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平行世界  作者: 返歌分式
三日目
29/34

真実を妄想で包み隠して語る頭

 妄想で語りましょう。




























「由宇は、かわいそうだよ」



 その声に少女は振り返った。学校の廊下に立つ二人。

 振り返った少女は不可解そうに眉をひそめて、薄く笑いながらこちらを見る友人を見返した。

 その反応に満足したのか、さっきとは違う、人付き合いの良さそうな笑顔で友人は少女に近寄る。



「由宇は、かわいそうだよ」



 同じ言葉を再度吐く。

 流石に二度目は不快に感じたのか、少女はありありと不快を示した。



「なんで私がかわいそうなのよ」


「私はそう思うよ?」


「だから、なんで」


「だって由宇のお母さんってさ――――」



 ノイズ。

 後半の言葉は、少女の聞きたくない言葉。聞かなくてもいい言葉。聞かなくてもいいから聞かない。

 少女の耳に言葉が届こうとも、それを理解していなければ意味のないことだった。

 少女は今何を言われたのか理解できずに、不思議そうに首を傾げた。


 少女の友人は、そんな少女の反応に「ほらやっぱり」と声を出す。

 少女は何が「ほらやっぱり」なのかわからず、さらに首を傾げるだけだった。

 友人は、時々突拍子がなく訳のわからないことを言う。今回もその類だろうか、と思った。

 友人の言葉を適当に流そうと考えた少女は、歩き始める。

 次の授業は移動教室だ。選択の授業でとった数学。

 同じ教科をとっている友人は、歩き始める少女の横に並んだ。



「普通さ、他人にこんなこと言われたら怒るか泣くかするよね? なのに由宇はさ、『なにをそんな当たり前なことを言うんだろう』みたいな顔でスルーするでしょ? ね、それってかわいそうだと思うよ」



