痛み
身体が悲鳴をあげる。
心が悲鳴をあげる。
私にとって、どっちがつらいんだろう。
***
頭が痛い。私は突然の頭の痛みに呻く。
痛い。痛い。
まるで鈍器で思い切り殴られたような激しさだ。
あまりの痛さに声がもれる。
痛い。
頭を手で力強く押さえる。余計に辛いかもしれない。
耐えられないものじゃないけど、そのぎりぎり耐えられる痛みが逆に辛かった。
少しでも紛らわせようと身体を動かした時、ジャリ、という砂の音がしたような気がした。
頭が痛い時はどうするんだっけ……。
そうだ。頭痛薬を飲んでおこう。それで少しはマシになるかも。確か薬箱は私の部屋の近くに……。
そう考えている間にも、ジクジクするような痛みが私の思考を支配する。
痛い。痛い。痛い…………。
私はあまりの頭の痛さからゆっくりと目を開いた。
「……ぁれ?」
空気がもれるように小さな自分の声。
小刻みに揺れる視点をゆっくりを辺りに回し、私は不思議に思った。
……ここ、どこ?
家、道路、家の中とは違う空気。
私の視界に入ってくるのは、私が住んでいる見知った町だった。
頬が冷たい。手のひらも冷たい。それに視界も変だ。
はっきり物の形は見えるんだけど、いつもの視界と違うことに気付く。
顔を動かすと、ジャリ、という音がした。さっきも聞こえたその音を、今度はちゃんと認識する。どうやら私は地面に寝転がっているらしいことを知った。
私は外の地面に寝転がっていた。
外の地面に。
家の中じゃなくて。
「……なんで?」
なんで私はこんなところにいるんだろう。
私は確かさっきまで家のベッドの上で寝ていたはず。
え? 寝てたっけ? 今起きたんだよね、私。
ちょっと混乱している。もう一回よく考えてみる。
……うん。多分寝てた。多分だけど。
私はとりあえず上半身を起こしてみた。
もう一度、今度は首ごとゆっくりと辺りを見回すと、そこはやっぱり私が見知った町だった。けれど私がいつも見ている町の風景ではない。
妙な違和感を持った風景だった。
私はなんで違和感を覚えるのか分からずに考えると、そういえばとあることに気付く。いつもは一人二人はここらを散歩しているはずなのだ。
空を見て太陽の場所を確認する。日が真上まで来ていないことと周りの空気を見ると、今は朝のようだ。
私はあまり早朝に外に出る方じゃないけども、ふとした時に散歩に出かけることがある。その時は決まって近所の人に出会った。
朝早くから自転車で通勤する人を見かけることもある。
それなのに、今は誰もいない。
咄嗟の自己防衛に、そんな日もあるんだろうと無理矢理自分を納得させるが、なんだか無性にさびしい気持ちになった。
私だけがぽつんと道路の上に座っている。
そのさびしさに頭を振り、とりあえず今自分が置かれているわけの分からない状況に首をひねった。
なんで私こんなところにいるの。
自分の服装を見てみると、昨日寝る時に着た上下水玉模様のパジャマ姿を着ていた。
私がこの頃微妙に気に入ってきているものなのだけども、なんで私はこんな姿で外にいるんだろう。
普通着替えてから外に出るはず――じゃなくて、なんか微妙にずれてる。
なんで外にいるんだ。
私はさっきまでベッドの上でぬくぬくと寝ていた……はず……だよね。
自分の記憶に自信がなくなってきて不安になった。
「……寒い」
自分を抱くようにして身体の温度が逃げ出さないようにする。
寒い。夏なのになんでこんなに寒いんだろうか。
朝だから寒いのか、それとも私が今パジャマを着てるからなのか、どっちもなのか。
パジャマは確かに普段着より薄い生地だ。それに朝だからだとしても、こんな冬みたいに寒いものなのだろうか。
キョロキョロと辺りを見渡していると、頭にさっきの激痛が走る。
痛い。
思わず頭に手を置くと、温かいヌルッとしたものが私の頭についていた。不思議に思い、その手を頭から離して自分の手のひらを見て、私は驚きの声を上げた。
「……え?」
赤い液体。
血。
血!?
私の頭に血がついていた。多分自分の血だ。
あんまり実感を持てなくてもう一回頭を触ってみると、さっきと同じヌルッとした感触と、痛みも一緒についてきた。
頭が痛いのは怪我のせいらしいことがわかり、私は一層混乱する。
なんで頭に怪我をしているの……?
