手が出せない」


「…………」


「箱庭は義呂絵ちゃんの意思とは関係なく変わっていく。それに屋敷も好き勝手に、って言ったけど意識的には無理なのよね。あらあらもう本当に可哀想に。義呂絵ちゃんは、非力な子供とそう大差無いのよ」


「…………」


「だから、由宇ちゃんがここに来たのは義呂絵ちゃんのせいだーっとか、思わないであげてね?」


「…………うん」



 私は無意識に頷いていた。

 さっきまで疑心暗鬼に揺れていた心が嘘のように静かだ。

 人をあまり疑いたくないし、私にそんな権利があるとは思っていないので、誰かにそう言われると安心する。その誰かが白い猫だった、というのが少し気に食わないけどもまぁいいかと一人頷く。

 屋敷の中は壁以外は昨日通りだ。

 ただ、中庭に差し込む光が赤い。天井窓も無い、ただの吹き抜けから見える空はいつの間にか夕暮れを語っていた。

 赤い。紅い。

 歩きながら見ていた空に、何かが思い出されていくような気がしたが、所詮気のせいだったようだ。

 口まで出かかっているのに出ないという歯痒さを感じ、眉を顰めて考える。


 そうこうしているうちに、猫と私はそこについた。

 昨日と同じ。まったく同じ。

 椅子に座り眠る老人。夕暮れに照らされてゆらゆら揺れるその姿を確認した後、廊下の先から幼い声が聞こえた。



「不躾にこんな遅くにようこそ。歓迎しないよ。で、どんな大層な用があってここに来たわけ?」


「そんな素っ気ない態度を取っちゃってまーぁ義呂絵ちゃんかわいいわー! 本当は嬉しいくせに」


「はァ!? 何言ってンのこの馬鹿猫!」


「きゃー! こーわーいー!」



 腕を組んで憮然とした顔で立っていた義呂絵君は、白い猫の言葉に怒りを露わにした。

 義呂絵君の顔が少し赤いような気もするけど、それはきっと気のせいだろう。多分。

 一人と一匹が一通りじゃれ合った(本人に言ったらすごく怒るだろうな)後、義呂絵君がうっとおしそうに前髪を掻き分け私に目を向けた。

 私は突然のことに身体が硬直する。

 何か反応しなくちゃと思い咄嗟に笑みを浮かべたが、ひきつった。



「あっははは由宇ちゃん不細工ー!」


「あー……もう。見てるとイライラするね、ホント」


「ごめんなさい……」



 反射で謝るとさらに嫌な顔をされ、猫には笑われた。

 こんなことなら私は何も言わず何も行動しない方がいいのかもしれない。

 大体私はいつもこうだ。いつだってうまくいかない。なんで私はここまでうまくいかないんだろうか。そうだ、あの時だって……。



「それで用件なんだけども、義呂絵ちゃん。私と由宇ちゃんを泊めてくれないかしら」


「なんで?」


「由宇ちゃんが一人じゃ怖いって、ね?」


「……別にいいけど」


「ん、ありがと。由宇ちゃーん?」



 私が落ち込んで自分の世界にいる間、白い猫が泊めてくれるよう頼み込んで了承をもらったようだ。私が気付いた頃には義呂絵君が呆れた顔でため息を吐き、相変わらず猫は笑っていた。



「部屋に案内するからついてきて」


「あり、がとう……」


「うん」



 義呂絵君はさっさと踵を返して廊下の先に行ってしまった。その後ろを猫と共に追う。

 私は突然中庭に揺られる老人が気になり、振り返った。老人は消えることなくそこにいる。

 ぎぃぎぃと安楽椅子に身を完全に委ねて揺れている姿はまるで死人を思わせるけども、私はその胸がちゃんと上下していることを知っているので不安は覚えなかった。

 あの老人は、いつ起きるんだろう。

 そんな疑問が過ぎるが、まぁ後で白い猫にでも聞けばいいか。

 私は顔を戻し、義呂絵君との距離が空いていることに慌てて小走りにその背中を追いかけた。

 





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