 少女は、そんな友人の言葉に適当に相槌を打つ。興味が無かった。

 友人の『かわいそう』は教室に入っても続き、授業が始めるとようやく止まった。













 少女もたいていおかしな人間だったが、友人も大概おかしな人間だった。

 私はなに食わぬ顔で少女に近寄る友人のことが嫌いだった。

 純粋そうな、優しそうな顔の裏に意地汚いドロドロとしたものを持っているからだ。

 私は友人のことが嫌いだ。少女は友人の顔に気付かない。人の悪意を理解できないからだ。

 周りの人間が例に漏れることなく誰かの悪口を言うのは分かっている。理解できている。人間は他人への悪口で自分の鬱憤を晴らしていることなど、知っていた。

 その矛先が、遠くから自分に向けられることも知っている。

 けれど、それは『遠くから』というのが前提だ。


 少女は面と向かって悪意を向けられる、ということを知らなかった。

 知らないというよりも理解できないと言った方がいいのか。少女は面と向かって悪意を吐く人間の神経を理解できなかった。

 人の悪口を言う人間がいるのは分かっている。だがそんな人間が目の前にいて、実際に言われている言葉が悪いことなのかわからない。

 だから少女は友人の言葉を飲み込む。

 廊下での出来事から、ことあるごとに『かわいそう』という友人の言葉に、耳を傾け始めていた。『もしかしたらそうなのかもしれない』と、思い込み始めていた。

 私は友人が嫌いだ。気付け。気付いてしまえ。私はこの人間が嫌いだ。












 廃れた廃屋に、二人が上る。

 町外れ。あまり人が寄り付かないその場所。

 私はなんとなくこの後の展開がどうなるか、分かっていた。

 一言二言、短く言葉を交わしてゆっくりと階段を上がっていく。

 全方位はコンクリート。そのひび割れた隙間から、外の光が差し込んでるだけ。ホコリに堰がもれる。



「それでね、由宇」



 友人が振り向き、話しかけてきた。

 少女はそれに小さく返答する。

 階段から突き落としてしまえ。



「ここの屋上、眺めが良いって言ったじゃない、私。それにここ、何か出そうじゃない?」



 話のつながりがまったく見えない。

 少女は話がいきなり飛んだことに首を傾げる。



「だからさ、写真撮ろうよ」



 そう言って友人はインスタントカメラをポケットから取り出して見せた。



「こんなところとかに、いるかなぁ?」



 階段の途切れる場所。廃屋のフロアの一つ。

 階段の近くから、古ぼけた柱を撮る。

 フラッシュがたかれ、暗いフロアの中が一瞬照らされる。

 古い支柱の脇に、角材が置かれていたのが見えた。

 それで殴ってしまえ。

 友人は私に背を向けて写真を撮っている。

 私はこの廃屋から早く出たかった。

 少女はその逆で、早く屋上に向かいたかった。

 だから言う。私の口は勝手に喋り出す。



「ねぇ、早く屋上に行こうよ」



 少女の言葉に友人が振り向き、「そうだね」と頷いた。

 私の記憶の中でその顔は黒く塗り潰されている。

















「すごい風だねぇー」



 屋上への扉を開くと同時に友人は駆け出した。ものめずらしそうに辺りを見回している。

 私もそれに倣って辺りを見る。

 なんてことはない。

 廃墟は廃墟らしく床にひび割れを起こし、申し訳程度に置かれた子供用の遊具が物悲しく鎮座しているだけだった。

 屋上の縁にはちゃんと落下防止用の手摺りがついていたが、小さな子供でも簡単に潜り抜けれる格子の幅と乗り越えられる高さのものだった。

 『不慮の事故』を起こしてくださいと言わんばかりの造りだ。


 視界の隅で友人が寂れた遊具に触れるのが見えた。

 パンダの形をした乗り物。空中に浮いたパンダを支えるのは錆びれたバネ。

 友人が横から押すと、ギギギ、と鈍い音を立てた。

 友人は何回か押したり手を離したりして遊んでいたが、やがて飽きたのか私に顔を向ける。



「ねぇ、なんかここってさ、世界の終わりーって感じしない?」



 唐突にそんなことを言い出した。

 少女は「そうかな」と首を傾げる。

 友人は不満げな顔をした。

 自分の言うことを力説するように、大きく手を広げて語る。



「そうだよ。だって、ここから見える風景もまさにそんな感じだし! 人がいなくなったら絶対こんな感じだって!」



 なるほど。

 少女は頷く。

 少女と友人の見ていたものが違ったから、少女は友人が感じたことを理解できなかったのか。

 あぁ、これだから私は。

 少女は自分を呪う。

 一般的であろうとするたびに、自分が少しおかしいことを確認してしまう。

 少女は自分を呪う。


 そんなことあるわけないのに。人は一人ずつ感性が違うから、誰かが感じたことを感じなかったからといって、それは一般的な感覚を理解できなかったというわけでもないのに。

 少女は自分が嫌いだ。自分が憎い。

 自分の感覚も、自分の常識も、自分を構成する全てのものを少女は嫌っていた。

 だから自分を虚ろにし、自分を見失ってしまったんだ。

 無意識に代わりなんてものを作って。



 あぁ、憎い。


 憎い、憎い憎い憎い。


 キライだ。人間なんて、人なんて、少女のことなんて。



 少女は屋上の縁に立つ。

 古ぼけた手摺りに両手を置き、そこから見える風景を臨む。


 空は、いつの間にか夕日を見せていた。

 工場が多く建てられた街外れ。

 煙突から吹き出る煙は、丸い朱によって黒く浮き彫りにされる。

 赤に彩られた工場共も同様。

 屋上に吹く風が鳴く。

 寂しい風景を、より廃れたものにするかのように。



「ね、どう?」



 友人がいつの間にか後ろに立っていた。

 少女は驚いて振り向いた。



「こんなキレイな風景なら、死んでもいいかなって思えるよね?」



 友人は笑っていた。

 寂しそうに笑っていた。

 少女が友人のその顔を見た時、それと一緒に友人の手も見えた。

 友人の手は、真っ直ぐに少女に突き出されようとしていた。

 だから私は答える。

 友人からの問いに、私は答えた。



「――――――」



 友人は驚きの表情を浮かべて、笑った。



「由宇は、かわいそうだよ」



 その言葉と共に、友人は私の背中を押した。

 いつの間にか向いていた夕日の方。

 少女の身体は面白いほどにあっさりと手摺りを乗り越えて、そして落ちていく。



「由宇、ダメっ!!」



 友人の手が少女の服にかすり、落ちていく。 

 落ちていく、落ちていく、落ちていく。

 友人の必死の声が遠くから聞こえる。

 だがそれはもう意味のないものだった。


 私は落ちていく。

 落ちていく。 

 思い出すのは何もない。

 何もないはずだ。

 何もないはずだったのに、思い出されていく。


 家族だったり、友人だったり、自分のことだったり。

 思い出したくないことが目の前に流れていく。

 私は目を瞑り、言葉を紡ぐ。



「さようなら」



 その時の私は、確かに充足感で満たされていた。








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