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平行世界  作者: 返歌分式
二日目
20/34

理由






「そうよ」



 間髪要れずに放った言葉は、肯定。

 白い猫の当然といった態度に、男の子が「へー」と声をもらす。

 それから一口紅茶を含み、今度は私にへと目を向けた。



「自己紹介」


「え」


「さっき名前言ったでしょ。聞いてなかったからもう一回言って」


「あ、浅倉由宇、だけど……」


「あさくら、ゆう。…………由宇って呼んでいいよね」


「う、うん……」



 どこまで高圧的なんだろう、この子は。

 有無を言わさないその物言いに私は恐々と頷く。



「僕の名前は鍵瀧(きいたき) 義呂絵(よしろえ)。そこの猫のように義呂絵と呼んでいいよ。ただしちゃん付けは怒るからね」


「きいたき……」



 どんな漢字で書くんだろうと疑問に思っていると、猫が教えてくれた。

 鍵なんて、どう考えたってきいとは読まないだろう。……もしかして私の勉強不足?

 一応学校では成績が優秀な方だったのに。いや、もっと高学年になったら習うことなのかな。

 うーん。でもこんな特殊な読み方なんて普通習わないような……。



「あ、そういえば」


「……何?」



 無意識に俯いていた顔を上げて義呂絵……君……を見る。

 ……なんだかこの子に君付けはとても違和感があるが、仕方が無い。

 この家に勝手に上がりこんだことを謝っていないと思い、私は深々と頭を下げる。



「謝るのが遅くなったけど……勝手に家に上がりこんでごめんなさい」


「…………なんで君が謝るの」


「えー、えーっと……」


「そうよそうよ少女(リトルレイディ)ちゃん~。私が勝手にあなたをつれてきて、私が勝手に上がりこんだだけなんだから! あなたが謝るのは筋違い。むしろ私が謝らなくちゃいけないのよ~」


「そう思うんだったら謝れよこのくそ猫」


「あらん。義呂絵ちゃん言葉使い悪いわぁ」



 忌々しそうに猫を睨みつける義呂絵君と、愉快そうに口元を歪める猫。

 うん。小さい子と猫が戯れる、という言葉を聞いただけならとても和やかな雰囲気になれるだろう。

 けどこれはとても和めそうに無い。むしろ殺伐としている。

 どこかに行きたい……と心の中で一人ごちる。


 いやでも本当に良かった。どうやら家にあがりこんだことは許してくれるようだ。

 私はそのことに安堵の溜め息を吐く。



「ねぇねぇ義呂絵ちゃん。由宇ちゃんにこの場所のこと説明してあげたら? この子とても困ってるのよー。昨日なんていきなりゾンビに襲われちゃったりなんかしてね」


「……なんで知ってるの」


「ふーん、そうなんだ。それは大変だったね。じゃあとりあえずは説明しておこう」


「……お願い、します……」



 この子も私の話を無視するタイプなのかな。

 少しの寂しさをチョコレートケーキと一緒に噛み締めながら私は男の子の言葉を待った。

 当の本人は紅茶の香りを楽しんでいる。

 ……もったいぶらないで早く話して欲しいんだけども……。

 でも話してくれるんだし……待たなくちゃいけないか……。


 ギィと音を立てながら老人が揺れた。

 私の気が老人に向いた瞬間、男の子の口が開く。



「僕はこの場所の主なんだよ」


「……うん」


「…………」


「…………」


「…………」


「…………」


「…………驚かないの?」


「えっ?」



 不思議そうに聞いてくる男の子に、私はさっきの言葉の意味を考える。

 この場所の主って、つまりこの館の主人ってこと? あ、そうか。

 こんな子供が家の主人なんて無いよね。

 いやぁ言葉使いが大人っぽい……は疑問だけど、口が悪いから自分より年上に感じてしまう。


 そうだ実際は私より年齢が低いはずだ。

 見た目がそういう感じだし。そうだ、そのことに驚いていないから不思議そうにしているのか。

 もうなんか色々と慣れてきてしまっている私は、そんな当たり前なことが些細なことに思えてしまう。

 あぁもう。なんだか悲しくなってきた……。



「義呂絵ちゃん。それじゃあ言葉が少ないわよ。その言い方だったらこの館の主人、って言ってるようなものよ」


「そう? そんなつもりは無かったんだけども……」



 私が考えていたことそのままの言葉を否定されてしまった。

 あれ。違うんだ。じゃあどういう意味なんだろう。



「それにあなたが本当の主、というわけでもないでしょ」


「可能性はあるだろ」


「あるけどもね。とても低い可能性よ」


「……まぁ、僕が関与できるのは少しのことだけだしね……」


「そういうこと」



 二人が何を話しているのかが分からない。

 完全に会話から置いてけぼりをくらっている私はどうしようかと考える。

 いや、むしろ蚊帳の外の方がいいのかもしれない。

 二人の会話を聞いてなんとなく察すればいい。

 うん。そうしよう。



「じゃあ言い直す。僕は『この世界』の主である可能性があるんだよ」


「…………え、えええええええええっ!?」


「あらいい反応」



 にこにこ笑っている猫が笑いを堪えるためか、口を押さえている。

 うん。ちょっと待って。私にはどういうことか分からない。

 分かりそうな気がするけども、分からない。一体どういうことだ。



「僕は『この世界』の主である可能性がある。だから僕は『この世界』のことを説明できる。というわけで由宇。僕に何か質問無い?」


「え、え、えー……」


「混乱してるわね」


「……そう。じゃあ勝手に喋るよ」



 実際、いきなり質問は?

