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平行世界  作者: 返歌分式
三日目
31/34

曖昧

 嫌いだから吼える。

 好きだから泣く。

 だから、憎ければ嘆いてしまう。




***




 瞼に何かが乗っている。そう感じて、私は倦怠感を伴うまどろみから浮上する。

 温かい。温かい?

 何が乗っているかは分からないが、私はそれから逃れるように身を捩った。

 身体が何かにぶつかる。何かに身体をぶつけたのが痛くて、再度身体を捻るも、同じ結果を残すだけだった。私はどうやらとても狭いとこにいるらしい。

 瞼の上から温かい何かが退く。

 それを追うようにしてぼんやりとした思考で目を開いた。思考と同じくぼんやりとする視界に白が映り、私はその白に向かって手を伸ばした。その白に手が触れる。すると白が私の指をするりと避け、手の甲に温かなものが置かれた。

 視界がぼやけすぎて、手の甲に置かれたものが何か分からない。

 しばらくの間ぼーっとその白を眺めていると、女性の困ったようなため息が上から落ちてきた。



「由宇ちゃん、いつまで寝ぼけているのかしら?」



 艶のある声に、私の意識が覚醒した。

 ぼやけていた視界が嘘のようにクリアになり、そこに白い猫がいると認識した途端、よく分からない不快感が私の顔をしかめさせた。

 私は自分の咄嗟の反応にしまった、と心の内で舌打ちをする。白い猫は私の態度に嫌味を言ってくるかと思いきや、むしろ嬉しそうに笑い私から少し距離を取った。



「由宇ちゃん起きたわね?」


「…………」


「ああんもうそんな嫌な顔しないの! せっかく由宇ちゃんのために食べ物を用意してあげたのに!」


「…………食べ物?」


「そうそう! 起きたらお腹空くだろーなー、って思ってね。あ、でもこんなところで食べ物を食べようなんて考えないでよね? さっさとこっから出なさい!」



 白い猫にそう言われて、やっと白い猫以外に意識を向ける。 

 私はテーブルと椅子に挟まれる形で床に寝転んでいた。なんでこんなことになっているのかが分からない。

 疑問に首を捻り何故かあちこちが痛む身体に悪戦苦闘しながら這うようにしてテーブルの下から出た。

 這い出た私は、立つ気力も無く床に座り込む。

 白い猫はそんな私に「椅子に座りなさい」やら「立てー! 立ちなさい!」だとか言っていたが、一向に言うことを聞かない私に諦めがついたようだ。「しょうがないわねぇ」と一言、そのまま椅子に机に飛び乗り、何かをくわえて私の前に下りてきた。


 白い猫がくわえていたのは、結構中身が入っていそうなコンビニの白いビニール袋だった。

 器用にビニール袋をひっくり返し、中身を床に落とす。

 サンドウィッチやおにぎり、菓子パンやカロリーメイト、飲み物はイチゴミルクや野菜ジュースなど、一人分には多すぎる量が散乱した。

 私は床にぶちまけられた食べ物を見、白い猫を見た。白い猫は何を勘違いしたのか、おすわりしたまま得意げに頭をそらす、いわば胸を張って威張っているポーズをとった。



「気の利く良い女だわ~、私」


「……うん、そうだねー……」


「あら! なにその心のこもってない相槌は! べ、別に由宇ちゃんのために料理を作ろうとしてダメだったからお店から拝借してきたとか、そんなんじゃないんだからね!?」


「うん、そうだねー……」


「話を聞いてすらいないわ由宇ちゃんったら!」



 白い猫が他にもぐちぐち言っていたが、私はそれを無視しておにぎりを手に取った。おにぎりの包装紙を取り払った頃にお腹が空腹を訴えてきて、そのタイミングに少し笑ってしまう。

