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平行世界  作者: 返歌分式
三日目
30/34

三度

 横倒しの世界。

 冷たい床に頬をくっつけ、身体から力を抜いた状態で私はぼんやりとした意識を保っていた。

 私はたった今目を覚ましたところだ。

 けど、私は起きているというのに『私』はまだ夢を見ているようだった。

 さきほど見た夢を何回も何回も繰り返し見続けている。

 自分の中でぐるぐると回る感覚を曖昧に感じながら、私は横倒しの世界を見ていた。


 なんの変哲も無い、私の家。

 背の低いテーブルの下に倒れている私は、必然的に窓ガラスが視界に入ってくる。

 私は窓ガラスを見ていたのかもしれない。


 庭に続く窓ガラスは、赤に染まっていた。

 何かが飛び散ったように真ん中から外に向かう赤。

 私はそれがなんなのかよく知っていた。

 あの赤は、人間の身体を流れている、もちろん私の身体にも流れているものだ。

 そんなものが、私の家の窓ガラスにへばりついている。


 あれはなんの血だろう。

 まさか、あの友人の血では無いだろう。

 もしあの赤が、私の嫌いないけすかない友人の血ならば、ざまあみろと思う反面、何故あそこまで出血したのだろうという疑問も持つ。

 確か『私』が気を失う前に、私の家の窓ガラスは防弾だとかふざけたことを考えていたな。

 そんなことはないのに。

 庭へと続く窓ガラスは、ごく一般家庭にあるような普通のものだったはずだ。

 兆弾したわけじゃない。なのになんであの赤は。


 私がそう考えていると、窓ガラスにへばりついていたものが変化を見せた。

 赤が、どんどんと薄まっていく。

 私はその変化をなんとはなしに見ていた。

 ゆっくりゆっくりと赤は茶に変化していき、次に灰色に変わっていく。

 そして色を無くしていった。


 私が気がついたときには、窓ガラスに赤は存在しなかった。

 まるで最初からそうだったかのように、なんの障害もなく庭を見渡せる。

 普通ならありえない光景。だが私は納得した。

 私が今いる場所は普通じゃないのだから、このぐらいあってもおかしくはないだろうから。

 屋敷にいたあの子供の言葉を思い出す。


 『箱庭』。


 なるほど。

 箱庭の中が汚れたら、勝手に掃除してくれるというわけか。

 誰が掃除しているのかは分からないが、そこまで考えなくてもいいだろう。


 床に当たる頬の体温が、冷たかった床に移っていく。

 肌寒い空気に身体が小さく震える。

 部屋に戻った方がいいのかもしれない。

 だけど、身体が動かない。

 夢を見続けているから。

 だるい。動けない。

 私はただぼんやりと窓ガラスを見つめていることしかできなかった。


 私の中で回る夢。

 何回も同じ悪夢が巡る。

 『私』は嘆いている。

 私はそれに不快を感じざるを得なかった。


 あぁ、でもしょうがない。

 嘆くのが仕事なんだから。

 いつまでも嘆いていればいい。

 現実から目を背けて、また終わればいい。


 私は静かに待った。

 終わるのを。



 そんな私の前。横倒しの世界に白が映り込んだ。



「あら、起きてたのね」



 艶かしい女性の声。

 緩慢に目だけを動かすと、声が聞こえた方向に白い猫がいた。

 その白い猫を認識した私は不愉快に顔をしかめる。

 なんでこんなところにコイツがいるのか。



「あら~? あなた、違うわねぇ~?」



 白い猫は私の顔の前にまで近寄ると、失礼なことに前足で私の頬を叩きだした。

 それを煩わしく思った私は白い猫の前足を手で払ってやろうと身体に力を入れたが、力はまったく入らずに白い猫に無様な姿を晒し続けた。

 白い猫はなおも私の頬を叩く。



「私あなたのこと好きじゃないのよね~。あなたもそうでしょう?」



 あぁそうだとも。

 声に出して肯定してやろうと思ったのに、身体の時同様に動かない。

 声を出す気力が沸かない。

 ただ恨みがましく白い猫を見上げるだけだった。

 白い猫はそんな私を見て鼻を一つ鳴らした。



「生意気ね、その目。嫌いだわ」



 白い猫の言葉に身体が動いた。

 顔の表情筋が引き絞られ、笑みがもれる。

 愉快だった。



「私はね、少女(リトルレイディ)がいいの。弱い弱い由宇ちゃんがいいのよ。あなたは好きじゃないわ。強くもないけど、弱くもないからね」



 随分勝手な話だ。

 この白い猫は、私への言葉が『私』に伝わらないとでも思っているんだろうか。

 私はますます笑みを深くしていく。



「むっ。まだ笑うの? あ~嫌だわこの子~。相手したくない子だわこの子~。ねぇ、早く私のかわいいかわいい由宇ちゃんを出しなさいよ」



 頬を叩かれる。

 私は笑みを深くしていく。

 白い猫は喋らない私に不満を持ったのだろう。「いいわいいわ、あなたがその気なら」とシニカルに笑った。



「おやすみなさいからおはようまで、付き合ってあげるわよ」



 白い猫はそう言って、今まで頬を叩いていた前足を私の目にかざした。

 そのままゆっくりした速度で目に近づけるものだから、私は思わず目を閉ざす。

 訪れた暗闇。光が遮断されたことによって匂いが鼻につく。瞼に置かれる前足の感触。太陽の匂いがする。



「はーやく由宇ちゃんが出てきますよーに。それじゃ、おやすみなさいさようなら!」



 白い猫の陽気な声。

 急激に襲い掛かってくる眠気。

 抗うことはできなかった。

 私は白い猫の思い通りになっている自分が情けなくて、最後に言葉をもらす。

 何を言ったかは自分でも分からないが、白い猫が「できるものならしてみなさいよ!」と高らかに笑ったことが、酷く気に障った。









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