よく分からなかった。よく分からないことが起こっていることに、さらに動揺する。
起きたら近所の道路にパジャマ姿で寝てて、寒くて、頭に怪我までしてて。
いつものように普通に生活をしていた、はずなのに。
「なのに、なんで」
もう一回よく考えてみる。
昨日は何をしたのか。別段普段通りの生活をしていたはずだ。
昨日の時点でこんなことになることも予想していなかったし、学校から帰ってからは一歩も外に出ていない。家でゴロゴロしていた。
うん。普通の生活だ。どこも変わったことはない。変わったことがなさ過ぎるぐらいにない。
じゃあ何で私は道路で寝ていたんだろう。
最初に戻ってきた疑問に、私はふと、ある話が頭に浮かぶ。
そういえば誰か――多分友達――が、上の兄弟がお酒を浴びるほどに飲んで、酔いつぶれて道路で一日を過ごしたんだ、ホント馬鹿だよな、と笑って私に聞かせてくれたことを思い出した。
……いやいやいや。道路で寝ているからといって、この状況とその話を結びつけるのはおかしい。
だって、私はまだ未成年なのでお酒なんかもちろん飲んでいないから。
だったらなんで私は外にいるんだろう……。
また戻ってきた自問に、私はうーんと悩んだ。
……もしかして私は夢遊病者なのかもしれない。
そういえばこの前テレビでやってたな、とその時のことが過ぎる。
夢遊病の人の話だ。
夜中にいきなり起きてふらふら外に出てってたりしていて、それを番組のスタッフが慌てて止めに入っていたりと、そんな場面が思い出される。
私はそのテレビを見ている時、夢遊病にはなりたくないと思っていた。
それと同時に、もしかしたらもうすでになっているかもしれないとも思った。
夢遊病者には寝ている時に自分が動いている自覚は無いみたいだった。普通の人にとっての寝相みたいなものなのだろう。
それを思い出したことによって、私は不安に気分を重くした。
できればそうであって欲しくないけども、そうじゃなかったとしたらなんで私は外に、とまた同じ思考を繰り返さなくてはいけなくなるので、私はまた一つ無理矢理に納得してみた。
とりあえず辺りをもう一回見回す。
「……ん?」
違和感。
あれ? 今私何に違和感を感じたんだろう。
変な気分のまま、じいっ、と少し先にある建物に注目する。
その建物は私の家の造りに似ている。だけど、私の家じゃない。
表札も何も見たわけではないけども、なんとなく分かる。
ここらへんの道も、同じような道が多い。
少し考えて私は「あ、そうか」と手を打った。
ここ私の家の近くじゃない。私があまり使わない道だ。
学校に行く時とかここを通ってったら遠回りになるからと、あまり通ったことがない道だ。
見慣れない道だから違和感を覚えたんだ。見慣れないといっても、感覚的な問題だけど……。
まあいいや。
多分ここは学校へ行く道の反対方向だってわかったんだし、と私は一人うんうんと頷く。
問題解決。
そうだ、こうしているわけにはいかない。早く家に帰らなきゃ。
今日は平日だから学校がある。
早く家に帰って学校の準備しなきゃ。
私はアスファルトの地面から立ち上がって、パジャマについたほこりを払った。
そういえば、今思ったけど、私パジャマなんだよね。
近所の人に見つかったらどうしよう。また急に不安になる。
もし見つかったりなんかして「あらあら、パジャマでお散歩?」って言われたらもの凄く恥ずかしい。
いっそ「これが普段着です!」って言おうかな、それとも「私夢遊病者なんです!」のほうがいいのかな、なんて馬鹿みたいなことを考える。
話しかけてくれるのはまだ良い方で、遠目に奇異な目で見られるかもしれない。
そのことにゾッとした。こうなれば、言い訳をしないですむように、変な目で見られないですむように、できるだけ人に見つからないように帰るしかない。
よし、と私は一つ気合を入れた。
私がいた場所はちょうど十字路のとこだったらしく、四方向に道が続いている。
細い道だからってといっても、ここも一応は車は通っている道だ。
しかも、地元の人だったら知っている近道でもある。
大きい道路からここらへんの道を通ったら、この近くにある結構大きい店の前に出るし、違う道路にも出れる。
地元の人からは重宝されてる道だ。
そんなところで寝ていたのかと、車に轢かれなかった自分の運に感謝した。
えーっと、私の家ってどこだったっけ。首を巡らし、どの道を行けばいいのか確認する。
あまり使ったことがない道だから、少し迷う。
まっすぐ進んでいったらいいのだろうか。
ここの道は同じ作りの道が多く家の形も似ているため迷いやすい。初めて来た人は、ほぼ確実に迷ってしまう。
私はもう一度周りを見渡した。
しばらくキョロキョロと辺りを見渡して、なんとなく左の道に見覚えがあるような気がした。
よし、左の道に行こう。
私の家の近くは人通りが少ない。
人に見つからずに帰るという目標も、達成することができるかもしれない。
寒さに両手の平を擦り合わせながら、誰にも見つからずに帰れますように、と自分の運に願いと共に賭けて私は歩きだした。




