無い事
静寂が辺りを満たす。
一つだけのノック音の後、庭にいる人物は何も行動を起こさずにその場に立ち続けた。
自分の口元を両手で押さえて、必死に息を殺す。
庭にいる人間に私の息遣いが聞こえるわけがないのだが、それでも徐々に恐怖に荒くなっていく息が窓ガラス越しに伝わりそうで怖かった。
庭にいる人間は動かない。
鼻から抜ける荒い呼吸音だけが私の耳元に届く。
薫は、私がリビングにいることに気がついていないのだろうか。
今私がリビングにいないか捜しているんだろうか。
私がテーブルの下に隠れていると知ったら、あの窓ガラスを割って家に入ってくるんだろうか。
考えると、怖い。
何をされるのかわからない。
いや、道で会った瞬間に撃ってきたんだ。
見つかったらきっと殺される。
なんで私は殺されるんだろうか。
わからない。ただ、怖い。
視界で佇む人物が動いた。
持ち上げていた腕の力を急に抜いたのか、だらんと片手が私の視界に入ってきた。
その手には黒い銃が握られている。恐怖に悲鳴を上げそうになった。
よく考えれば、窓ガラスに鍵をかけていたとしても、銃で撃って開ければいいんだ。鍵をかけていても意味がない。
私はそのことに気がついて、あぁダメだ、と小さくもらす。
もしあの銃が私の視界から消えたら、薫はいよいよ私の家に入るために窓ガラスを割るだろう。
薫が家に入ってくるのも時間の問題。
そう考えていると、ゆっくりと銃が私の視界から消えていった。
じらすようにゆっくりと上に移動していく銃。私の脳内で、薫が窓ガラスに向かって銃を構えている図が展開される。
破られる。薫が家に入ってくる。薫が家に入ってきたら、こんなところにいる私はすぐに見つかるだろう。
あぁどうしよう。どうにもできない。私はただ殺されていく。
やだなぁ死にたくない。薫の手でなんて殺されてたまるか。あぁ嫌だ私はかわいそうなやつなんかじゃない。友達に殺されるなんて、嫌だ。
その時私はふとあることを思い出した。
そういえば私の家の窓は防弾ガラスだったんだ、と。
なんで一般家庭の窓ガラスが防弾ガラスなのかわからない。本当に防弾ガラスなのかもわからない。ただ、『私の家は防弾ガラス』なんだ。
私はそのことに薄く笑った。
恐怖と安堵が混ざった、汚い笑顔だ。
ふ、ふふと小さい笑い声が聞こえた。
それは私の声だ。
私の声なのだけども、それはどこか遠くから聞こえてくるものだった。
薫が窓ガラスに向かって銃を撃とうとも、無駄。
だってそれは防弾ガラスだもの。
弾なんて通さない。
ひびも入らない。
撃った瞬間、兆弾する。
兆弾したら、被害が出るのは薫の方なんだ。
だから大丈夫。私は大丈夫。
くぐもった銃声が聞こえ、それとほぼ同時に誰かの悲鳴が聞こえた。
視界に赤が散る。
私はその赤を見ながら、暗い闇にへと思考を落とした。