 なんて聞かれてもすぐには思い浮かばないので、勝手に喋ってくれるのは嬉しい。遅れて頷く。



「『この世界』……あぁもう、めんどくさい。今度から箱庭って呼ぶよ。この箱庭は、いわば夢の中みたいなものさ」


「夢?」


「そう、夢よ。夢の中ってとても自由よね。生身で空を飛んだりなんてありえないこと、できないことが普通にできるの。素敵よねぇ」


「君は昨日ゾンビに会ったとか。実際はありえないことなんだろうけど、この箱庭では十分ありえることなんだよ。でも夢の中といっても普通に見る夢とは違うよ。そこらへんは知っていて欲しい。例えば、歩いたら疲れる。身体が傷ついたら痛い。五感がある。普通のことだよ。けど頑張ってみたらさっき猫が言っていたような、生身で空を飛ぶ、なんてこともできるかもね」


「は、はぁ……」


「でも気をつけなくちゃいけないわー。この夢の中でも死ぬことはありえるんだから」


「そうだね。高いところから落ちたりしたら死ぬかも」


「あれ……頑張ったら飛べるって……」


「地面に落ちないように頑張ったらね」


「あ……そうか……よく分かんない……」


「あらあらうふふふ」



 夢の中……か……。

 確かにあのゾンビなんかは、私が知っている世界では見ないし、いないだろう。

 でも夢の中みたいな場所だからいても別におかしくなんてない。

 夢の中なのに身体が疲れる、っていうのもおかしな話だ。

 そういえば私があのゾンビから逃げた時、息苦しかったっけ。


 ……うん……。とてもおかしな場所、ということは分かってたんだけども、ね……。



「で、ここからが重要」


「へ?」



 人差し指をピンッと立てて私を指し示す。

 行動だけ見たらかわいい子なのになぁ……惜しいなぁ……とか場違いな考えが過ぎった。



「箱庭は、来た人の世界でもある」


「どういう意味か……ちょっと……」


「例えば君。君が思ったことが実現するんだよ」


「強く思えばいいのよねぇ。もしかしたら由宇ちゃん。細い細い暗くてじめじめな路地裏でゾンビが出てくるかもー、とか思わなかった?」


「……思った、かも……」


「あと、言ってしまえばこの箱庭は願いを叶える場所でもあるんだよ」


「そうそう。もし由宇ちゃんの周りで人が死んでしまったとするわね。由宇ちゃんはその人のことがが好きだったのよ。由宇ちゃんは会いたくて会いたくて仕方が無い。でも夢の外では会いたくても会えないわね。だって死んでしまったんですもの。死んでしまった人には会えない。そんなことは常識よね。ところがこの箱庭ではそんなことが簡単に叶っちゃうの! 会いたかった人に会えた由宇ちゃんはハッピーハッピー! 素敵ねぇ~」


「だいたいそういうこと」


「……なんか、すごい……なぁ……」


「すごいでしょ」



 自分のことのように腕を組んで自慢げに踏ん反りかえる義呂絵君。

 うん。やっぱり行動だけ見てたらかわいいなこの子。

 でも、願いが叶う場所かぁ……本当にすごいな……。



「いや、でも……」



 踏ん反りかえっていた身体を戻し、思案するように手を顎に添える。



「願いが叶う、てわけでも無いね」



 もうどういうことだか分からなくなってきた。

 さっきの説明ではそんなことを言っていたのに、覆されたよ。



「願いが叶う、っていうより、強く思ったことが実現する、みたいなものだね」


「あら。そういえばそうだったかしら?」



 紅茶が無くなったのか、ポットから新たに追加する男の子。

 あ、そういや私、一番気になってたことを聞いていなかった。



「あの」


「……やっと質問?」


「あ、そうだけど……。なんでここに人がいないの?」


「人がいない理由? んー。そうだね」


「む。義呂絵ちゃん」


「分かってるよ。うるさい猫だなホント」


「……?」



 白い猫が義呂絵君を睨みつける。

 義呂絵君はそれに頷いく。

 私は二人のやりとりの意味が分からずにただ首を傾げるだけだった。



「人がいない理由は簡単。人が来ないからだよ」


「あ、そう…………」


「納得してないのに納得したみたいに頷かない方がいいわよ?」


「ごめん……」


「……君って絶対卑屈でしょ。なんとなくそう思うよ」


「…………」



 なんでここまで言われなくちゃいけないんだろう……。

 自分が情けなくなって、ぬるくなった紅茶に口をつける。



「君が人に会いたいと思うんだったら、会えるかもね」


「不特定多数の人だけどもね」


「そうでもないんじゃないの」


「そうかしら?」



 ギィギィと椅子が音を立てる。

 なんだかその音がどんどんと遠ざかっていってるように思えるのは気のせいなのだろうか。

 義呂絵君に目を向けると、どこか遠くを見るように目を細めた姿が視界に入った。



「……あぁ、時間だ……」


「もう? じゃあティータイムはここでお開きね」


「僕に会いたくなったらここに来たらいい。いつだって僕はここにいるから」


「できれば僕ら、って言って欲しいわねぇ」


「なんで君を含めなきゃいけないんだ」


「あらいいじゃないの」


「よくない。……じゃあね、由宇。君にはまた会いたいよ」



 その言葉を最後に、私の意識が飛んだ。










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