 白い猫に一応のお礼を言うと、「もっと感謝しなさい」という言葉と共に自分もサンドウィッチに手を、いや口をつけていた。

 いつのまに包装紙を取っていたのか。そんな疑問も今更のような気がしてきて、私は何も言わずにシーチキンのおにぎりを口に運んだ。



「ねぇねぇ由宇ちゃん」


「何?」


「由宇ちゃんは、ここのことを気に入ったの?」



 黙々と、お腹は空いているが気の乗らない食事の合間、白い猫の言葉に私は首を傾げる。

 こことは、私の家のことだろうか。

 気に入っているもなにも、私にはここしか行くところがないので答えることができない。

 改めて考えるとどうなんだろうと思っていると「えーっとね、義呂絵ちゃんが言うに、箱庭? のことよ!」と私の勘違いを訂正してくれた。

 なんだ。家のことじゃないのか。これならすぐに答えられる。



「嫌いだよ」


「あら、いやにはっきり言うのね」


「嫌いだから。だってここは夢の中みたいなものなんでしょ?」


「えぇ、そうね」


「夢の中だろうと、薫があぁなって追っかけてくる場所なんて、……え……?」



 自分の言葉に青褪める。

 そうだ。私は拳銃を持った薫に追いかけられて、ここに逃げ込んだんだった。

 目がぎょろりと庭を臨む窓ガラスに向かい、そこに何もないことを確認する。が、何もないから誰もいないからといって私の心が静まるわけではない。

 こんなところで暢気におにぎりなんかを食べてる場合じゃない!

 薫が、私の友達のはずの薫が私を殺しに来る!

 私は立ち上がった。



「まぁ落ち着きなさいって」



 声に、私は白い猫を見下ろした。見下ろしているはずだった。

 え? と小さく声がもれる。

 私は床に座り込み、おにぎりを片手に呆けていた。

 一瞬何が起こったのか理解できずに混乱するが、すぐさまこれが白い猫の仕業だと分かった私は床を叩いた。



「ちょっとふざけないでよ!」


「ふざけてないわよ~?」


「こんなことしてる場合じゃないんだってば!」


「あら、なんでかしら?」


「薫が、薫が私を殺しに!」


「かおる? んー……。由宇ちゃんそんなに焦らなくても、少なくともこの家の周りには何も、誰もいなかったわよ?」


「嘘だ! だって薫は私の家の庭にまで……!」


「んー、由宇ちゃん。ここが『箱庭』だってこと、忘れてない?」


「は……、はぁっ!? それがなに!?」


「由宇ちゃん。由宇ちゃんがそんなこと考えてたら、本当に薫ちゃんがあなたを殺しに来るわよ?」


「……っ」


「そんな混乱してる状態で外になんて出たら、ばったり出くわしちゃうわよ。あなたの妄想に誘われてね」


「…………もう、そう?」


「そーよ。妄想よ。ここはそういうところなの。よくお分かり?」


「…………」



 白い猫の言葉に呆然とする。

 妄想。もうそう。……私に銃を向けた薫は、私の妄想?

 ゾンビや黒い物体の時と同じもの?

 そうなのなら、嬉しい。あれは薫じゃない。

 だが嬉しくもある反面、なぜあんな薫が出てきたのかが分からずに眉をひそめる。

 それっきり黙りこむ私に白い猫は一つ笑った。



「まぁ、ね。由宇ちゃんがどうしても怖いって言うのなら、こんなところよりも安全なところを知ってるわよ?」


「……どこ?」


「義呂絵ちゃんのところ」


「…………あぁ」



 なんとなく予想がついていたそれに、私は曖昧に頷いた。

 白い猫は「どうする?」と私に問いかけ、さきほどと同じく曖昧に頷く。



「よし、決まりね! あぁもう義呂絵ちゃんのところに行くって分かってたら、ここで食べなくても良かったのに! 由宇ちゃん、義呂絵ちゃんのところに行ったら存分にご飯をたかりましょう!」


「…………」



 無駄にテンションの高い白い猫に呆れの息を吐く。

 白い猫を見ていると、真剣に悩むのが馬鹿らしくなってきそうだ。

 そう思いつつも、やはり私は真剣に悩むのだろうけども。

 残りのおにぎりを口の中に入れながら、おにぎりを持った手が左手だったということに今更ながらに気付いて痛みに涙が滲んだ。



「あ、あら!? ちょっと由宇ちゃん、何!? 義呂絵ちゃんの屋敷の料理が食べられるからって、そんな!」


「違う!」



 盛大な勘違いをしている白い猫に声を張り上げた後、私と猫は出たゴミを適当にゴミ箱に捨て、家を出た。








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