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平行世界  作者: 返歌分式
二日目
22/34

その契約は子供に対しての約束された裏切り



「おかあさん」



 そう言って手を伸ばす子供。

 でもそこには母親はいない。その子の母親ではなかった。


 手を伸ばした先にいたのは女の人。

 若い女は苦笑しながらその手を取った。


 自分の手を取ってくれたことが嬉しかったんだろう、子供は満面の笑みでその女に抱きつく。

 ダメだよ。何してるの。その女から離れて。

 その女は敵では無いけど、味方でも無いんだよ。さっさと離れた方がいい。



「わたしはおかあさんじゃないよ。おかあさんはあなたといっしょにいるひとよ」


「じゃあせんせいがおかあさんだ」


「わたしはおかあさんじゃないよ」



 困ったように笑う。

 今のところ、その子供の母親より長くいるのは確かだ。

 子供とその女が知り合って、10ヶ月。


 母親は肺に病気を持っており、今は入院中。

 父親、母親、子供の三人暮らしの生活。

 父親は仕事で忙しく、とてもじゃないが家には居れないだろう。

 だから、この若い女が母親の代わりにその子供に構っている。



「わたしはあなたのおかあさんじゃないよ」


「……しってる」


「おかあさんじゃないけど、あなたのおともだちにはなれるね」


「じゃあせんせいはわたしのおともだちだ!」



 その女の言葉が嬉しかったのだろう、無垢に笑う子ども。

 そんな子どもを愛おしく感じたその女は、子どもに向かって手を伸ばした。



 すると子どもがびくりと、大げさなまでの反応を示した。



 女の人がそれを見て、苦笑いをした。



「だいじょうぶよ、だいじょうぶ」



 頭を撫でると、子どもはとても幸せそうな顔をした。






















「せんせい。せんせい」



 家にその女の人が訪ねてきた。

 とたとたと駆け寄ってくる子どもに、笑顔を向けて「こんにちは」と挨拶をした。



「せんせい」


「きょうはなにをしてあそぼうか」


「わかんない」


「じゃあ、せんせいといっしょにばとみんとんをしよう」


「ばとんみんとん?」


「ばとみんとん」


「やる」



 その日はとてもつまらないボールのやり取りをした。

 つまらないとは思っていても、子どもは楽しそうに笑う。

 女の人に嫌われたくないんだろう。

 母親に嫌われて、そしてこの女の人にまで嫌われたら。


 そんなことを考えて過ごす日々は、その子どもにとって、とても苦痛で、苦痛で。


 父親はそんな子どもを見て、毎晩毎晩ちゃんと構ってあげたいと心から願っていたようだ。

 出張に出掛け、家に空けている時もきっとそうなんだろう。



「ごめんな。とうさんはしごとにいってくるから、いいこにしているんだよ」



 そう言って家を出て行く。

 父親の背中を見送る時の子どもは、いつも心に不安を抱いていた。



 もしかしたら、おとうさんがかえってこなくなるかも。


 おかあさんはわたしのことがきらいだから。


 おとうさんもわたしのことをきらいになるかも。


 きらわれたくない。きらわれたくない。



 怖い。怖い。怖かった。

 子供はその恐怖から逃れるために女の人に抱きつく。



「ゆうちゃん。がっこうにいこうか」


「やだ」


「なんで?」


「べんきょうきらいだから」


「がっこうにいったらおともだちがたくさんできるよ」


「いらない。せんせいだけでいい」



 子供がそう言うと、女の人は苦笑した。

 きょうはなにしてあそぼうか、と訊ねるだけだった。






















 女の人が、突如としていなくなった。

 それは子供が小学一年生から二年生に変わる境目の出来事だった。

 女の人にプレゼントを、と子供は近所に咲いている花を摘んで家に帰った。

 その時に、習慣としていたポストの確認をし、一通の手紙が入っていることに気が付く。


 子供は喜んだ。それは自分の大好きな先生からの手紙だったからだ。

 見なくてもいい。見てはいけない。見たら傷ついてしまうよ。

 その声が届くはずも無く、子供はその場で手紙を開いた。


 中から出てきたのは、家にいなかったので手紙を入れておきます、ということと、もうあなたのところへは来れない、ということが書かれた内容だった。

 子供はその手紙の言葉の意味が判らなかった。


 子供は学校には行っていない。だが一応の学はある。

 本当なら判っているはずだ。理解したくないのだろう。


 子供の瞳から涙が零れた。



「せんせいはわたしのことをきらいになったんだ」



 見当違いもいいとこだ。

 手紙にはちゃんと、学校から雇われた人間だったと書いてあるし、実際はどうかは分からないが、子供のことを嫌ってはいないだろう。

 不登校の子供を登校させたくて、学校が雇った。それだけなのだ。



「みんなわたしのことがきらいなんだ」



 そう言って、その場に蹲り泣いた。

 あまり人を信じるとこうなる。信じない方がいい。




 子供が蹲って泣いている姿を、私はただただ見ていた。














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